見知らぬ散歩人

オッケーいなお

第1話 散歩道には

根暗で、無趣味で、人見知り。

仕事以外、人と接点をもたないように、人目につかないように生きている。

仕事はクリーニングの会社の工場勤務。

職場でも必要以外人とは話さない。

地元ではないこの地域には友達もいない。

そんな彼女、名前はかすみ、28歳、独身、彼氏も今までいたことがない。

仕事と、近所のスーパーと、住んでるアパート以外には出歩かない。

ただ、唯一好きなのは仕事が終わって帰ってきた後の散歩。

アパートからすぐの川沿いの散歩道をのんびりと歩く。

ただ、のんびりと。

この時間が唯一の癒やしといえるだろう。

スーッと吹き抜ける風の中、ゆっくりと大きく沈んでゆく夕日を見ながら。

誰にも邪魔される事なく、ゆっくり自分のペースで歩く。

道行く人をたまに見て、この人はこんな人だろう、とか勝手に考えたりするくせ、いつもすれ違う人を見ては目をそらしたり。

とにかく人見知りなのだ。

そんなある日の散歩中、


わんっ わんっ!


かすみ「はっ!」


犬だ。

かすみは実家で犬を飼っているので、人よりも犬の方が平気だ。

小さな可愛い目をしたトイプードル。


かすみ「あっ、よしよしっ。」


多分飼い主とはぐれたのだろう。

周りを見渡しても人はいない。

どこから来たのか。

どうしたらいいのかわからない。

とりあえず人なつっこい犬だし、飼い主が来るまで心配なので一緒に待つことに。


かすみ「キミはどこから来たの?」


疲れたのか、お座りをしはじめたのでとりあえず隣に座る。

人見知りだが、犬は平気だ。

話しかける事もできる。


かすみ「ご主人来ないね。」


犬「…。」


かすみ「早く来ればいいね。心配しなくても一緒に待ってるから。」


犬「…。」


かすみ「キミはご主人が来たら一緒に帰れるけど、私はいつも1人なんだ〜。」


なぜだか犬には素直に話せる。

人にはこんなに自分から話せないのに。

犬には素直になれる。


かすみ「キミのご主人はどんな人?優しい人

かな?素直なキミを見たらわかるよ。」


犬「…。」


かすみ「だんだん陽が沈んでくね。夜になる前には来るといいね。」


犬「…。」


かすみ「うん。大丈夫。きっと今頃必死になって探してるはず。」


こんなにたくさん自分の声を聞くのも久しぶりな気がする。

普段会社でも挨拶以外話さないし、家に帰っても1人だし、誰かとの会話も日常生活ではほぼない。

なぜか、犬だからか、たくさん話せる。

‥というよりは独り言なのだが。


かすみ「キミの名前は?私の名前はかすみっていうの。よろしくね。」


犬「…クン クン。」


よしよしっ。


かすみ「キミは大人しいね。私もきっと他の人から見たら大人しいの…、私の場合はキミと違って根暗…かな?」


「おーいっ、コタロー!」


犬「わんっ!」


男「あっ、コタロー!」

犬「わんっ わんっ!」

男「すいませーん。」

かすみ「あっ、いえっ、あっ、全然っ。」

男「こいつと一緒に待っててくれたんですよねー?ホントすいません。」

かすみ「いえっ、あのっ、暇だったし…。」

男「いゃ〜、靴ひも結んでたら急に走っていっちゃって、慌てて探したんですが。」

男「でも、こいつ吠えませんでした?」

かすみ「いっ、いいえ、すごく大人しくて、あのっ、あ〜、なつっこくて…です。」

男「珍しいなぁ。知らない人には全くなつかないし、吠えるしで。」

かすみ「いいえっ、ずっと隣に座ってて。」

男「ホント珍しいなぁー。でも、ホントに助かりました。ありがとうございました。」

かすみ「あっ、それでは、失礼します。」

男「ありがとうございましたー。」


もう限界だった。

人と話すのが苦手で、しかも見ず知らずの男の人で。

逃げだすような勢いでアパートに帰る。

犬は可愛かったけど、やっぱり人は苦手だ。

散歩する場所も変えようか?

そこまで考えたり。

今日は犬ともたくさん話して、まさかの飼い主ともたくさん話して。

どっと疲れたのかお風呂でウトウト。


…コタローかー、可愛かったなー。


犬はやっぱり好きなので、ふと思い出す。

明日からは少し時間を変えて、散歩の時間を遅らせよう。

そしたら今日の人とも会わないから話をしなくても済む。

かすみはなによりも人と接点を持つ事が嫌なのである。


昨日疲れて早く寝たからか、かなり早く目が覚めてしまった。

そんな日は早朝の散歩もたまにする。

昨日の今日なので、なんか微妙な感じだがまだ早いので散歩に。

朝の日差しも少し暑く感じる季節。

早朝の川沿いは夕方とは逆方向から、朝日が一直線にキラキラと道を照らす。

人も少なめで気持ちがいい。

色々考えなくてもよかった、と思うくらいに人とは接する事なく帰宅。

いつもと同じ時間に出勤。

いつもと変わらぬ仕事。

いつもと変わらぬ時間に帰宅。

毎日変わらない。

季節だけが変わってく。

そして、いつもどおり散歩へ。

ただ、いつもよりは少し遅い。

半分沈んだ夕日を見ながら歩く。

なんかいつもと違う。

昨日の事が頭によぎるからだろう。

犬は可愛かったのだが。


わんっ わんっ


男「おいっ。待てっ、」


男「あっ、昨日のっ!」

男「昨日はすいませんでした。」

かすみ「あっ、いや、全然、です。」

男「いつもここ通るんですか?」

かすみ「あの、散歩で。」

男「あっ、そうなんですね。」

男「僕、去年に引越して来たばかりで、たまたま近くにこんないい散歩道があって。」

かすみ「そうなんですね。」

男「まだこの辺りの事全然知らなくて。」

かすみ「あっ、そうなんですね。」

男「でもこの散歩道があるだけでいいです。コタローも楽しそうだし。」

かすみ「あっ、そうですね。」

男「なんだかすみません、散歩中にひきとめちゃったみたいで。」

男「それじゃあ、失礼しますっ!」

かすみ「あっ、はい。」


またもや散歩の時間を他人と共有してしまうなんて。

普通なら自然なやりとりでも、かすみにとっては求めてはいない事なのだ。

ホントに心から他人と接点をもちたくないと考え日々過ごしている。

この2日は今まででなかったくらい他人と話しているので、ホントに疲れていた。

明日からはまた1人の世界で。

そんな事を考えていた。

この先に起こる事など、この時点では知る余地もなかったのだ。


第2話に続く





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る