第70話 旅先の服と着替えと洗濯と

 ここではーちゃんが、一言。

 「私は、皆さんのような旅をした経験がほとんどないけど、女性の一人旅をしている人も、おられますよね。そういう人は、旅先でどんなことに気を付けているのでしょうか?」

 上田さんが、その質問に答えてくれた。


 女性の場合は、やはり、一番に考えているのは、着替えの量だと言っている人が多かったです。その点、私は男ですから、そんなに着るものや着替えには頓着しませんでした。学生時代なんて、薄汚れた格好で、何日も列車に乗りまわっていたようなこともありましたね。最大で10日、旅館にもホテルにも泊まらず、駅で寝たり、夜行列車で寝て過ごしたりして、列車に乗りまわったこともありました。それはさすがに、冬でしたけど。でも、11日ぶりに風呂に入ったら、湯船に油が浮いていました。夏だったら、もっとすさまじかったでしょう。

 でも、旧型客車は夏場でも冷房はなかったし、ドアも空きっぱなしのことが多かったですな。しかも非電化区間なら、蒸気機関車のような煙こそ出ませんが、ディーゼル機関車だって、煙を出します。ああいうものに触れていれば、ただでさえ暑い中、さらに汚れる。でも、何とも、気にならなくなっちゃうところはあります。

 とはいうものの、着の身着のままいつまでもというわけにもいかない。やっぱり着替えなきゃいけないし、洗濯もしなければいけない。旅先の銭湯にも、よく行きましたね。ただそこで、洗濯をするわけにもいかないですから、コインランドリーか、泊った先のビジネスホテルの洗濯機などで、洗濯をしていました。ともあれ、ある程度の着替えは持って行っていましたけどね。

 ただしこれは、昭和の男子学生の私だからできたことです。今時の若い女性には、こんなこと、間違えてもお勧めできません。


 ここでマニア氏が、上田さんの話を継ぎ、持ってきていた「タビテツ」こと「旅と鉄道」通算51号(1984年春)を再び取り出し、口頭で紹介してくれた。


 そうそう、私が今回お持ちしたこの「タビテツ」に、女性で当時のチャレンジ2万キロに参加していた方が座談会に出られていて、こういうことを話されています。ご紹介しましょう。

 1984年当時の女子大生の方ですけど、最初は、「アバンチュール」を期待して着替えを多く持って行っていたが、あまりに重いので、できるだけ少なくして、こまめに洗濯するようにした、とおっしゃっていますね。こんなこと書かれたら、どんな「アバンチュール」があったのか、気になるのは私だけかもしれませんけど(苦笑)。まあ、出かける期間や時期などの問題もありますから、一概には言えませんが、一般には、できるだけ持ち物は身軽な方がいいですからね。

 身軽さと着替えの服の量は、トレードオフの関係になります。一人旅でしたら、誰か同行者に頼んで何とかしてもらう、という「さじ加減」も難しくなる。そのあたりは、バランスの問題ですね。

 あ、ちなみに、先ほど紹介した女子大生の方ですが、結構、美人でいらっしゃいますね。そりゃ、旅先でアバンチュールもあったかもしれませんな。あるいは、旅先で彼氏ができたとか、ひょっと、結婚相手を見つけたとか。ありえない話でもないでしょう。


 「女っ気のない君がそういう話をすると、説得力があるようなないような、何とも言えないものがあるね」

と、ぼくが感想を述べると、一同、大笑い。

 はーちゃんと同じ年の上本君が発言する。

 「ぼくは、これまでは旅に出ても3日か4日程度でしたから、そんなに着替えなどで困ったことはないです。リュックに一通り着替えを入れておいて、あとは大型の時刻表とノート、それに財布と切符ぐらいですから。大型の時刻表ですけど、ぼくは交通新聞社のJR監修の時刻表です。米河さんの世代には、今でも国鉄監修時代からの縁でJTBの時刻表を使われている人が多いみたいですね。それはいいけど、はーちゃんが、一人で、10日も着替えずに列車に乗って旅をする姿なんて、想像できないなあ・・・。ぼく自身、着替えもせずに、ホテルや旅館にも止まらずに、10日も列車に乗り続けたいとは思いません。ところで、アバンチュールって、正確にはどんな意味ですか?」

 マニア氏が、青年の悩みならぬ疑問に答える。はーちゃんを見ると、相も変わらず、少し顔に赤みがかかっているようだ。


 アバンチュールとはやねえ、「冒険」という意味のフランス語や。英語ではご存知の「アドベンチャー」ね。英語やと、普通の「冒険」という意味で使われるが、これが同じ語源のフランス語が使われたらどうなるか、ゆうたらね、恋愛に関わる「冒険」ちゅう意味になるねん。

 せやから、さっきのおねえさんの例で行けば、旅先で男の人に会って、話が弾んで、それが恋愛ごとに発展する、ってわけよ。ああいうきれいなおねえさんに、会いたかったな~。だったら、今時私の人生もバラ色やけどな。


 こいつの人生が女性に囲まれてバラ色、というのは、想像もつかないが、まあ、そりゃ、そこのところは、ぼくだって同感だ。

 「まったく、同感だよ。また、一人旅に出たいねぇ~」

と漏らした。・・・しまった!

 横の美熟女さんが、にっこり微笑んで、ぼくの足を踏んづけてきた。

 「それは、残念至極でしたこと。今日は、ハイヒールでないのが、とっても残念ですわ。アバンチュールはルックス次第、ってことかしらぁ・・・。そんな歌、あったわね。どうせ太郎君、そんなこと言いながらも、たまきを連れ出して、べったりするんでしょ?」

 「何と申しましょうか、美熟女さんのお話につきましては、ケースバイケースということでありまして、それ以上につきましては、ノーコメントとさせていただきます」

ここは、あいつらの「常套手段」を使うしかなさそうだ。

 「瀬野君やせいちゃんならまだしも、太郎君まで、ノーコメントですって? そんな逃げ口上を真似しても、む、だ、よ。それより、美熟女とは何ですか? 嫌らしいわねぇ~」

 ここで土井氏が笑いながら、話を戻しましょうよ、夫婦喧嘩は犬も食わないというでしょう、などという。一同、これまた大笑い。

 「犬どころか、猫もまたいで行きまっせぇ~。岡山名物ママカリ、飯がうまくて隣にご飯を借りに行くほどのうまさで、飯=ママを借りる、それでママカリ。でも、私の父に言わせれば、あんなものは猫またぎ、猫も食わんシロモノだ、ってことでしてな。さすれば、気の利いた猫なら、後ろ足で蹴飛ばしていくものかと聞くと、そんなものだというお話ですよ。まあ、御夫妻の喧嘩でしたら、気の利いた猫なら、アホかい、ニャー! とでも言って、後ろ足で砂かけて去っていきますな。キケルカ、ニャー! アホラシ、ニャー!」

 とか何とか、マニア氏がのたまう。

 こいつ、さっきの仕返しとばかり言ってくれるなぁ・・・。放っておくと何を言い出すかわからないので、一言、言い返しておいた。

 「ほっといてくれ! 鉄道マニアは鉄道「マニア」らしく、鉄道ピクトリアルでも客車の図面集でも鉄道史料でもレイルでも読んで「うんちく」をせいぜい仕込んでいろよ!」

 マニア氏の弁は簡潔明瞭。DF50を再び机上に登場させて、

 「言われなくとも、ほらこの通り、読んで仕込み中です」

 しょうがない奴だ。

 「わざわざこの場面で、そんなもの出さなくたっていいよ。君の場合は、あの先輩方のDF50の客車列車の荷物車にモーターのついた「自走客車」みたいになあ、どこやらうごめくような言動をしてくれるから、かなわん。もう勘弁してくれって」


 「自走客車は、結構パワフルでしたからね。機関車のDF50よりも」

 と、マニア氏。「自走客車」とは、O大鉄研のある先輩が走らせていたHOゲージで四国の旧型客車列車を再現した編成で、超大編成の動力を補うため、機関車だけでなく、荷物車2両にもモーターをつけていたが、その荷物車たちのこと。最初見たときは、素人ながらにもびっくりしたことを今も覚えている。当時中2だったマニア氏は、大学祭では、レイアウト上で脱線した車両を「復旧」させるべく、先輩に呼びつけられては「復旧」に走っていた。その話をすると、皆さん、感心しておられた。

 これは、マニア氏の「駆け出し」というか「前座」時代のエピソード、ってことだね。

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