濡れる靴

@foxxy020_sbk

第1話

 仕事が終わったのは二十時を回った頃だった。帰りを待ってくれる妻や彼女はおらず、途中コンビニで冷やし中華とおにぎりを買った。街灯が明るい歩道で親子とすれ違う。子供に見覚えがあるような、ないような。思い出そうとしていつの間にか妄想へ飛んでしまった。


 あれは姪のアンナ、妹の子だ。どうしてここに?

妹とは疎遠のままだった。おやじの葬儀で何年か振りに会って以来、何の連絡もとっていない。アンナの父親とは籍を入れなかったらしい。詳しいことは何も知らない。シングルマザーで病気にでもなったらアンナの面倒は誰がみるんだ。大病して施設か養子に出されたのか。人見知りで交わした言葉は少なかったが、アンナはいい子だった。静かに笑う子だった。俺は叔父として引き取って育ててやりたい、そう思うった。


 引き取って十五年、二十五歳になったアンナはとうとう結婚相手を連れてきた。線の細い、物腰の柔らかい男だった。二人で決めたことだからと半ば強引に押し切られたが、俺はほっとしていた。大人になったアンナの姿は妹そっくりで、幸せを掴めないかと心配していたからだ。心の中で亡くなった妹に報告をして安堵した時、妄想から覚めて現実の自宅アパートへ着いた。そこは真っ暗で誰もいないワンルーム。靴を脱ごうとしてアンナと過ごした十五年が蘇ってきた。


 涙が落ちて靴を濡らしていた。


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