第9話「本当は違う」
アーサーとオーギュスタとのアームレスリング勝負終了後、
3人でそのまま、私の居間で食事。
ずっと考えていた私は、勇気を振り絞ってある申し入れをした。
そう、女子ならとんでもなく勇気が必要な行為……
それは……
夫君となるアーサーへ
「ふたりきりで、一緒に寝たい……」って、
オーギュスタに聞こえないよう、「そっ」と
その1時間後……
ここは、アーサーの寝室である。
今……私とアーサーはふたりっきりだ。
周囲の部屋にも他人は居ない。
オーギュスタも察して姿を消してくれた。
完全に人払いをしたので、護衛の騎士も侍女も下がらせてあった。
私が意を決して同衾の申し込みをしたのは……
まずは故国アヴァロンの為。
夫君となるアーサーと確かな夫婦の絆を結ばねばならない。
絆を結び夫婦となれば、表向き結んだ同盟が既成事実に裏付けされ、
両国の間柄は盤石となる。
しかしそれは所詮建前。
本音は少し違う。
多分アーサーが、「侍女のオーギュスタを嫁にする」というコメントが、
焼き餅みたいに、私の心へ残っていたに違いない。
そして二度と故国アヴァロンには戻れないという事実。
最早、他に道無しと、覚悟を決めたのである。
でも一番大きな理由は……
恋を全く知らなかった私が、生まれて初めて男子から優しくされた事。
妻として私を立て、尊厳を守ってくれたたから、
頼もしいとも、好ましいとも感じていた。
正直、好奇心もあった。
聞くと見るとは大違い。
アーサーが巷の評判『愚鈍』ではない事はすぐに分かったから。
それどころか……
頭は切れる。
それに力も凄い。
アームレスリングとはいえ、あのオーギュスタに圧勝したのだから。
とても変わっていて掴みどころがなく、底知れない男。
それが私のくだしたアーサーの評価。
はっきり言ってわくわくしていた。
そんなアーサーと、もっともっと近しくなりたいと思ったからに違いない。
出会ってからいろいろあったが……
私とアーサーはしっかり抱き合った後……結ばれた。
心と身体、あらゆる意味で、夫婦になったのだ。
念の為、私は未経験。
驚いた事にアーサーも同じらしい。
先ほどまでの堂々とした態度が一変。
まるで壊れ物でも扱うかのように、私へそっと触って来る。
そう、お互い全く初めて……だったので、中々上手く行かなかった……
身体をおそるおそる触れ合い……ぎこちなく抱き合い……
試行錯誤の末、 何とか『愛の行為』が終わった……
そして、ふたりとも……
一糸もまとわず仰向けに寝転がり、手だけしっかりとつないでいる。
私は……彼と結ばれたという想いを素直に口にする。
「不思議なものですね……アーサー様。少し前までは何の縁もゆかりもなかった女と男が、こんなにも近しく感じられるなんて……」
温かい!
つないだ手からアーサーのぬくもりが伝わって来る。
魔女と呼ばれた私も女子。
気持ちが昂って、つい彼の名を呼び甘えたくなってしまう。
「アーサー様ぁ……」
身体を起こしてもう一方の手を伸ばし、甘える私を抱き、
アーサーは、とても嬉しい事を告げてくれた。
「イシュタル、俺はお前が愛しい。なくてはならない大事な女だ」
「あ、ありがとうございます」
「う、うむ! イシュタルと、ひ、ひとつになってからは、お前が自分の一部分のような気がするぞ」
あは!
何か、ひとつになるって、凄く恥ずかしい言い方だけど……
彼が言わんとしている意味と感覚はすぐ分かる。
当然、私も同意する。
「うふふ、そう仰って頂けると凄く嬉しいです。私も同じですから」
「で、あるか」
「はい! 夫婦になるという事はこのようなものなのでしょう」
「だな。でも王族同士の結婚は普通とは違う」
「普通とは違う? どのような意味でしょう?」
アーサーは座持ちが上手い。
というか話の波長が合う。
私は……どんどん彼の話へ引き込まれて行く。
「イシュタル、先ほどお前が言った通りさ。見ず知らずの者同士が国の都合、親の都合、兄弟の都合でいきなり結ばれる」
「成る程。私達の場合は完全に政略結婚ですよね?」
「ああ、もろそうだ」
王族同士の結婚は理解した。
でも……
私はもっと話したい、
知りたい!
「……では普通とは、一体どのような結婚なのでしょう?」
「うん、最初の見ず知らずは変わらない。だが会ってこのように、いきなり結婚する事はほぼない。少しずつ気持ちを確かめ合うのだ」
「少しずつ気持ちを?」
「ああ、それで果実が少しずつ熟すように気持ちを高め、やがて最高の時期が来たら……結婚してくれと、どちらかが申し込む。まあ男の方からが多いかもしれんがな」
「結婚してくれ……それが、本来のプロポーズというものなのですね」
うん!
分かった!
結婚して!
と求め、
相手が
はい!
同意。
それが結婚なんだ……
理解した私へ、アーサーは悪戯っぽく笑う。
「だから俺とお前がもしも平民同士だったら、まだ挨拶程度なのは間違いない、つまり完全に赤の他人同士だ」
「挨拶程度、赤の他人同士……うふふ」
普通なら赤の他人同士……
それなのに私とアーサーは……
こんなに深い関係となっている。
つい私が笑うと、
「はは、面白いか?」
私は大きく頷き、きっぱりと言い放つ。
「はい! しかし、今や私とアーサー様は赤の他人ではありませぬ。心も身体も結びついた真の夫婦でありますもの」
「おいおい、真の夫婦って……身体はともかく心はどうだ?」
心は?
私の心、私の気持ち。
そんなの当然、答えは決まってる。
「心も……完全に参りました! 最高のプロポーズもして頂きましたし」
「イシュタル」
「はい!」
「俺に参ったのか?」
「はい! アーサー様にしてやられました」
「してやられたのは、お前だけじゃない、オーギュスタも。いや、お前のオヤジ殿もそうだ」
「私の父が……してやられた……のですか?」
アーサーから、私の父もたばかったと言われ……
そういえば、そうだと納得する。
父は、相変わらずアーサーを『愚鈍』だと信じているだろうから。
「そうだ! どうせ、アーサーのようなひ弱な男は喰い殺してやれとオヤジ殿に言われ、嫁いで来たのだろう?」
う!
当たってる?
やっぱり鋭い。
この人ただ者じゃない。
ここまで見抜かれていたら、私は肯定するしかない。
「……はい」
「まあ……オヤジ殿にどう命じられて嫁いで来たのか、大方想像は付く。イシュタルよ、お前ひとりでアルカディアが盗れるのなら安い物だとでも言われたか?」
ううう、何でそこまで分かるの!?
私は返す言葉が見つからない。
「…………」
「ははははは、やはり図星か? しかし本当は違うぞ」
え?
何?
違うって?
思わず私は聞き直してしまう。
「え? ち、違うのですか?」
「おう! お前のオヤジ殿はな……実は別離の悲しみに耐え、涙を無理やり隠し、心を鬼にして、愛するお前を送り出したはずだ。……俺はそう思う」
は!?
こ、この人!?
一体、何を?
一体何を言ってるの!?
「アーサー様……」
「イシュタル、お前と話し、愛し合い、俺には良く分かった」
「…………」
「アヴァロン漆黒の魔女と敬い称えられても、お前は全然普通の女子だ」
私は漆黒の魔女ではない、普通の女子……
そうだ!
私は特別な子じゃない!
魔女なんかじゃない!
ひとりぼっちで異国へ来て、怯えていた普通の子だ……
「アーサー様……」
「俺はな、素の優しいイシュタルが大好きだ」
素の私……
優しい私……
「…………」
「だから俺の前では、素のままで居ろ。俺もお前には素のまま、本音で接する。それが一生連れ添う真の夫婦というものさ」
ああ そんなの!
駄目だ!
「ア、ア、アーサー様ぁ! あああああっ!!」
私はもう我慢出来ず、アーサーの胸の中で、号泣していたのだった。
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