第8話「攻防戦決着②」

「聞け、イシュタル! 俺はな、お前を嫁にして、凄く嬉しいぞ」


「え?」


 私を嫁にして、凄く嬉しい?

 今迄の経緯を考えたら、アーサーの発した言葉は意外だった。

 

 普段の私なら、言葉の裏を読み切って、

 「打てば響け!」と返すかもしれない。

 だが、この状況では難しい。


 そんな私へ、アーサーの言葉がなおも投げかけられる。


「先ほどの話で分かった。お前は俺のテストに合格したぞ」


「アーサー様のテストに? 合格? 私が?」


「おう! 大が付く立派な合格だ。お前は可愛いだけではない。真面目で貞淑な嫁だと、俺は確信した」


「は、はい……」


「見ず知らずの怪しい男の誘いなどきっぱり断り、拒絶する。不貞行為など一切否定し、受け付けない、素晴らしい女じゃないか」


「…………」

 

 ああ、この人……懐が深い。

 勝ちに乗じて、相手の弱みにつけこまない。

 無茶など言わない……


 追い詰められた私へ、さりげなく、

 でも明るく優しく、笑顔で手を差し伸べてくれた。

 

 私の立場を……尊厳を守ってくれたんだ。


 安堵した私は……思わず力が抜け、

 「ほう」と大きく息を吐いた。


 この人が私の夫……


「…………」


 何とか落ち着いた私は、改めてアーサーをじっと見つめる。 

 対してアーサーは相変わらず晴れやかな笑顔だ。


「まあ、よくよく考えてみたら俺が分からなくて、当然だな」


「…………」


「生まれてこの方、俺とお前は1度も会った事がない」


「…………」


「互いの顔をずっと知らず、結婚した今日が初対面だ」


「…………」


「もう一度言うぞ、イシュタル。お前はこのアーサー・バンドラゴンの嫁だ」


「は、はい!」


 私はこの人の妻……

 アーサー・バンドラゴンの妻。

 改めて確信した。


 私へ微笑んだアーサーは、次にオーギュスタへ向き直り、彼女の名を呼ぶ。 


「オーギュスタ!」


「は、はい!」


「世間で言う、常識とはあてにならぬ言葉よのう」


 いきなり、アーサーのくだけた曖昧な言葉を聞いて、

 オーギュスタはとても怪訝な表情をする。

 アーサーのペースについていけず、歴戦の勇士も戸惑いっ放しという感じだ。


「は、はい……常識が? ですか?」


「オーギュスタよ、聞け。常識とは、隠された真実を知り、驚く為にある言葉なのだ」


「常識が? 隠された真実を知り……驚く為に?」


「そうさ! 分かるか? 人生とは信じていた常識が簡単に覆される驚きの連続なのだ」


「信じていた常識が簡単に覆される……な、成る程。そうかもしれません」


「うむ! でもそんな人生の方が楽しい。少なくとも俺はそうさ」


 アーサーの言葉は謎掛けだと思う。

 私とオーギュスタが『切れ者』か、どうか、試したと私は見た。


 テーマはズバリ、アーサーへの見方、評価について。


 父は……

 アヴァロン魔法王国は、アーサーの身辺を洗い、全てを掴んでいたはず。

 アーサーはひ弱な草食系という見方で、評価だった。


 それゆえ力技なら、オーギュスタは負けっこない。

 よって、アームレスリングの勝負をすれば、

 私とオーギュスタが主導権を握れるという常識だ。


 しかし最早、状況は変わっている。

 真実は違っていた。


 私はすぐにだが、オーギュスタも気付いたらしい。

 

「は、はい! 分かります……王子に対する私の常識は誤っていました」


「勝負の結果は、はっきりした……悪いが、勝者の特権で要求を変えさせて貰おう」


「…………」

「…………」


 要求を変える?

 一体、何をだろう?

 

 本当に……

 この人の思考は全く読めない。

 父以上、いや遥かに超えていると言って良い。

 

 私もオーギュスタも無言だ。

 普通の男なら、勝った勢いで、無理難題をふっかけて来るから。


 しかし……

 アーサーの言動は全くの想定外であった。

  

「イシュタルよ、改めて頼む、俺の嫁になってくれるな?」


 何と!

 アーサーは丁寧に頭を下げた。


 これって!?

 もしやプロポーズ!?

 

 私は驚きのあまり、すぐ返事が出来ない。


「は?」


 驚く私へ、アーサーは優しく微笑む。


「イシュタル、どうした? 耳の穴をかっぽじってしっかり返事をせい! お前以外に俺の嫁はおらぬわ」


 私以外に俺の嫁は居ない……

 すなわち、オーギュスタは嫁にしない。

 そういう事か……


 私は大きく噛みながらも、頑張って返事をする。


「は、は、はいっ! イシュタルは! アーサー様の妻になりますっ!」


「そして、オーギュスタ!」


「は、はいっ!」


「お前ほどの女なら、故国に大切な想い人が居るのだろう? ならば俺は無理にお前をめとらぬ」


「…………」


「お前はアヴァロンより、遠きこのアルカディアまで来た。なれば、愛する者と離れ離れは辛いものよ。もし出来るのなら、かの者をアルカディアへ呼び寄せよう」


「…………」


 アーサーが打診しても、オーギュスタは答えない。

 

 私には分かる。

 オーギュスタには特別な『想い人』が居る。

 

 その想い人とは私の父。

 彼女は父の愛人だから。

 父に、このアルカディアへ来て貰うのは、絶対に無理なのである。


 無言となったオーギュスタへ、アーサーは話を続ける。

 

「もし居ないと申すのであれば、これから新たな想い人を作るも良し、俺の側室になるのも良しだ」


「アーサー様……」


 オーギュスタはかすれた声で、アーサーの名を呼んだ。

 感情が高ぶったのか、目が潤んでいる。


「但し、俺の勝ちという事で、オーギュスタ、お前にこれだけは守って貰うぞ」


「ま、守る?」


「おう! 約束だ。己の命を大切にし、俺とイシュタルへ真摯に忠実に仕えよ」


「え?」


 アーサーの言葉を聞き、私も驚いた。

 思わず手を口にあて、声が漏れないようにする。


「いいか、オーギュスタ。絶対に無駄死にはするな。俺はな、お前のような優秀な者を失いたくない」


「は、はいっ!」


 多分、アーサーは見抜いている。

 オーギュスタの『想い人』の正体を。

 

 それは『彼女の正体』にもつながる。

 万が一正体が露見したら、彼女は死を選ぶやもしれない。

 

 オーギュスタの自死を阻止する為、アーサーは先手を打ったのだ。

 無駄死にはするなと。


 でも……

 オーギュスタは本当に嬉しかったに違いない。

 彼女も私と同じく立場を……尊厳を守って貰ったから。


 急にアーサーは悪戯っぽく笑う。

 また何か、悪だくみ?


 でも、何か「ぞくっ」と来た。

 こういうのが、ギャップ萌えって事?


「ちなみにオーギュスタ……悪いが、お前が側室になる件は、イシュタルが『うん』と言ったら改めて検討だな」


「え?」


 驚く私に加え、オーギュスタも戸惑っている。


「は? イシュタル様がうんと仰れば……でございますか?」


「おお、そうだ。どうせ俺はイシュタルの尻に敷かれる。ほぼ言いなりになるだろう。可愛い嫁がもしノーと言えば、この話は白紙に戻す、どうだ? イシュタル」


 いきなり話を振られ、私は戸惑う。


「そ、そんな!」


「ははははは、イシュタルよ、お前の形の良い尻になら、いくら敷かれても構わんぞ」


「も、もう! 知りませぬ」


 尻に敷くと言われ、私は「かああっ」と身体が熱くなる。

 頬が赤くなっているに違いない。

 

 男子を敷くほど、私のお尻は大きくないもん!

 思わず口をとがらせ、むくれてしまう。

 

 そして……

 場を仕切るアーサーが思いっきり笑ったので、

 緊張していたオーギュスタも、初めて笑顔を見せたのであった。

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