第61話 「鉄道マニア」大いに語る 2

 話、変えますね。私が中学生のころ読んだ、レイルウェイライターの種村直樹さんの著書、題は忘れましたけど、あるブルートレインに乗って九州に向かっているとき、乗り合わせた見ず知らずのおじさんたちと意気投合して、日本酒を飲んでいたというエピソードがありました。


 1960年の東映の映画で、実際にデビューしたての特急「さくら」の東京から長崎までの旅路を描いた「大いなる驀進」という映画がありますが、そこでね、乗り合わせた殺し屋とスリが、初対面でしょうけど、ウイスキーを飲み合うというシーンがありました。殺し屋やスリは、困りものですけど、それはともかくとしましてもね、夜行列車というのは、どうしても、そこで一夜を明かすわけでしょう。「寝る」ということになれば、人間の「地」が出るわけですよね、否応なく。

 ですから、そこで、見ず知らずの、たまたま居合わせただけの人が何かのきっかけで会話をして、そこから何かが生まれていく・・・そういう装置だったんですな。夜行列車というのは。もちろんこれは、寝台の有無に関わらないし、それはこの際、大した問題ではない。


 そういえば、太郎さんとたまきさんが出会ったのは、病院の同じ病室でしたよね。太郎さんが中1で、たまきさんが中2でしたっけ。入院患者の過ごすところは、個室でない限り、病室ではカーテンだけの仕切りで、同じ部屋に何人もの人がいるわけじゃないですか。まして、思春期を迎えた中学生の男女がカーテン越しで隣同士なんてことになれば、良かれ悪しかれ、何かが生まれてもおかしくはないでしょう。


 「確かにそうだけど、不純異性行為は、していないからね」

と、ぼくが一応、マニア氏に五寸釘を打ち付けておいた。たまきちゃんも応戦。

 「甲斐性なしの鉄道マニアより、よっぽどいいでしょ」

 「ワタクシは、鉄道一直線であります、押忍!」

 「わかったから、もういいよ。好きなだけ「うんちく」を仕入れてくれたまえ」


 少しばかり、ぼくら夫婦とマニア氏とで面白おかしくやり取りしたが、マニア氏は頃合いを見計らって、話を戻してくれた。彼は、人前の会話で機転の利く人間であるが、それは「あの馬鹿息子は外面だけはいい」と、氏の母上に称されるゆえんでもある。


 いかんせん、病院の場合、何日か「夜」を共にするわけですからね。うらやましい限りですよ。これも、人間の本質という点においては、夜行列車や寝台車と同じような要素を感じますけど、どうでしょうかね。

 それにしても、今の世の中、そういう装置が少なくなってきたような気がしてなりません。少なくなったのが違うというなら、こうも、言えます。人が出会う装置さえ「管理」の行き届いた社会になってしまった、そこで、人同士の接触さえもが、誰が望むともなく一定化されてしまっているのではないか、とね。

 だから、旅先に出ても、他者と会話をするわけでもなく、まして今時、スマホやらがあれば、景色も周囲の人にも目がいかず、スマホの画面にばかり向き合って、目の前に起こっていることにさえ無頓着。その気になれば、イヤホンをつけて音楽でも聴きまくっていればいい。まあ私も、人のことは言えませんけど。タブレットの中には、キャンディーズや桜田淳子に始まって榊原郁恵や柏原芳恵や松田聖子や河合奈保子に加えて、プリキュアの歌も入っていまして、なんか最近、お気に入りにして聞く歌のプリキュア率が高まってきましたけど、それはまあ、置いときましょう。


 しかしこの傾向は、何も今に始まったことではなく、カセットデッキ、さらにはソニーのウォークマンが出たときから続いている傾向ですけどね。周囲の音を別の音で遮断すれば、確かに自分の世界に入り込めるが、その分、他者とのつながりを作れる可能性は格段に落ちる。かくして「個人化」は、とどまるところを知らないという塩梅ですな。それにしても、いささか、「慢性的な違和感」のある世の中になってきたように思えます。今、私が述べてきたような「出会い」ですけど、夜行列車ばかりじゃなく、ローカル線でも、割によくありましたよね。大学時代に飯田線を豊橋から辰野まで乗り通したことがありまして、その時に知り合った長野の鉄道ファンの方と、いまだに交流ありますよ。いい写真、送ってくださっていますしね。私の方は、鉄研があったころはその資料をよくお送りしていましたね。


 マニア氏の御高説、以前の瀬野氏とのやり取りに比べれば、別に周囲に緊迫感や威圧感を与えるわけではないのだが、やはり、マニア氏らしいところもないではない。毒舌ぶりは表面的には消えているが、内心にはさらに力をつけた「武器」を隠し持っていることは、話を聞いていればわかる。それも実は、彼の魅力ではあるのだが。

 これまでは、昭和の少なくとも末期は知っている人たちに話してもらってきたが、次は、戦争どころか昭和さえも知らない若い人たちの声を聴いてみようということで、まずは、鉄研出身者で現役会員でもある上本君に話してもらうことに。


 時計を見ると、14時を幾分過ぎている。

 それぞれの話者の話のスジを追ってご紹介しているが、実際は、話しているうちにも誰ともなく質問も出て、それに応えるように、話者各位がさらに話を続けてくれている。別に「講演」ってわけではないからね。ただ、こういう紹介の仕方をすると、誰かがしゃべりっぱなしが続いたのかと思われるので、あえてここで一言申し上げておきます。

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