第13話「一期一会」

「アーサー様!」

「お兄様!」


 私イシュタルとエリザベスの声が部屋に交錯した。

 「落ち着かない!」「責める」というか、

 「せがむ」ような声でもある。

 

 予想通り、私と『小姑ちゃん』の間には、

 やはりというか、険悪なオーラが飛び交っていた。

 

 しかしそれも一瞬の事。

 本来、使用人が行う『給仕役』をアーサーが行うのを見て、

 私とエリザベスは、あぜんとしてしまう。

 

 次期王様のアーサーに給仕役をさせるのが、

 とても心苦しいという気持ちが私の中に満ちている。

 皮肉だが、多分エリザベスも私と同じ気持ちに違いない。


 私達が腰を浮かして、駆け寄ろうとした気配を、

 アーサーはすかさずキャッチ。

 一喝される。


「イシュタル! エリザベス! いいから! 座っていろ」


 アーサーは手を振り、私達を制止すると、

 テキパキと皿やフォークなどを並べて行く。

 そして同じように立ち働くオーギュスタへ、


「おい! オーギュスタ、料理の準備は出来ているか?」


「は、はいっ!」


 がらがらと鳴る車輪付き台車に乗せて、

 オーギュスタが持って来たメニューは……

 

 豆のポタージュスープ、色とりどりの野菜サラダ、

 スクランブルエッグ、香辛料入りのベーコンソテー。

 そして焼き立てのパン……


 美味しそうだが、私は少し疑問だった。

 王族の摂る食事にしては、質素で地味過ぎると。

 実際、故国アヴァロンで摂っていた食事の方が数段豪華だ。


 でも、このアルカディアは大陸の北方にある辺境の国。

 王族とはいえ『祝いの席』以外は極めて質素な食事だと思ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 やがて……

 食事が始まった。


 まあ、予想通りだ。

 

 私とエリザベスは黙々と食べている。

 お互いひと言も……口をきかない。

 そんな簡単に、事は運ばないという証明でもある。

 

 まあ、これは私も想定内。

 すぐ上手く行ったら、完全にご都合主義だもの。

 

 何故なら人間の感情は複雑、算数のようにすっきりと割り切れない。

 現実はそう甘くないから。


 微妙な雰囲気の中、アーサーはペースを崩さない。

 オーギュスタに指示を出し、ふたりで私とエリザベスへの給仕をする。

 

 お代わりを求められたら、新たに皿へ盛ったり、

 お茶がなくなれば即、淹れてくれたり……


 そして頃合いと見たのか、アーサーとオーギュスタも食事を摂り始める。

 

 「ちらっ」と見れば、アーサーを見るオーギュスタの表情は穏やかである。

 昨日のコミュニケーションがばっちりと功を奏し、

 彼女はアーサーへ、心を許している。


 私とエリザベスが無言で食事を摂る反面……

 

 何と!

 アーサーと、オーギュスタは会話をし始め、他愛もない話で盛り上がった。

 はたから見れば、親密な男女という趣きさえある。


 こうなると……

 私の気持ちは複雑だ。

 恋愛感情がないはずのアーサーとオーギュスタとの仲を疑いたくなってしまう。

 

 そして同じ波動も感じる。

 エリザベスにも、嫉妬の感情が起こっていると。

   

 ……私の耳に、アーサーとオーギュスタの会話が飛びこんで来る。

 

「おい、オーギュスタ。飯はひとりで食べても美味くない。こうやって誰かと一緒に食べた方が絶対に美味しいし、とても楽しいだろう?」


「た、確かにアーサー様の仰る通りです」


「不思議なものだ。昨日まではお互いに知らない間柄なのに、こうやって親しく飯を食べている」


「はい! 不思議です」


 うっわ!

 オーギュスタの目がきらきらしている。

 これは……「本当に危ない」のではないだろうか……


 そんな私の気持ちを他所に、アーサー達の会話は続いている。


「オーギュスタ、知っているか? 東方から伝わる言葉に、一期一会というものがある」


「東方に? 一期一会? いいえ、存じません」


「ははは、知りたいか?」


「ええ、アーサー様、ぜひご教授を」


「OK、俺が好きなふるき言葉のひとつだ。意味はな、縁があって折角出会ったからには、この出会いを大切にしなさいということだ」


「この出会いを……大切に……」


「はいっ!」


 ここで、突然エリザベスが手を挙げた。

 当然、私を完全に無視。

 まるで、挑むような眼差しを、兄アーサーへ投げかけている。


「質問致しますっ! お兄様!」


「おう!」


「一期とは……どのような意味でしょうか?」


 ああ、アーサーの言った事に関する質問か。

 多分、私への対抗心だろう。

 

 アーサーは高らかに笑う


「ははははは! 一期とはな、生まれてから死ぬまで……つまり一生という意味だ」


 う~、負けてはいられない!

 私も反撃しなくては!


「はいっ!」


 今度は、私が手を挙げた。

 とても、声に気合が入っている。

 少しだけ、噛んでしまう。

 

「だ、旦那様! で、では! 一会とは?」


「ははは、文字通りさ。一度しか会わない、つまり二度と巡ってと来ないという事だ」


「な、成る程!」


 うん!

 深みのある言葉だ。

 とても勉強になる。


 う!

 でも、感じる!


 エリザベスからは、対抗心からか、

 更に燃えるような凄みのある波動が伝わって来る。

 

 うわ!

 改めて思った。

 女の情念って、怖いって……

 

 いや! 驚いたり怖がっている場合じゃない。

 

 私はこの妹と、上手く折り合って、

 夫アーサーを支えて行かねばならないのだから。


 と、ここでアーサーの説明が入る。


「うん! ふたりとも補足しよう。一期一会とはな、こうして出会っているこの瞬間は、もう再び巡って来ない、たった一度きりのものかもしれないって事さ」


「一度きり……」とエリザベス。

「そうかもしれません」と私。


「うむ! だからこそだ。この一瞬を大切に思い、今出来る最高のやりとりをしようという意味だと思う……俺はそう解釈している」


 と、アーサーが言えば、


「それは素敵な言葉です」とすかさずエリザベス。

「奥深い言葉です」負けじと私。


「ああ、俺もそう思う。この場に居る者は全て一期一会の出会いだと俺は考えている」


 さりげなく「ちらっ」と見れば……

 エリザベスはアーサーに目を向けて真剣に聞いていた。

 

 オーギュスタだけは「我関せず」という感じで、一見黙々と食事をしていた。

 でも、しっかりと聞き耳を立てているのが分かる。


 アーサーの話は更に続く。

 彼の表情は……真剣だった。


「誰もがそれぞれ、思いは異なる部分もあるだろう。だが王家と家臣全員で力を合わせ、この国を豊かにし、全国民が幸せになるべく頑張りたい。目的はひとつなんだ」


 成る程!

 確かにその通りだ。


 相変わらず、エリザベスは私を無視しているが……関係ない! 

 私は同意して、大きく頷いた。

  

 そんなこんなで……

 一風変わった朝食会は無事に終わったのである。

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