君の居場所
タニオカ
メリーゴーランド
「ねぇ。…知ってる?あの話…」
少しトーン落とした声で語りかけてくるのはサークルの先輩だ。彼女は明るく染めた茶色のセミロングを横に流し、手元のカルーアミルクに口をつける。
「…あの話って?」
僕は見当もつかなかったので素直に聞き返した。すると先輩は、ニヤリと笑い、僕の耳元に口を寄せ、低い声で耳元で囁いた。
「あのメリーゴーランドの話だよ…」
少し酔っているからだろうか、彼女のその声に何かおぞましいものを感じて、背筋が冷えるように感じた。心なしか居酒屋のガヤガヤとした音もトーンダウンしたように感じる。
—居心地が悪い…。
気持ちを切り替えようと、カクテルに刺さっているストローを噛みつつ、残りを飲み干したが、オレンジの苦味がそれを許さなかった。
そう、その話ならば覚えがある。
しかし、僕はしらを切る。
「なんですか?メリーゴーランドって…」
うまく演技できただろうか?
先輩はぐいっと残りのカルーアを喉に流し込み、今回の飲み会の幹事におかわりの催促をしてから僕との会話を再開させる。
「いいよ、教えたげる。あんた、まだこのサークル入って日が浅いもんね…」
どうやら知らない演技は成功したらしかった。
先輩の話を要約すると"大学の近くの元遊園地、現廃墟のメリーゴーランドに男の幽霊が出る"と言うことだ。
そして、このサークルの新歓では、そこで肝試しするのが通例となっていると…。
とてもありがち。
話を聞き終わり、周りの僕ら新入生を見渡すと、彼らも僕同様、それぞれ先輩たちから同じ話を聞かされているようだ。
不安げな顔をしている人や、楽しそうと目を輝かせる人、興味ないという雰囲気の人、反応はまさに十人十色だ。
僕はというと、多分不安そうな人の部類に入る反応をしていたのだと思う。
もちろん演技だが…。
そして、だからあそこに時々人のいた痕跡があるのかと合点がいった。心霊スポットだから、人が来るのは理解できるが4、5月に特に多かった。さらに悪いことに、つまみの缶詰や酒瓶、ビールの缶などゴミが残されていることが多く、僕に余計な仕事が追加されて苦労した。
「つまり、これからそのメリーゴーランドに行くってことですか?」
「いえーす!」
楽しそうな先輩たちに反して、心が沈み込む。
—僕の大切な場所が…。
肝試しに浮かれ気分でウキウキとラストオーダーをとり纏める幹事に、僕はマルガリータをおねがいした。
=====
錆びて朽ちたフェンスをくぐり、割れたアスファルトのヒビから伸びる雑草を踏みつけ、ほろ酔いの大学生達が廃墟の入り口に集まった。そわそわ、キョロキョロと辺りを見回す彼らは、ここが僕にとってどんな意味を持つ場所なのか知らないだろう。
肝試しは、順調に進む。
くじ引きで決められた順にどんどんと、スマホのライトを片手に皆、闇夜に消えゆく。特にペアを組んで進むわけでなく、新入生が1人ずつ向かうスタイルだ。
肝試しの概要は、メリーゴーランドまで行って、そのに置いてあるスタンプを手に押して帰っているというものだ。こんな馬鹿げたイベントのためにわざわざ飲み会前の明るいうちに準備をしておいたらしい。ご苦労なことだ。
あと少しで僕の番となる時に、最初に向かった女子が半泣きで帰ってきた。
怖かったーという、その子の頭をぽふぽふと撫でる男の先輩。
—あぁ、そういうことか…。
いわゆる飲みサーの部類に入るこのサークルのことだ。きっとこの肝試しは、まだ大学生活に慣れていない女の子とお近づきになるのが主な目的なのだろう。
僕は僕の大切な場所がこんな下賎なことで汚されるのに酷い苛立ちを感じ、足元の割れたワインの瓶を軽く蹴る。
わいわいと感想を述べながら帰ってくる人たちをぼんやりと睨みつける。
—ここを汚すな…。
憤りを感じながら順番待ちをしていると、いつの間にやら、僕の番となった。
ありがたいことに、僕の引いたくじは7番と書かれたものだった。つまり、僕は最後にメリーゴーランドへ向かう人物ということだ。
後から人が来ることもないなら、多少はのんびりとあそこで過ごすことができる。もう、数人は帰り始めている。みな酔っていることもあり、もしかしたら、このまま戻らなくても誰も気にしないかもしれない。
「はい、いってらっしゃーい!」
先輩に背中を叩かれ、送り出される。
もう何度も通り、慣れきった道でだからスマホのライトはなくても平気なのだが、一応見た目が悪いのでつけておく。
メリーゴーランドまで約100mほど。途中、先に向かっていった人物たちとすれ違う。間違っても、メリーゴーランドで誰かと鉢合わせしたくなかったので、必要以上にゆっくり歩く。
メリーゴーランドの屋根が視界に入るまで近づいた時に、僕の前に出発した男とすれ違った。妙にニヤついていたのが気に触る男だ。
しかし、これで安心だ。これで僕と彼女の時間を邪魔するものはいない。
気がつくと目の前にメリーゴーランドが迫っていた。駆けている馬や馬車が砂埃を被って静かに佇んでいる。そして、目の前の馬の首には、いつもは置いていないスタンプが紐で括り付けられていた。
それを尻目に僕はいつものように、メリーゴーランドの反対側へ向かう。そしてそこにある馬車の中に座って、あの時を反芻する。
ここで彼女と話たこと、
笑いあったこと、
泣かせたこと、
彼女の首の細さ、
恐怖に歪む顔、
口の端から垂れるよだれのこと、
生気を宿していないあの顔のこと、
どんどんと冷たくなる体温のこと、
彼女をこの下に埋めたこと。
そして、まだバレていないことに安心する。
しかし、夜な夜なここに来る僕のことが噂になっているのだから、きっとそう遠くない未来に明るみに出るだろう…。
僕は彼女との逢瀬に後ろ髪引かれる思いで、立ち上がりスタンプまで歩く。
とりあえず、今はミッションをこなしてしまおう。
スタンプを手に取り、グッと手のひらに押し付ける。
よくできました!
の赤いインクが冷たかった。
君の居場所 タニオカ @moge-clock
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