いっしょに邪悪しよ!

真木ハヌイ

プロローグ

 タイムカプセルを掘り起こしに行こう、それが或香あるか直春なおはるの家に来るなり言ったことだった。


 七月の、かなり日差しの強い昼下がりのことだ。縁側に腰掛け、冷えた麦茶をすすっていた直春は、その見なれた影が庭の向こうから不意に現れたことには全く驚かなかったが、その発言にはいささか面喰らった。


「タイムカプセルって、お前……」


 とっさに、麦茶を縁側に置いた。すると、或香はそれを素早くとって、一気にのどに流し込んだ。そしてもう一度、タイムカプセル、と言った。


 直春はTシャツに短パン、そして、或香は薄手のキャミソールとホットパンツという格好だった。その黒い髪は長く、今はうなじのところで大雑把にまとめている。歳は直春と同じ、高校一年生、十六歳。スレンダーだが、出るところは出ている、年頃の娘らしい艶めかしい体つきだ。ついでに、器量もそれなりによい……のだが、直春は彼女を異性としてはまったく意識できなかった。幼いころから兄妹のように接してきたせいもあるが、何より、そう何より――。


「いいから、タイムカプセルだって言ってるでしょ!」


 或香は直春の手首をつかんで、強引に引っ張った。


「うわっ!」


 思わず、前のめりになって、庭の砂利に頭をつけそうになった。


 そう、或香はいつもこうだ。自己中心的すぎる。これを異性として認識するのは、猿に微分積分を教えるより難しいのではと、直春は思う。


「ちょっと待て! 人の家に来て開口一番タイムカプセルってなんだ! 意味がわからん! 説明しろ! あと――」


 直春は或香の手から空のグラスを奪った。


「これ、俺のだぞ! せめて一言ぐらい断ってから飲め。無言で奪うな。山賊かお前は!」

「……おかわりない?」

「え?」

「あたし、ここまで走ってきたからさ、のど乾いちゃって。もうちょっと飲みたいんだよね」


 或香は縁側に腰かけ、そのままごろんと、背中を後ろに寝かせた。のれんに腕押しとはこのことだ。昔からこんな感じなんだよな。直春ははあ、と、ため息をついて、麦茶を取りに台所に戻った。


 おかわりの茶を与えたところで、或香という生物は、ようやくまともに説明する気になったようだった。


「……つまりさ、十年前に埋めたあたしのゴミが今お宝になってるみたいなのよ、わかる?」

「はあ」


 話はとても単純だった。十年前に直春は或香を含む近所のちびっこたちとタイムカプセルを埋めたのだが、或香はそれに父親から買い与えられた、まったく興味のなかった人形を埋めたらしい。そして、それが最近プレミアがついて値段が上がっているとか。或香はそれを掘り起こしてネットオークションに出品して小銭を稼ぎたいらしい。


「でも、十年前だろ? 今はボロボロになってるんじゃないのか?」

「そんなのわかんないじゃない。意外と綺麗なまま残ってるかもしれないわ。とりあえずは、未使用なんだし」


 そうそう、こいつ、親からもらった人形を、興味ないからって速攻で封印したんだよなあ……。白い目で見ずにはいられない直春だ。彼は自分の父親を尊敬しているほうであった。


「で、ナオ、どこに埋めたか覚えてる?」

「お前、覚えてないのか?」

「覚えてたら、あんたのところに来る必要ないでしょ? 一人で掘り起こしてるわ」

「だよなあ」


 そういうやつだよなあ。「みんなの」タイムカプセルとか、「みんなの」思い出がつまってるとか、そういうことは一切考えない……。またため息が漏れた。


「木島神社の裏だよ。あそこに大きな銀杏の樹があっただろう? あの近くに目立つ白い岩があって――」


 と、そこで直春ははっとして、にわかに言葉をさえぎった。


「あって?」

「……一緒に行こう。みんなで」

「みんなで? まさか、あのタイムカプセル仕込んだ連中、みんな呼ぶの?」

「そうだ。あれはお前だけのものじゃないだろう。みんなのタイムカプセルだ。だから、掘り起こすのもみんなで、だ!」

「えええええ」


 或香はものすごくいやそうな声を張り上げたが、さすがに直春はこれは引いてはいけないと思った。自分だけの問題ではないのだし。縁側から家の中に入り、居間のテーブルの上に置いていたスマフォを取った。まずは、今も付き合いのある銀次ぎんじから連絡を入れよう。

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