第4話

 氷の入った器はとろりとした透明な厚いガラス製です。

 ころんとした丸い愛らしいグラスは少々いびつなので、おそらく吹いたものでしょう。

「…いい器だな。

 お酒がおいしく飲めそうだな」

 そういえば店構えも洒落てはいたけれど嫌みがなかったし、店の中だってなかなかの雰囲気です。

 校長先生は薄暗い厨房に目を移しました。

 調理台には打ち立てらしいそばの山がいくつも小さくこんもりと続いています。

 その傍らに、薄茶色の細長いものが転がっていました。

 先生は驚きました。

「…自然薯じゃないか…」

 自然薯と言うのは山に自然に

生えている細長いお芋のことで、粘りがあって、とろろにするととてもおいしいのです。

ですが地中の奥深く生えているので、傷つけずに採ることはとても難しく、高価なのでした。

「いくらくらいするんだろう、この店…」

 気づいて見回してみても、メニューも壁書きもありません。

「ひょっとすると、思い切り高い店なのかもしれないぞ…」

 先生は急に心配になりました。

 どこかの有名な店のご主人が、年を取ってたくさんくるお客をさばき切れなくなって、それでもそば打ちが大好きで、こんな田舎に引っ込んで細々と続けようというのかもしれない。

 えり抜きの材料を惜しげもなく使って、名のある器を使って、納得のいくおそばだけを出すつもりなのかもしれない。

 先生の頭の中で心配事が次々に湧いてぐるぐる回っていると、それを断ち切るようにきっぱりと主人が言いました。

「キャンプにはちょっと問題がありますな」

 えっ、と校長先生は驚きました。

「そりゃ、どうしてまた…」

 いい考えだとうきうきした気持だったのに、突然水を差されたような気がしました。

「そりゃあ、わたしだって、火の始末とか事前の届け出とかは、ちゃんと考えてありますよ」

「いやいや、そんなささいなことではありません」

 では、何がいけないというのでしょう。

 ところが主人は迫力のある声で続けたのです。

「キャンプではカレーを作るでしょう?

 カレーには豚肉が入っているでしょう?」

それがどうしたというんだろう…

 奇怪に思って、先生も言いました。

「そりゃあ、キャンプにはカレーが付き物ですからね。

 それに、子供は誰でもカレーが好きですよ。

 食の細い子でも、カレーとなると喜んでおかわりしたりするものです」

「それが困るんですよ」

主人は言いながら、油で揚げていたものを懐紙に乗せて出しました。

「これは?」

先生は思わず出されたものに気を取られました。


「そば粉で作ったかりんとうです。

 日本酒のあてにね」

「そりゃ、どうも」


 一体、何だろう、この人は。人の楽しみに文句を言ったり、かと思うと、突き出しまでちゃんと出してくれるし…。

 校長先生は不思議に思いました。

 ところが。


 引っ込められる主人の桃色の手を見て、先生はぎょっとしました。


「これは…? 人間の手ではないぞ…!」


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