第59話 魅力の裏返し

 別にマニア氏の口止めをしようというつもりはなかったが、その前にここで、ぼくが話をさせてもらった。これだけ話しておけば、マニア氏も後を続けやすくなるだろうと思って、ね。こう見えて、これだけしゃべるのに、結構、調べものしましてね。たまきちゃんから、マニア氏と瀬野氏に挑戦状でも出す気になったのかって言われたけど、そんなつもりはありませんし、そんな勝ち目のない挑戦してもしょうがないでしょう。


 趣味の世界における「鉄道と写真」という組み合わせは、明治時代のいわゆる「岩崎・渡辺コレクション」なる写真集(そんなものの存在は、マニア氏から聞いて初めて知った。氏は、実の母親を「岩崎・渡辺コレクションに出てくる明治時代の寒漁村民」なんて言い出したほどだからねぇ・・・)あたりからずっとあって、今やだれもがカメラを持って鉄道写真を撮ることができる時代だ。ぼくらの世代の人たち、それこそ、沖原さんやマニア氏が行く散髪屋の男性あたりがブルートレインを撮影しに駅に群がっていた時代よりも、はるかに、写真は撮りやすくなった。デジカメのおかげで、フイルムのなくなる心配をする必要はないし、現像段階における失敗を考慮する必要もない。データ保存の際に消去してしまう怖さだけは、今もあるが。

 一方の「鉄道と旅」だが、こちらも写真に負けず劣らず、やりやすくなったように思う。確かに、マニア氏あたりがよく話題にする「魅力的な長距離列車」は少なくなった。それでも、列車による移動は、はるかに快適になった。

「過去を懐かしむ」際に引き合いに出されるものを、鉄道に絞って列挙してみよう。


 蒸気機関車、客車列車(特に旧型客車)、ブルートレインをはじめとする寝台列車、夜行列車、貨物列車(コンテナ列車を除く)、荷物列車、荷物車、郵便車、旧型電車、国鉄型気動車、廃線となったローカル線、路線変更された、幹線の旧線区間、すでに廃車となった新幹線電車、食堂車・ビュフェ、寝台車、ボックス型クロスシート・・・


 今の基準で考えれば、お世辞にも移動するにあたって快適とばかりは言えないものや鉄道の輸送力を幾分削ぐものばかりだ。それらは確かに旅と鉄道趣味の魅力の裏返しではあるが、仕事として鉄道の現場を預かる者としては、必ずしも喜ばしい話ではない。その根本的な理由は、何だろう?


 沖原氏は、写真家として、ある意味「効率よく」人から求められる写真を撮影し、生業としてきた。写真撮影という「仕事」を効率よくこなしていこうとすれば、クルマによる一人での活動が、ある意味最も効率的ではあるかもしれない。特に走行写真を撮影する場合は。社会を運営していく上では、「効率」という者は無視できない要素である。その視点で物事を割り切って進めていけば、社会は確かに「進歩」するだろう。


 しかし、人間は、そう簡単に割り切れるものではない。

 マニア氏の趣味傾向を見れば、それは一目瞭然じゃないか。

 「効率」だけを追い求めるリアリストには、存外、食堂車や寝台車の好きだった、そして今も好きな人が多いのではないかな。もちろん、移動中に食事ができる、寝られる、だから、効率向上のために必要なインフラだ、などという理屈も成り立たないではないが、それは詭弁ではないか。

 空港のラウンジなんかを見てみれば、それが単に効率だけで成り立っているものではないことが分かろうもの。


 先ほど食堂車や寝台車をぼくが引き合いに出したのは、人間の根本的な矛盾というものが、実は、鉄道趣味の世界においても発展の活力になってきたのではないかということと、ひいてはそれが、「鉄道の旅」においても、魅力へとつながってきたのではないか、ということだ。もっとも、鉄道を使って「旅」や「旅行」をするのは、鉄道ファンやマニアばかりではない。鉄道に極度に興味があるわけでもない一般の人も、大いに鉄道を利用しているし、「旅行」に行く際にも鉄道を使っていくという人は多い。その「旅」の目的地よりも、列車に乗るという行為自体を楽しむ人もいる。

 極端な話かもしれないが、それこそ、ドラえもんに出てくる「どこでもドア」なるシロモノがあれば、鉄道はおろか、どんな交通機関さえも、必要なくなる。自ら願い、ドアを一つ開ければ、そこはもう、目的地。それは確かに、素晴らしい社会のようではある。少なくとも、移動という「無駄」は、極限まで排除されている。移動のストレスとか、時間の無駄は、一切、とまでは言わないが、まったくと言っていいほど、ない。


 だが、本当にそれが幸せなのかは、ぼくには、即答できない。

 それは、マニア氏がひところ力説していた「個人化」という時代の流れにしてもそうだ。すべてのことにおいて、一人一人が対象となる「消費社会」。それは、目先の大口よりも、極限まで多数の小口を、消費社会の中心に据えた社会である。プライヴァシーは最大限守られ、「個人情報」は、おおむねしっかりと保護される。

 大体、大部屋で雑魚寝とか、カーテン一つでしか区切られない無防備性「抜群!」の寝台列車は、この時代にはなじまない。ユースホステルが退潮しているのも、安価なビジネスホテルやカプセルホテルの普及だけが理由じゃない。若者たちが、ユースホステルという場所を利用する気持ち以前の問題として、そういう場所を利用するという「文化」が育っていない、というのが、実際のところではないだろうか。

 だが、そんな時代だからこそ、そうでなかった「昔」のことに、みんなが興味を示しているが、それもまた、今まで述べてきた一種の「倒錯」した心情が社会全体を覆っているからではないかと思えてならない。


 ぼくはここで、皆さんに自らの思いを数分にわたり語らせてもらった。さすがにたまきちゃんからしゃべりすぎだと言われるかと思ったが、この話はなかなか良かった、という。欲を言えば、ぼくらの中学生の頃の出会いの話をしてほしかったとか言っていたけど、ちょっとそれは、ノロケにしかならないから勘弁してもらったと答えた。


 しかしなぜ、ぼくがここで語ったのか?

 次に話す人物の話を聞いてくだされば、よくわかるでしょう。


 いよいよ真打ち?

 O大鉄研の牢名主・マニア氏が、鉄道だけじゃなく、鉄道の「旅」のことについて、熱く語ってくれる。ぼくとたまきちゃんが入院先の病院で出会って、夜中に同じベッドの上で語り合いつつ、淡い恋心をお互い芽生えさせていたのとほぼ同年代の中学生の時期、彼はすでに大学の鉄道研究会に「スカウト」されて数年目。先輩たちに鼻柱をへし折られながらも、鉄道のことをしっかり教わり、そして、自らO鉄道管理局や国鉄の現場に行ったり図書館に行ったりしつつ、鉄道趣味の「道」を究め始めていたほどの人物だから、そりゃあ、いっぱしのことをしゃべってくれるだろう。

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