第4話 偵察中
さて、あれから目立たない様に庭木から庭木へと忍んで母屋の方にやって来た。
来る途中にもあちこち見て回り、どこをどう行けばどこに出るのか、使用人はいつもこの時間帯は何をしているのかと、隠れて見て歩く。
垣根の隙間や、隠れ場所にも良い場所がないか見て回る。
結構迷路の様になっていて、シタン位の子供が身を隠す場所や、抜け道はたくさんあった。
服はどうせ古くて宜しくない安物ばかりなので、捨てる為に避けてあったそろそろ身体に合わなくなっている物を麻袋から取り出して選んだ。迷彩色っぽい外でも背景に馴染む古い物を着て、頭には染みだらけの古いシュミーズを裂いて頬かむりしている。
ヴィエルジュ伯爵家は裕福な貴族家だ。広大な庭を有していて、大変手入れも行き届き美しい。
手入れが行き届いていないのは、シタンの住むあばら家、じゃなくて離れくらいのものだ。
私は屋敷の裏手からそっと近づいて屋敷の正面から見て左翼側にあるプライベートな庭付きの部屋の植え込みに隠れていた。
美しい庭だ。エレン伯爵夫人は花が好きで、様々な珍しい種類の花を自分のプライベートな庭に手ずから植えて楽しんでいたと、小説には書いてあった。
それで、ここは彼女のプライベート・ガーデンだと思ったのだ。
こちらの辺りに来るのは初めてだ。
母屋の中も、週二回ほど座学を教わる教師が来る時は、屋敷の右翼の二階にある勉強部屋で指導を受けるので、内部の様子も少しは分かるのだった。
その庭に美しい親子が出て来て、お茶の準備を侍女とメイドがし始めた。
白いテーブルに、白いチェアー。美味しそうなお菓子にお茶。
植え込みの丁度良い場所は、だれにも気付かれない死角になっている。
そこからエレン夫人と娘のマリーンの様子を伺った。
幸せを絵にかいた様な景色だなと思った。
そこに、兄のカノスがやって来たのが見える。シタンとそっくりな容姿だ。
黒髪に、アメジストの瞳。シタンよりも5才程上なので、今12才のはずだ。
エレン夫人の娘、マリーンは二つ上なので今9才だ。
シタンは、エレン夫人にも、マリーンにももちろん紹介された事もない。けれども小説の描写に出て来る白金の髪に水色の瞳だったので、間違いないと思った。
兄には数回、屋敷で会った事があるが、目が合ったと言われ、突き飛ばされた事があった。
その時は壁にひどく打ち付けられて、あちこちに青あざが出来たが、使用人は誰も止めようとしなかった。
ついでに言えば、「おにいさま」と言ったシタンを聞き咎め、足蹴にしたのだ。
「お兄様なんて呼ぶな、いいな、二度と呼ぶな!」
何様だ?父親そっくりだ。
それと同じことを父親にもシタンは言われている。
「お父様等と、呼ぶな、旦那様と呼べ」
ってね。
可哀そうな、シタン。
哀れな、シタン。
それでも・・・愛して欲しかったのだ。
ああ、こんなにも苦しい。
そういう事があって、シタンは恐ろしくて屋敷の中では誰とも目を合わせない様になった。
下を向いて歩くシタンを使用人は馬鹿にしていた。
本当に腹立たしい。シタンが何をしたというのだ。もし自分がシタンの立場だったら、なんて事考えもしないんだろう。
シタンは強い魔力を持って生まれたが、それはこの国では本来、とても喜ばしい事だ。
母のリリアノが虚弱だったために出産に耐えられなかっただけで、シタンにはなんの落ち度もない。
むしろ、様々な状態を考えて、準備をしていなかったヴィエルジュ伯爵にこそ罪はある。
それを認めるのが嫌で、この屋敷の者達は全てをシタンのせいにしたのだ。卑怯者だ。
目の前では、兄のカノスが義妹に花束を渡していた。
「マリーンの好きなカスミソウだよ。花やに注文しておいたのが、朝届いたんだ」
「まあ、お義兄様、嬉しいっ。ああ、なんて綺麗なんでしょう」
ふうん、なんて素敵な心がほのぼのする風景だろうか、こんなにもシタンの胸は、悲しさでうずいているというのに、この世界の誰も、彼女の理不尽な扱われ方に憤りを感じもしない。
小説では、シタンが10才の時に神殿で魔力測定を受け、稀有な魔力をもっていると認定されるまで、死ぬか生きるかギリギリの苦難の生活を強いられる事になっていた。
あと三年も待ってられるか!
この状況をひっくり返してやる。私はそう心に決めた。
それからしばらくは、この屋敷の偵察を続けた。もうだいたいの事は頭の中に入っている。
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