第33話 撤退戦

 私とモチダの再会の様子は望遠カメラで全て撮影されていた。


「トリガーを確認、モチダスバルのようです」


 モニターに映る日本人男性を情報分析官はデータと照合し将校に報告した。


「全軍攻撃開始、トリガーを狙え」


 将校は言った。


「このまま攻撃するとアメリカ軍も巻込んでしまいますが」

「多少の犠牲がでるのはかまわん、やれ。ぼやぼやしているとトリガーに逃げられてしまう」

「はっ、全軍攻撃開始!」


「ルーシー」


 昴はルーシーを抱きしめた。


「モチダ・・・・・・」


 私の手が彼の背中に回されようとした瞬間、彼は私を押し倒した。

 二人は抱き合ったままゴロゴロと地面を転がった。

 さっきまでいた場所に大きな火柱が上がり、大きく地面をえぐった。


 素早く戦車の影に隠れた二人の頭にも土が降り注いだ。

 ゴラス隊の仲間も素早く戦車、またはロボットの影に隠れた。

 彼らのジャケットのモニターは自分たちが攻撃対象になったことを警告していたため、着弾する寸前回避行動を取ることができた。


 ジャケットを脱ぎすてていた私にだけは状況がわからなかった。

 モチダは首にかけていたヘッドセットを頭に装着し直した。すでにドローン達は彼の指示がなくとも、この攻撃を回避する行動をしていた。


「ルーシー!」


 彼は私の手を引き、上部のハッチから戦車の中に入れ自分も続いた。

 戦車の中にはシートは一人分しかないが、その後ろには人間一人ぐらいは入れるスペースはあり、私はそこに潜り込んだ。

 あとから入ってきたモチダがシートに座ると、待機状態だったモニターに電源が入り全ての情報が表示される。モニターは全部で八枚あった。そのうち正面とその左右にはカメラが映し出した外の状況が表示されている。モニターにはロシア軍の攻撃にさらされ右往左往しているゴラス隊が映し出されていた。


 正面のモニターの合間にクリスマスに四人で撮った写真が貼られていた。

 モチダはデスク状になった正面のタッチパネルに表示されている「攻撃」の部分をタッチした。


「パターンW90を実行!」


 さらにヘッドセットのマイクに口頭でさらに指示を加えた。


「畜生、俺たちごと攻撃しやがって」


 ゴラス隊も皆守備隊の戦車やロボットを盾にしながら回避行動を取っている。

 モチダが戦車に乗り込んですぐに守備隊の車両達に大きな動きがあった。今まで攻撃に対する回避行動しかしていなかった車両達が、隊列を組みロシア軍に攻撃を始めた。足下または目の前にいるゴラス隊には砲口を向ける者はいない。


『隊長! 俺たちどっちを味方したら良いんッスか?』

「トリガーをおびき出すという当初の任務は達成した。俺たちは文字通りお払い箱になったということだ。どちらの味方をすることもない、各自負傷者を回収しつつこの戦場から離脱し基地に帰投せよ。ロシア軍もわざわざ逃げる俺たちに攻撃をしないだろう」

『了解ッス、でもルーシーはどうするッスか? トリガーにくっついていっちゃったスけど』

「ルーシーがどうするつもりなのかは隊長である俺が一人で見届ける。そのまま日本に行ってしまったとしても、それを報告する義務がある」

『敵前逃亡なのか、愛の逃避行なのか判断に迷うッスね。では隊長お気をつけて、基地で待ってるッス』


 ゴラス隊は隊長であるゴラスの言うとおり、彼を置いて守備隊の元を離れた。

 負傷者は両脇から二人がかりで支え、またはジャケットを脱がし裸に近い状態にしてから背負い、運んだ。

 ゴラス隊長の見込み通りロシア軍は、戦場から離脱するジャケット兵には攻撃を加えなかった。


 ロシア軍の攻撃は彼と私の乗っている戦車に集中している。同型の戦車がおとりになろうと周りを走り回るが効果は無い。日本軍はトリガーを守ることに集中していてロシア軍に対する攻撃はけん制にとどまっている。


「モチダ、どうするの?」

「撤退するよ。もうそろそろ弾が切れそうだし。ルーシー、一緒に来てくれるよね」

「えっ?」


 成り行き上一緒に戦車に乗ってしまったが、私にはそんな覚悟があるわけではなかった。だからといって今更モチダの命を狙う気にもなれない。

 モニターには外の様子が映し出されている。一人だけジャケット兵があとをついてきているのが見える。ボディーの表面に「地獄に落ちろ」の赤い日本語文字がペイントされている。これはゴラス隊長のものだ。これは敵前逃亡になるのだろうか。彼は自分を処刑するために追いかけてきてるのではないだろうか。


 撤退する日本軍にロシア軍が迫ってきた。彼らとは違い、ゴラス隊をおとりにしている間に燃料、弾薬の補充を済ませていたようだ。

 日本軍の動きが鈍い。両者の距離は徐々に詰まってくる。


「ロシア軍に追いつかれるわよ!」

「大丈夫さ、ルーシー」


 迫る来るロシア軍に対して弾が尽きてしまったのか、モチダの指揮する日本軍は砲撃を止めてしまった。

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