第57話 一晩だけの出会い 2

 マニア氏、ここで寝台車にかこつけて旧型客車のうんちく大会に逃げるつもりかと思ったが、ようやく、「本題」に入ってくれた。

 先ほどまで寝台車の話を熱心に聞いていた上本君は、少し残念そうだ。逆にはーちゃんは、クスクス。上田さんと沖原さんは、マニア氏のいう寝台車に乗った経験のある人たちだからか、懐かしそうに話を聞いておられた。土井氏は平静を装って淡々と仕事をこなしているようにみえたが、あとで聞くと、笑いをこらえるのに必死だったそうです。

 たまきちゃんは、いささか呆れ気味。

 そろそろ何か言ってやろうかと思っていたと、後に語っていたが、うまく逃げられて少し残念だったわね、だって。

 

 いやあ、たまきさんの日記、参りました。

 確かにこの日、私はたまたま一人で山陰を回って関西方面に入ろうと思っていたところ、出雲市で石本さんにお会いして、京都まで同席しましてね。このときも寝台は利用しないで、座席車でしたけど、楽しかったですね。52センチ寝台の車内を見学できて、今となっては、いい思い出ですな。


 その寝台車ですけど、その日は満員というわけではありませんで、2つか3つの空きはありました。座席車は、もちろん地元の人の乗り降りなどもありましたけど、かなりの割合で、鉄道ファンかそれに近い筋の人が乗車されていました。ま、典型的なこの時期の夜行列車です。私は、ちょうど乗り合わせた医学部の先輩の石本さんとか、知り合いになった鉄道ファンの人たちと、いろいろ、鉄道の話をしていました。 そこで出会った人たちと住所交換でもすればよかったのですが、その日はなぜか、そういうことが頭にありませんで、今思えば、惜しいことをしました。それでね、車内をあちこち散策していると、私と同級生になる京都の女子中学生のグループがいましてね、出雲大社を観光した帰りだって言っていましたね。どの子も、結構、可愛かったです。はい。


 その日たまたま、あるテレビ局が山陰号の取材をしていて、私も少しばかり映っていました。彼女たちのうちの一人は、というのが、私がひそかに狙っていた女の子でしたけど、彼女、寝台車でインタビューを受けていました。しかしね、それがまた、彼女、この列車で知り合った私と同じぐらいの年齢の少年と、どうやら住所交換をしていたみたいですね。その彼ともいろいろ話しましたけど、彼も京都近辺の中学生で、私と同級生でした。彼は旧型客車に乗りたくて、青春18きっぷで山陰方面の列車をのべつ乗っていたと言っていました。

 その二人がその後どういうお付き合いになったかはわかりませんけど、私も、彼女たちと住所交換、しておけばよかったなと、今も悔やまれます。


 それがきっかけで、旅先で会った人とはできる限り住所交換をするようになりました。それっきりの人もいれば、今に至るまでお付き合いのある人もいますけれど、こういうきっかけも、あっていい、いやむしろ、あった方がいいなと、思うんですがね。

 

 マニア氏の話は、そこで、あっけなく終わった。

 「他にも、せいちゃん、女の子との出会い、あったでしょ?」

 「いやあ、列車に乗りに行くということは、「鉄道趣味活動」の一環でありまして、鉄道ファンやマニアの方と交流を持つという点において、お付き合いは積極的にしておりますが、別に、女性を物色するために列車に乗っておるわけではありませんからね。テレクラだとか出会い喫茶だとか風俗とかでもあるまいし」

 「そういう品のないたとえはやめてくれよ。もういいから、次に行きましょう」

 マニア氏の話を遮って、話を変えてもらうことにした。


 「じゃあね、もうこうなったら、何でもいいですから、旅先で会った楽しいこととか、旅行雑誌に書かれていたようなことでも、何でもいいから、どなたか、どうぞ」

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