Shroud of darkness

月野 白蝶

Prologue『Ex nihilo nihil fit』

「人間にさ、生きてる価値ってあるのかな」


 ポツリと、彼は零した。

 彼の向かいで、闇に隠れたまま気配が苦笑する。


「何だいイキナリ」

「別に」


 拗ねた子供のように独りごちて、彼は膝を抱える。

 サラリと、肩口から銀色の髪が落ちた。


「ただ、思っただけ」


 どう思う? と尋ねると、気配は少し考えた後また苦笑を零したようだった。


「価値なんてものはどうせ、それを図る人間にしか分からないものなのではないかい?」

「……分からない」


 彼は悲しそうに俯く。

 気配は思案気に沈黙して、ゆっくりと移動した。

 闇の中から、その闇を切り取ったような男が姿を見せる。

 漆黒のコートとシルクハット。茜色と菖蒲色の瞳。左目の下から顎にかけて不可思議な模様が刻印されていた。

 残バラに肩口まで伸ばしたカラスのような髪から覗く耳は、異形の証であるかのように鋭い。

 闇が現れると同時に、彼は立ち上がった。

 自分より頭二つ分ほど小さい彼を見下ろし、闇は大仰に肩を竦める。


「人が無価値だというのなら、君も無価値であると、そういうことにはならないかね?」


 そうだねと自虐的に笑い、彼は続ける。


「ぼくは無価値だよ。そんなこと、自分が一番よく知ってる」


 闇は優しい眼差しで苦笑した。


「だから、私を呼んだのかい?」

「そう」


 無感情に、淡々と、彼は笑いもせずにそう言う。


「ぼくを消してよ。闇の使い」

「それは、出来ぬ相談というもの」


 舞台に立つ道化師のように、恭しく闇は礼をした。

 予測していた答えなのか、彼は特に言及もしない。

 感情を一切消した顔で、腕を伸ばし、



「じゃあ、ぼくの使い魔に下れ」



 それは命令。

 人でないものに下す、最初の命令。

 闇は彼の腕を取り、跪く。

 悲しげに、俯いた顔の下で瞳を揺らして、



「……仰せのままに。マスター」



 闇は結局闇のまま、すべてを隠してただ笑う。

 けして笑わぬ主の代わりであるかのように。

 それ以外の感情など知らぬかのように。

 闇はただ、笑っていた。






 その少年は、いつも泣き出す一歩手前のような表情をしていた。

 眉を歪め、瞳を落とし、両腕をしっかりと握り締めて。

 何かに怯えるように。何かから逃げているかのように。彼は俯いていた。

 けして泣かず。けして怒らず。ただ口を真一文字に引き絞り。

 それでも瞳はけして光りを失わず。

『闇』は、何故かそんな少年の『光』に惹かれた。

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