第4話「夫の帰還」

 馬車で旅して来た私が、アルカディア王国王都ブリタニアに到着したのは、

 午後12時過ぎ……

 用意して貰ったお風呂に入り、さっぱりし、着替えてから……


 軽い食事を摂って、お茶を飲み、私室でくつろいでいた。

 一応、アーサーがいつ帰って来てもすぐ対処出来るように、準備は怠らず。


 しかし……

 ア―サーは2時間、3時間と時が経っても戻って来なかった。

 ちなみに今居る部屋は私イシュタル専用の居間で5間続き。

 その一番奥の部屋。

 

 彼の私室は別にあって、

 帰還したら警護の騎士が報せてくれる手筈となっていた。


 しかし……アーサーが帰って来た様子は全くない。

 改めて警護の騎士へ確認すれば、帰還するどころか、

 音沙汰さえ無しだと言われてしまった。

 こんな事は滅多にないどころか、全く初めてだとまで言われてしまう。


 こんな時、気性きしょうが勝ったオーギュスタは遠慮がない。


「あの意気地なし、イシュタル様に会うのが怖くて逃げたんですかね?」


「ちょっと! 声が大きいわ」


 私の部屋から続く別室には、義母アドリアナが付けてくれたバンドラゴン家の侍女達も待機している。

 彼女達に、余計な事を聞かれてはまずい。


「どこかへ家出でも、してなきゃいいんですけど」


「………」


 無言になった私は、つい悪い方悪い方へ考えてしまう。


 もしかして自分を嫌って家出?

 万が一、アーサーが失踪となり、行方不明になったら……

 彼との結婚はとりやめ、繰り上がって第二王子のコンラッドと結婚!?


 嫌だ、それ!

 絶対にNG! 

 生理的にダメな人って居るじゃない。


 ファーストインプレッション!

 コンラッドのイメージは冷酷な爬虫類。

 

 そして魔法使いの私は感じた。

 彼からは凄く邪悪な波動も伝わって来たから。


 コンラッドが兄アーサーの暗殺さえ企てていると私の父は言っていた。

 あの暗黒波動なら充分納得。


 いくら喰うか喰われるかという戦国の世とはいえ、血のつながった実の兄を、

 ためらいもなく殺す男と結婚なんて、私はまっぴらごめんだもの。

 

 もしも無理に結婚させられたら、父から教授されたあの禁呪を使ってコンラッドを殺し、私も……


 最悪な事をうつうつと考えていたら、更に1時間が経った。

 その更に1時間経った午後5時過ぎ……


 警護の騎士の大声が廊下に響いた。


「イ、イシュタル様っ! ア、アーサー様が無事、お戻りになりましたあ!!」


 でも騎士の様子が何か変だ。

 ようやく戻って来たから驚いた、単にそのような雰囲気ではない。


「私がちょっと行って聞いてきましょう」


 そう言って、オーギュスタが部屋から出て行って、15分後。

 少し蒼ざめた彼女が戻って来た。

 普段から臆せず、動じず、泰然自若の彼女からしたら、めずらしい様子だ。


 早速、一番奥の居間にふたりで閉じこもり、

 施錠した上、声を潜めて会話する。


「イ、イシュタル様、さすがに驚きました」


「え? 何? さすがに驚いたって?」


「アーサー様が帰還してすぐ、家臣達の目の前、大広間で宰相オライリー公爵殿を殴り倒したそうです」


「え? 宰相を? な、殴り倒した?」


「はい、それも一発でノックアウトしたって。あ、あのひ弱なアーサー様がですよ」


 吃驚した!

 常識が覆される。

 アーサーが?

 少し、年がいってるとはいえ、元騎士の宰相を?

 一発でKO!?


 オーギュスタだけじゃない、

 私だって、さすがに驚いた。

 アーサーの行いが、父から聞いていた話とまるで違う!

 無茶苦茶だ!


 ちなみに、同じ公爵で紛らわしいが……

 私を迎えに来たマッケンジー公爵と、アーサーがぶん殴った宰相のオライリー公爵は別人である。


「何それ? 理由は?」


「わ、分かりません。不明です。しかし……殴ったのは間違いありませんし、動機の心当たりはあります、私、陛下から伺っておりますから」


「ええ、私もお父様から聞いています。アーサー様とオライリー公爵、ふたりの折り合いの悪さは有名だって。なので、もしくは……」


 と、私が言いかけた時、


「暫し、お待ちを。アルカディアの侍女どもが騒いでおります」


 と、言い放ち、オーギュスタが猫のようにしなやかな動きで扉の前に立った。

 そして耳を扉にぴたりと付け、外の様子をうかがえば……


「イシュタル様」


「はい」


「どうやら、アーサー様がいらしたようです。イシュタル様をお訪ねになった様子です」


「アーサー様が!? 私を?」


「はい、侍女が、アーサー様とイシュタル様のお名前を呼ぶのが、はっきりと聞こえました」


「そうなの?」


「でも、すぐ出ていらしてはなりませぬ。このお部屋でお待ちください。私が対処致します」


「オーギュスタが?」


「はい! いかなる理由にせよ、今日という大事な日に遅参した理由を問い質し、ひと言、上申しなくては気が収まりません」


「大丈夫?」


「ノープロブレム、お願い致します。私にお任せくださいませ」


「分かったわ、でも手加減してあげて、相手は王子とはいえ、武人ではなく素人だから」


「分かっております。万が一、暴れたら取り押さえます」


 オーギュスタは、そう言い捨て、部屋を出て行った。

 扉も閉められる。


 私はしっかり施錠し、息をころして待った。

 先ほどオーギュスタがしたように扉にぴたりと耳をつける。

 外の音を聞くのと気配の波動を読む為だ。


 オーギュスタが戸外で侍女達とやり取りする気配がする。

 ……更にアーサーともやりとりしているようだ。

 

 どんどんどん!


 どんどんどん!


 乱暴に扉が叩かれる。

 ノックというには、あまりにも強すぎる叩き方だ。

 このような叩き方で、宰相を一発ノックアウトしたのだろうか……


 そして……静かになったその時。


「おい、イシュタル! 聞こえているのだろう? 俺はお前の夫アーサーだ、さっさと開けないとぶち破るぞ」


 一番奥の部屋にも伝わる、つんざくような大声がしたかと思うと、


 どぐわっしゃ~~んんん!!!!


 凄まじい音がして、


「きゃあああああっ!!!」


 オーギュスタではなく、

 侍女達らしき悲鳴が大きく轟いたのであった。

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