第十七章~鎧熊~

「あ゛ぁぁ~。我が家に帰って来たぁぁぁ~」

 私達はティマイオスから帰って来た。

 勇者様の所からティマイオスへ戻り、そこでパーディンと話し合いをした。


「で、何処行ってたんや?」

 迎賓館でパーディンにこれまでの事を話した。

「――というわけです。パーディンさんには儲け話もセットでどうでしょうか」

 甜菜と甜菜糖。ソバと蕎麦とソバの蜂蜜。

 これらを請け負う代わりに製造方法や特徴などの情報を提供する。

 そんな儲け話ビックウェーブにパーディンが乗らないはずもなく……。

「その話ノッたるわ!」

 ――と即決した。

 護衛の人魚達からは溜息が出ていた。

 仕方がない。彼は王族というよりも商人だ。

「契約内容としては、こちらは情報提供を。そちらは今回の面倒事――ヘルモクラテス王国からの運搬を引き受けてもらう形ですね。そこでプラスとなる資金はそちらが取って下さい」

「エエんか?そら、こっちは儲けられるんやけど、あまりにそっちの利益が少ないわ」

「そうですね。あっちヘルモクラテス王国は私に対して借金しているわけですから、その分だけ取れれば大丈夫です」

「で、借金はどんなモンや?」

「金貨六十枚です」

 本当は金貨五十六枚なのだが、利子として姫様が提案していた。

 立て直すには時間がかかるようだからと、金貨四枚を上乗せした形となった。

「そりゃ結構な額やな。国としたら少ないんやろうが、戦争後で一個人に対しては結構な額や」

「ゆっくりと返してくれれば良いんですよ」

 その方が私としても助かる。

 定期的に食料を手に入れる機会なのだ。

 一気に返されても困る。

「お金以外での取引ですので、ハッキリさせるためにもお金はそちらが貰って下さい」

 ここで私にお金が入ってきたら「受け取った」、「受け取ってない」という騒ぎになり兼ねない。

 全員が全員、善人ではないのだ。

 金銭なら誰かが抜く可能性が高い。

 そうなると泥沼化する。

 物は足が付きやすいから、見つかればすぐに処罰されるだろう。

「ヘルモクラテス王国は言葉通り甘い汁が吸える国ですよ。服従より繁栄させた方がこちらの利益になります」

 無いだろうが、とりあえず人魚国に対して釘を刺しておく。

 人魚がおかを侵略するとは思えない。

 いや、「イルカがせめてきたぞっ」があり得るのか。

 人魚達が火炎放射器を持って侵略する……事はないな。

 せめて海に引きずり込むだろう。

「ヘルモクラテス王国……か。海沿いやないな。こちらで海までの運搬と護衛は手配させてもらうで」

「それはお願いします。私に伝手がないので」

 それが出来ていたらパーディンに頼んでいない。

 そこまでの伝手があればティマイオスまでの道を頼む事が出来る。

「それでは、お願いしておきます。次会った時までに企画書を作っておきますので」

 復興計画の企画書を。


 そんな訳で我が家に帰って来た。

『長旅お疲れ様です』

 家の結界手前でお辞儀したので、私も返す。

 すっかり秋の陽気になっている。

 畑も随分と青々としていたものから、茶色くなって来た。

 コカトリスの小屋も……。

「シルキーさん、コカトリスってあんなに大きいものでしたっけ」

 小屋の中にギチギチにダチョウぐらいの鳥が三羽入っている。

『成長したのでしょうか。それともお嬢様の魔力に当てられたのでしょうか』

「成長なのか、超的変異なのかがわかりませんね」

 鶏ぐらいの大きさだったものが、ダチョウぐらいになるとは。

 これは「最後の幻想物語」に出てくる黄色い鳥だろうか。

 アレも昔は小さいイメージがあったのだけれど、今では大人を背中に乗せられるぐらいになった。

「帰宅して最初の仕事は小屋の建て直しですかね」

 蛇の方もアナコンダぐらいになっている。

 ゴーレムが穀物と水を運んでいるから餌は大丈夫だったろうが、足りただろうか。

 あんなに大きくなるとは思っていなかったのだ。

 とりあえず仕切りで囲い、小屋を破壊する。この時に卵は回収しておいた。

 卵はダチョウの様に大きくは無い。まぁ、最初はヒヨコのようで、すぐ鶏になり、ダチョウのように姿を変えたのだから大きな卵である必要はない。

 餌として貰ってきた穀物を箱に入れ、放畜のような形で一度外に出した。

 私より大きくなったので、小屋も縦横に大きくして建てる。

『帰って早々に小屋の建て替えがあるとは思いませんでした』

 シルキーさんは夕飯の準備に取り掛かる。

 夕飯と言っても今日は街で最後に買った干物だ。

 非常食まではいかないので、今日中に食べてしまいたい。という事で干物を焼いて貰っている。

 魚は見た事の無い魚だ。

 ナポレオンフィッシュのようだが、色が鯛のように赤い。

 そして異様に胸鰭むなびれが長い。

 異世界特有の魚だろうか。

 魚の焼ける香ばしく良い香りが漂う。

『お嬢様、出来上がりました』

 異世界魚の干物が焼けたようだ。

 とりあえずは塩味なのだろうが、魚の味は予測出来ない。

 シルキーさん用に魔力を流して、いざ実食。

「『いただきます』」

 箸で分けると身が簡単に解れ、脂のノリが良い。

 鯛やアジの干物を感じさせるほどの脂だ。口に含むと塩味よりも油の甘味を感じさせる。

「旨っ」

 思わず本音が口から溢れてしまった。

『これは美味しいですね。焼く前は塩が多そうに見えましたが、このぐらいが正解なのでしょう』

 塩が甘味を引き立てているのだろうか。異様に甘く感じられる。

 欲を言えば白飯が欲しい。

 白米の上にこれを乗せて大根おろしと少量の醤油があれば無限に食べられる。

 干物や焼き魚は白米だ。異論は認めるが、私は納得はしないだろう。

 いや、本来ならば異論も認めたくはない!

 白飯だ!玄米や雑穀米でも良い!米を食わせろ!

「米があれば」

 私の呟きに応じてシルキーさんが反応した。

『コメとは何でしょうか』

「主食ですね。植物でコカトリスが食べているひえみたいなものです」

 稗でも良いが、米と稗じゃカップ焼きそばと焼きそばぐらい違う。

 いや、うどんと皿うどんぐらい違うな。

『それは美味しいのでしょうか』

「人によりますね。パンが良いと思う人もいますが、私の前世の主食でしたし、焼き魚には米が合うんですよ」

 米と醬油やみりん、調理酒があれば最強朝ごはんが出来るのだけれど、無いものはない。

『お嬢様、米を探して旅に出ましょう』

「落ち着いたら探しても良いのですけどねぇ」

 旅から帰って来て、腹ペコ精霊の食道楽に付き合うつもりはないよ。

 これから冬になるっていうのに出掛けたくはない。

『言質……とりましたよ』

 シルキーさんの目がマジだ。


 食事を終え、ハーブティーを嗜みながらシルキーさんの意見を聞く。というのも旅路で私が書いた生物レポート――というよりは覚え書きだが、それを読んで貰っていた。

 シルキーさんが『基本的な事で申し訳ないのですが』と前置きした後に「進化」と「超的変異」について聞いて来た。

「進化とは、簡単に述べれば、生物の何千万年もかけて行われてきた一連の生物的変化によって、単細胞生物からその最高段階まであるヒトにまで進歩してきたことを意味する。――生き物としての基本型の中で起こる単なる変化は、進化としてみなされるべきではない」

 ここまで言い終えて、シルキーさんが口を開く前に私は私が今言った言葉を否定した。

「これ、実は誤用なんですよ」

『え!?』

 長々と話していた言葉が間違いだという事で、シルキーさんは間の抜けた声を出した。

「“進化”は“進歩”とは関係ないんです。この考えは、そうですね……風で言うなら、暖かい風と冷たい風のどちらが優位か。となるわけです」

 先ほどの誤用はパンフレットに書かれた文章であった。

 元ネタがこの世に無いので、シルキーさんに言うべきか迷った。だが、言った時にシルキーさんが何やら物申したそうだったので良しとしたい。

 この「単細胞生物からその最高段階まであるヒトにまで進歩してきた」だなんて、書いた者はとても崇高な考えの持ち主だったのだろう。

『風に優位を求めるなどおかしな話ですね』

「そうです。ヒト至上主義であり、差別的な考えですね。話は戻りますが、“進化”は進歩とは関係がなく、方向性ベクトルの無いものなんですよ」

 元々の進化エヴォリューションは生命体の核があり、その核を覆う殻ように何重も重ねていく事を意味していた。

 それそこフラスコの中の小人ホムンクルスが外殻である人体を手にするかのように。

 戦隊ヒーロー終盤のロボットシーンみたいな話だ。

 だがダーウィンはそれを否定し、環境に応じて適応しては淘汰されを繰り返したことを進化とした。

 正確には「進化とされた」のだけど。

「進化には方向はなく、下位、上位は存在しないわけです。適応出来ない生物は絶滅し、生き残ったものが進化によって今生存しているんです」

 例えるなら進化はベクトルではなく、スカラーである。

「進化論では生物は不変なものではなく、長期間かけて進化したもので、全ての生物は進化の過程で生まれたとされます」

『では、超的変異はどうなのでしょう』

 これは私も分かっていないと言うべきだろうか。

「魔物の超的変異はベクトルがあるように感じます。上下の位種が存在するわけです。また、何か為に変異したとも考えられますね」

 実際、ゴブリンを選別する時に「上位種」と「下位種」に分けた。

 レッテルとしての役割と思えたが、下位種が存在している限り、上位種が完全に淘汰される事はない。

 また、普通のゴブリンから上位種になるには経験とレベルによって変異するものとされる。

 ならば、進化の誤用である「キリンの首は高い草を食べるために進化した」を再現しているのではないかと思っている。

「進化と超的変異は別物であり、超的変異は進化の誤用が実現されたことだと思うんです」

『進化の誤用ですか?』

 シルキーさんとしては進化も分かっていない状況だったので、誤用もなにもないので良かったというべきだろうか。

「例えば首の長い草食動物がいたとして、それが“高い木の草を食べるよう進化した”と言ったら誤用になるわけです。本来なら高い木を食べている草食動物が“生き残った”と言うべきです」

『そういう事ですね。お嬢様が言う進化であるなら、ゴブリンはゴブリンとして生きていくか、いなくならないといけないのですね』

「シルキーさんの言う通りで、環境に適応した種ならば“ゴブリンが弱い魔物モンスターである必要性”は無いんです」

 下位種は上位種に劣っている。とても崇高な考えの人々が好きな展開だ。

 逆を言うならば、魔物は上位種であれば自然に淘汰される事はない。とも言えそうである。

 だが、下位種が常に世に存在しているという矛盾パラドックスを孕んでいる。

『超的変異した魔物が環境に適応したとも言えませんよね』

 そうなのだ。

 魔物も独自の“進化”はあるだろう。

 しかし、超的変異はそれとは別にやって来るかもしれないのだ。

「取り敢えず今言える事は進化と超的変異は別である――だけですね」

 不明瞭な点が多すぎる。

 もし、私が魔物側であるならどのような超的変異を起こすのか、自身で体験出来るのだけれど。

『解明には時間がかかりそうですね』

 私は頷き、他に気になる点が無いか聞いてみた。

『マンドラゴラは風や空気を利用するのですね』

「そうですね」

 私は瓶に水を入れ、息を吹きかける。

 室内に低い「ボゥ~」と音が木霊する。

「空気の出入りすることによって音が出ます。楽器の笛みたいな感覚で良いと思います」

『なら、私にも出来るかもしれません』

「良いですね。何か楽器があればシルキーさんに演奏をお願いしたいですね」

 シルキーさんが楽器デビューか。

 楽器……というより音楽センスが無い私にとっては嬉しい限りだ。

 製作者様が良い感じの楽器を残してくれはしないだろうか。打楽器とかではない吹奏楽器で。

魔物モンスターですからね。身を守る術でしょう」

 ナス科の植物がマンドラゴラツリーになるって事は植物系の魔物として考えて良いと思っている。

マンドラゴラツリーも空気音ですね』

「風船……は分からないと思うので――」

 瓶に石鹼水を入れ、管で吹いてシャボン玉を作る。

「こんな小さな泡でも破裂した時に音が鳴るので、それを大きくしたものと考えて良いでしょう。意表をつくには十分でしょうね」

 実際破裂音が大きかった。住宅街には植えられない類だ。

『魔法で標的を操り、種を遠くに飛ばす必要性はあるのでしょうか?』

「そうですね。生息場所を拡散させた方が、その植物の血が途絶えずに生き残る可能性が高まるからと考えられています」

 種を色々な場所に運ぶことを種子散布と言う。

「一般的には環境が変化した際に全滅を防ぐ術ですね」

 山火事や火山の噴火、気温低下など何が起こるかわからない。

『マタンゴもそれに当てはまるわけですね』

「そうです。キノコですので、遠くへ運ぶ事は難しい。胞子を広範囲に運ぶとしたらあれは解決したというべきですかね」

 命を燃やして次の世代へバトンタッチするという面白い性質だ。

『マタンゴだらけになりそうですが』

「それほど野生動物の食用となるのでしょう」

 自然界では卵を多く産んでも、生き残るのが数えるほどしかないなんてザラである。

 翻車魚マンボウなんて億単位で産むが、生き残るのは十に満たない。

 マタンゴも安寧の地を求めて疾走しているのかもしれない。

『一角兎の角は爪や体毛と同じとありますが……体毛ですか』

 私は爪を少し切り、髪の毛を一本抜いた。それを火に近づけ、一つずつ燃やす。

 辺りには鼻に残る嫌な臭いが漂った。

「意外にも元が同じものなんですよ」

 きっかけが毛が固まったのか、コブが角質となったのかは分からない。

 小さいながらも角である。それを維持するために植物性タンパク質などを吸収する必要がある。小豆のような豆さえも食すのかは不明。

 カップのハーブティーが少なくなったのを見て、シルキーさんが淹れ直してくれる。

「ありがとうございます。角があるせいか普通の兎より強暴性が強いのが面倒くさいですね」

 あれは兎というより小さなサイだ。

『武器を手にすれば気が強くなるという事でしょう』

「草食動物なのに自分から相手に挑むってどうなのですかね。刺し殺しても食べるわけじゃないので」

 どういう心境なのだろうか。道場破りが道場の師範を倒して「看板はいらん」みたいなものだろうか。

 只々、迷惑だなぁ。大人しくして欲しいものだ。

『それがスライムなどの餌になるのやもしれません』

 確かに。スライムは雑食であるというから、そこで生態系が保たれているのかもしれない。

 ハリガネムシみたいなものかもしれない。

 ハリガネムシは寄生虫で、産卵のため宿主しょくしゅを水辺に向かうよう操る。

 そこで溺死した昆虫が魚の餌となり、魚が藻を食べすぎるのを防ぐ。

「生態系を考えるなら必要悪というものですかね」

 ハリガネムシは産卵という名目があるのだが、一角兎はどうなのだろうか。

 う~ん……調子ノッてる中学生ぐらいにしか考えられん。

『そういえば、スライムの事で気になる記述があったのですが』

「何でしょう」

『「オオマリコケムシのような群体」とありますが、オオマリコケムシとは何でしょう』

「オオマリコケムシは私がいた世界の生物ですね。見た目はスライムに近いです。コーヒー寒天で使うような、寒天質を分泌して群体――集まりをつくります」

『コーヒー寒天の集まり……美味しそうですね』

 いや、そんな綺麗なものじゃない。英語でドラゴンブーガーとも言われている。「竜の鼻くそ」だ。

 毒は無いものの、食用にはならないという。それに「寒天質」であって「寒天」ではない。

 面白い生物だが、集合体恐怖症だったら見ない方がいい。

「たぶん味は良くありませんよ。パーディンさんから寒天を買った方がマシだと思います」

 もしこの世界にタピオカミルクティーがあったらそっちを勧める。

『そうですか。あと、「スライムの可能性」というのは何でしょう』

「そんな事を書きましたっけ」

 シルキーさんが紙の端にある走り書きを見せた。

「嗚呼、思い出しました」

 スライムの可能性。その一つは魔力の密度にある。

 生物の「魔力量」となると、保有している魔力の量であり、単に多いか少ないかで終わる。

 しかし、密度となると違う。

 木や草などの生物は大きさによって魔力の量が比例する。

 単純に草より木の方が魔力の量は多い。

 だが、スライムの手のひらサイズで魔力の量が木の魔力量と同等だ。

 スライムが群体だからという可能性はある。

「魔力は変化する力だと思っています。魔力の密度が高いスライムは変化する力が大きいという事が一つ」

 スライムは様々な種類がいるらしい。

 それは魔力の変化によって種類が増えるからだと思っている。

「もう一つは、核が重力を操る事が出来ているのではないか……ですね」

『じゅーりょくとは何でしょうか』

「重力は、簡単に言えば地面に引っ張る力ですね」

 私は軽くジャンプしてみせる。

「こうやって地に足が着く事は重力があるからです」

 難しい話をしてしまえば「力」や「重さ」、「引き寄せる作用」などの概念から説明するべきだろうが、面倒なので割愛する。

「この重力があるから物体が地面に近寄っていくと考えて下さい」

 指を水に浸け、指から滴った水がテーブルに落ちる。

「滴った水は球体でしたよね。テーブルに落ちても半球です。これは表面張力があるからです」

『ひょうめんちょうりょく……ですか。難しいですね』

 水は約七十三、水銀は四百七十六の表面張力の値がある。

 高ければ高いほど表面張力が強くなる。

「けれど、水滴が大きくなると質量が増えて球体じゃなくなります。水を手のひらに乗せても球体にはならない」

『そうですね。手のひらから地面に向かおうとするわけですね』

 シルキーさんは頭が良い。

「しかし、重力が無い場合はどうなりますか」

『そんな事が可能か……いえ、そうですね。下に落ちなくなるわけですね』

「そうです。そうなると手のひらサイズでも表面張力が保たれて球体を維持します」

『それがスライムの核に可能だという事でしょうか』

 私は頷く。

「スライムを斬ったり突いた時に、核から離れた液体部分はスライムとして存在しているかどうかですね」

 哲学的な話になりそうだが、核があるから群体でいられる。

 群体でなくなればスライムとして認知されなくなる。

 スライムではなく特殊バクテリアのいる液体だ。

 しかもそれは地面に吸収されてしまうだろう。

 核があるからこそのスライムである。

『それがスライムに……』

 シルキーさんは神妙な面持ちで見ているが、私はおどけたように笑う。

「ま、可能性なだけですので確実ではありませんよ。与太話とでも思って下さい」

 実際一つの仮説に過ぎない。他の考えも沢山あるだろう。

 だが、最弱の魔物モンスターが最強だったとか燃える設定じゃないですかー。やだー。

『もし、それが本当ならば凄い発見なのですよね』

「私はここの常識を知らないので断言出来ませんが、スライムの技術スキルが使えるようなら凄い事ですね」

 空を飛べる……いや、他の魔物が無重力を使わずに空を飛んでいるわけではないので意味はないか。

 なら、対物と接する事なく薬品が作れる。しかも不純物を入れるリスク無しで、だ。

 上手くやればデーモン・コアの臨界状態が発生する距離の測定実験が可能になるかもしれない。……全くもってやりたくないが。

 デーモン・コアは謂わば危険な核実験だ。興味があれば調べると良いが、絶対にやらないように。

『では、次の――精霊喰いエレメントイーターはお嬢様的観点からは寄生虫のようとされていますが……』

「寄生虫というより寄生体と呼ぶものですかね。鉱石に寄生し、精霊を喰らって魔力を増加、最終宿主はこの大地でしょうか」

 あの時は必死だったので全てを覚えているわけではないが、ヒトが鉱石に食われていたと見える。

精霊私達は餌であるという事ですね』

「そうですね。特定のものしか食べない生物は多いですから」

 モンシロチョウの幼虫の食草は、アブラナ科植物に対し、日本産のアゲハチョウ類はミカンやサンショウなどのミカン科植物を食草とするものが多い。

 そのような食べ物として精霊が入ったのだろう。

 それに、「精霊が死ぬ事があるか」という答えに「存在、概念がなくなれば消える」との事で、曖昧でしかない。

 それを精霊喰いは喰って消すのだ。淘汰の一種――数減らしとも言える。

 だが、それを言ってしまえばヒトも淘汰されるものであるべきだ。

 ――だから魔物が存在するのだろうか。いや、自然淘汰ではないから違うか。

「精霊は魔力の塊ですから喰うのでしょう。私でも問題は無いと言えます。魔力を溜めること。多分それが繁殖の条件でしょう」

 自虐的だが、事実強力な魔法で魔力を喰らっていったのだ。大量の魔力を喰らえば問題が無いのだろう。

 それが次の段階へと進む。

 宿主を変えて地中へと入るのだ。

 生物とするならば産卵、繁殖のためと考えるのが妥当だろう。あれが生物ではないかもしれないのだけれど。

『お嬢様に害をなすとするなら排除します』

 ハーブティーにお湯を注ぐシルキーさんの目が恐い。

「その場合はシルキーさんも狙われているのですから慎重に」

 シルキーさんを宥めてからハーブティーを口に含む。

『繁殖といえば――オークの繁殖については不明なままになっておりますが』

「それは難しい問題なわけです」

 私は手をひらひらと振るう。

 あれは日本の技術があって、ようやく観察が出来るぐらいだろう。

 しかし、人道的な倫理観におかれた状態でやっと可能となる。

 つまり、女性がオークと恋をして妊娠したところに「経過観察を公表しても良いか」という契約書を交えた後でだ。

 不可能に近いが、仮説ぐらいなら可能だろう。

「オークの繫殖での仮説としてはミツクリエナガチョウチンアンコウ科のように雌雄どちらかが寄生する方法ですね」

『そんな生き物がいるのですね』

「この世界ではパーディンさんに聞かないとわかりませんが、ミツクリエナガチョウチンアンコウ科は雄が雌に寄生して繁殖します」

 ミツクリエナガチョウチンアンコウ科は雌雄の体格は著しい性的二形を示し、雄は雌よりも極端に小さい矮雄わいゆうである事が鍵となる。

 オークもその逆――雌が雄よりも矮雄なのではないかという仮説はある。

 それによってタツノオトシゴの様に受精卵を雄が保持する事が出来る。

 だが、これは魚類だから出来る事であり、哺乳類では難しい。魚類は卵だからだ。

 何が駄目かって、まず無駄な工程を入れるのだ。リスクが高い。

 タツノオトシゴの様に雄が産む形であれば良い。

 だが、オークの雄がヒトの雌を孕ませるなんて無駄でしかない。

 じゃなければ、オークの雄がヒトの雌を直接孕ませるのか、それこそ遺伝子として無理がある。

 オークがヒト属であるのか。それも無理がある。

 魔力で遺伝子を変えるとなれば、結構ヤバい生物である。

「システムとして可能な事はありますが、どれも当て嵌めると違う気がします。だからまだ不明です」

『難しいものなのですね』

 私は頷いた。

 もし、遺伝子を変換出来るようなら、どんどんと駆逐していかねばならないだろう。

「難しいものですよ」

 色々考えると嫌になるぐらいだ。

『オークの「木ではない」とは何でしょう』

「これはオークという木があるんですよ」

 ブナ科コナラ属でナラの総称であるオーク。

 家具や床材、ワインの樽の材料など様々な用途で使われる。

『木のオークは魔物じゃないのですね』

 私は頷く。

「普通の、堅めの木ですね」

 ティマイオスの街付近にあった気がする。

 別に問題視するわけでもないのでスルーしてしまったが。

『話を戻してしまうのですが、オークの繫殖が不明なのでは、ゴブリンも同じく不明なのですよね』

「いや、ゴブリンはオークの不明よりはマシですね」

『同じではないのでしょうか』

 シルキーさんは首を傾げる。

「オークは豚に似ているから不明なんですよ。ゴブリンはヒト属として考えれば納得できます」

『ヒト……ですか?魔物ですよ』

 シルキーさんは理解出来ないようだ。

「マンドラゴラは魔物でありながらもナス科であると考えています。なら、ゴブリンが魔物でもヒト属であると言っても問題はありませんよ」

『それは……』

 何となくは理解したようだ。

「トレントもナナフシ目であり、ケルピーも鯨偶蹄目だと思っています。つまり、魔物でも枠組みがあると思うんですよ」

 その中でゴブリンはヒト属である。

 そこで交配が起きれば妊娠させる事が可能であると見ている。もしかしたら染色体の数が多いかもしれない。

『ヒトであり、魔物である……ということですか』

 私は首肯する。

「それがどういう過程で魔物になったかはわかりません。しかし、様々な魔物がいるならば順当にヒトがなる事もあり得る話です」

『オークは……ヒトではないと』

「そう思っているんですが、断定出来ないのがもどかしいですね」

 オークなら食べてしまったし、クロイツフェルト・ヤコブ病やクールー病になったら嫌だ。

 まぁ、骨髄や脳を食べたわけじゃなく、ちゃんと解体したので大丈夫なはずだ。

 豚とヒトの内臓関係も似ているから判別できない。二足歩行だから余計に酷似している。

『ちょっと……その……ショックですね』

 シルキーさんは項垂れて、頭の中を整理しているようだ。

「しかし、魔物には変わりませんよ」

 まぁ、ヒトであろうとヒトがヒトを殺す事は昔から行われている。

 ゴブリンと戦争したようなものだ。

『お嬢様はゴブリンと話が通じると思いますか?』

 シルキーさんは急に顔を上げたと思うと、そんな質問をしてきた。

「団体行動をしていたので、ゴブリン間での言語はあるかと思います。けれど、話が通じるかは難しいですね。狼や猿と話す事が可能かどうかに近いでしょう」

 ゴブリンとの領地争いみたいなものだ。ヒトであろうと魔物であろうとやることには変わりない。

『それならば仕方がありませんね。もしかしたら言葉が交わせるかと思いましたが』

 希望は薄いが、軽い意思疎通は可能かもしれない。

 しかし、チンパンジーやゴリラが動物園でも檻に囲われているのは人を傷つける可能性があるからだ。

 人間はひ弱であり、守る事で線引きをする。

 今回も殺す事で自身を守る線引きをしたに過ぎない。

「もし意思疎通をするならば、産まれた瞬間から一緒にいる必要がありますね」

 子どもの時に野生ではない状況下におけば、まだ檻に入れるぐらいの線引きで済むかもしれない。

 それもエゴであるには変わりないのだけれど。

「まぁ、ゴブリン討伐に対して何か忌むべき点があれば参加しなくても大丈夫ですよ」

 無理に参加する必要は無い。

 もしも「ゴブリンを殺す事を辞めろ」と言うならば対抗するが、参加、不参加の場合なら全然構わない。

『いえ、精霊という分野でヒトと繋がりがあるものですから、少し動揺してしまっただけです』

 シルキーさんは深呼吸するかのように肩を下ろした。

「他に気になる点はありました?」

『とりあえず……大丈夫そうです』

 紙をパラパラとめくって内容を確認した。

「いつでも聞いて下さい。意見があれば聞きますし。それに、質問の受け答えは紙に書いてしまって大丈夫ですからね」

 私のそれはレポートと言うには覚え書きすぎる。メモと呼ぶには枚数がある。

「面白かったので、また色々聞いて下さい。違う意見があれば是非聞いてみたいですね」

 中々充実した夜を過ごした。

『ええ。是非。おやすみなさいませ』

「おやすみなさい」

 私は寝室へ戻り、シルキーさんは書庫へ向かう。

 シルキーさんは夜中、本を読み漁るのだろう。

 時間があるのは羨ましいが、本を読むしかないのは暇だろう。何かあれば良いのだけれど、特に思いつかない。

 私は考えながらも眠りに着いていた。



 ◆

 起きてシルキーさんと朝食を終えた後、沼地へ行く事にした。

「タロイモが良い収穫時期となっている……と思うんです」

 この前はまだ日が浅く、硬かったので今収穫しようとなった。

 沼地ではオモダカ科とみられる種類があった。

「オモダカの見頃も終わりそうですね」

 花は見頃を終え、種子を作る時期に入っていた。

『冬が近づいてますね。風も冷たくなるでしょう』

 これから冬がやって来る。

 この世界がどのくらいの寒さなのかがわからないが、薪と毛布は街で買った。

 保存食もバッチリで引きこもりの準備は万全だ。

 後は暇をどう過ごすか。

 編み物だとか工作だとかやって時間を潰すしかない。

 東北地方など雪国では独自の刺繍のようなものが文化としてあった。

「出来る事をやるしかないか」

 そんな独り言を呟きながらもタロイモ群生地に到着。

『ここは私がやりますので、お嬢様は休んでいて下さい』

 前にも収穫しようとしたら止められたのだっけか。

「わかりました。では、私も何か無いか見て回りますね」

 シルキーさんにシャベルとナイフを渡す。

 どうもシルキーさん的には休んでいて欲しいのか、『従者である私が〜』と言っていた。

 聞くのも面倒……いや、手持ち無沙汰なので私はそれ無視して散策に出かける。

 さて、何か良いものでもあれば良いのだけれど。

 まぁ、そんな上手く発見できるわけがない。

 湿地を抜けて、少し乾燥した地域に出る。

「おや?」

 見慣れた植物があると思ったが、近付くと全然見慣れないものだったと気付く。

 土を掘り起こして、それを良く見る。

「これって何だっけか」

 見た目はカブであるが、切ると断面は黄色い。切った瞬間に少し甘い香りがした。

「あー、ルタバガだ!」

 アブラナ科の植物で、見た目は蕪のよう。

 断面は黄色く、黄金カブと呼ばれるものもある。

「実物は初めて見たな」

 ヨーロッパでは出回る事もあるそうで、物凄く強い種だという。

「食べられないわけじゃ……ないらしいけど」

 味はわからない。

 だが、戦時中の飢饉時にこれなら食えるとして、栽培されたと聞く。

「それって、食えなくはない味程度なのでは」

 不味いけど食べないと死ぬレベルならこれを食うぐらいなのだろうか。食べた事がないのでわからない。

 これで美味しいなら最高の食材だ。

 飢饉や不作などを考えたら持って帰るべきだろう。

 六つほどしか無いが、増やせれば良い。

 ルタバガを革の袋に入れ、シルキーさんの元へと戻る。

『お嬢様、結構取れました』

「凄いですね」

 シルキーさんの足元にはタロイモがゴロゴロと転がっている。

 親芋はまた畑に植えてみよう。

 畑に植えたものと味くらべしてみたいものだ。

「さて、帰りましょうか」

 タロイモを革袋に入れて口を結ぶ。

『私が持ちます』

「あ、ありがとうございます」

 シルキーさんが私から袋を奪い、背負った。

 領主館でのメイドさん達やパーディンの護衛などを見てからか、どうも私から仕事を奪って来ている。

 本来なら「従者らしくなったな」と褒めるのかもしれないが、私とシルキーさんの関係としてそう言うのははばかられる。

 言ったら言ったで、シルキーさんは喜びそうだが、私は腑に落ちないだろう。

 押しかけ女房ならぬ押しかけ従者なのだから。

 まだ押しかけ女房なら対等な立場で私が折れる事も出来たのだけれど、従者だと扱いに困る。

 仕事を覚えるのは経験として良いことだと思うので、今は何も言わないでおく。

 しばらく歩いていると何やら草木の奥で影が見えた。

『お嬢様、ワーム種であれば撤退しましょう』

 シルキーさんは、いきなり逃げ腰だ。

「ワーム種ってわけじゃなさそうですよ」

 影はヌメリ気の帯びたものではなく、獣のような毛に覆われていた。

 一部を除いて。

「あれは……」

鎧熊アーマードベアですね。鎧のようなものに覆われた熊です』

 私の言葉をシルキーさんが紡いだ。

 鎧熊アーマードベアか。

『製作者様の手記には大変美味だとありました』

「そうなんですか」

 アーマードベアは美味しい。

 アーマードベアを求めて乱獲を始める。

 国同士の争いが始まる。

 身体は闘争を求めている。

 アーマードベアの新作が出る。

鎧熊アーマードベアの新作って何やねん」

 思わずセルフツッコミが入る。

 そんな私のセルフツッコミに鎧熊は動じない。

 手に葉のようなものを持って舐めている。食べているというべきだろうか。

「シルキーさん、アレって本当に熊なんですか」

『熊だと思いますが』

 確かに熊のように大きく、多くは毛に覆われている。体長は五メートルぐらいあるだろう。爪も鋭く、長い。

 熊と言われてしまえば、そう思ってしまうのも無理はない。

「私は……熊じゃないと思います」

 これを異世界チートと言うべきか謎だが、私には前世の知識でこの類を熊ではないと知っている。

 熊は食肉目クマ科の総称だ。頭部は大型だが、眼や耳介じかいは小型で耳介は丸みを帯びる。門歯もんしは特殊化しておらず、犬歯は長い。

 だが、鎧熊は長い舌でこそいで葉を食べているようだ。

 熊は蜂蜜を舐める事はあるが、あそこまで舌は長くない。

 あそこまで舌が長い哺乳類は異節類いせつるいだ。

「アリクイの仲間ですね」

『アリクイ?ですか』

「アリクイは名前の通り、主に蟻を食べる動物ですね。長い舌で蟻塚から蟻を捕食するんです」

 例えとしてアリクイと言ったが、ナマケモノと言った方が良かったかもしれない。

 異節類の有毛目はナマケモノ、アリクイを含むので、間違ってはいないのだけれどこれからの説明が難しい。

「アリクイ、ナマケモノは有毛目。まぁ、毛に覆われている種です。その中でメガテリウムという動物がいたとされています」

 新生代新第三紀鮮新世前記 から第四紀更新世ごろに生息していたとされている。

『いたとされていた。というのは』

「ヒトによって絶滅しました」

 はっきりとした原因は判明されていないが、ヒトによるものだとされていて、メガテリウムは地上性のナマケモノとしては最大級であり、過大な体重のため木に登る事はせず、地上性であったという。

 六メートルを超えるほど大きな生物が今まで生き残る可能性は少ないが、絶滅しなければ何かしらの進化を遂げていたかもしれない。

「そのメガテリウムですが、近縁に殻を持つ生き物がいるんですよ」

 殻……というべきか、板と言うべきか。鱗とも言えるか。

 正確には鱗甲板と呼ばれる。

『殻……それが鎧になったわけですね』

 私は頷く。

 アーマードベアの身体には名前の通り、鎧のような硬そうな部分がある。

 首、背中、肩などに見られる鎧は鱗状であり、鱗甲板といえるものであった。

「それがアルマジロという生物です」

 目の前にいるのはメガテリウムにアルマジロのような鱗甲板をくっつけたような生き物である。

「毛があるから有毛目のようなのに、鱗甲板がある。鱗甲板は元々が体毛であるらしいので、中途半端な感じですね」

『進化の途中という事でしょうか』

「進化の途中……ミッシングリンク……」

『みっしんぐ?』

 シルキーさんは私の呟きを拾って首を傾げた。

「ミッシングリンクは進化の途中が見当たらない事です。別に今回の呟きは私の戯言です」

『進化の途中が見当たらない……ですか?』

 シルキーさんは私の言った意味を理解出来ていないようで、またも首を傾げた。

「例えば、頭のハゲているおじさんがいるとします」

『ジェフリーみたいなでしょうか』

 私はギルドの職員ジェフリーを思い浮かべて頷く。

「頭のハゲているおじさんは最初から最後までハゲているわけではありません。幼少期には毛がフサフサだと思います」

 シルキーさんは頷く。

「けれど、そのおじさんがフサフサの時代とハゲている姿しか誰も知りません。ハゲかけている途中の証拠が無いんです」

『それがミッシングリンクですか』

「そんな感じです。しかし、もしかしたらある時に髪の毛を剃りだしたって事もあります。まぁ、例え話ですが」

 系統斬進説と断続平衡説というものがある。ずっと剃り続けていた場合は進化が爆発的に起こったとする断続平衡説になる。

 しかし、未だ多くの謎が渦巻いているのだ。

「まぁ、どんな感じで進化が行われているかがハッキリしていない部分があるのですよ」

 些細な変異が段々と遺伝子に刻まれ、進化とされたのか。爆発的に大きく変わっていったのか。進化論も様々である。

「まぁ、目の前にいるアーマードベアは熊ではなく、ナマケモノとかアルマジロの類だというのが結論ですね」

 アルマジロの途中となる存在なのか、それとも別の種として存在しているのかは分からない。

 しかし、メガテリウムのような存在が目の前にいる事が面白いのだ。

 オラ、ワクワクが止まらねぇぞ。

「さて、どうしましょうかね」

 多分鎧熊はこちらが攻撃したら、威嚇として大きく両手を挙げるだろう。

 鋭い爪が見え、とても強そうであるが……攻撃的ではないだろうな。

「美味しいから狩るとしても、絶滅されてしまってはメガテリウムの二の舞を踏むわけで」

 だからと言って、見逃すという点は横にいる食いしん坊精霊が文句を言いそうだ。

『アーマードベアは頻繁に目撃されますよ』

 シルキーさんから報告があった。

 食いたいがために嘘を吐いている……わけではないようだ。

『鎧部分が結構硬いので、討伐される事は少ないようです』

 進化によって現に生き残っているのだから、生存率が高いわけか。

 身体全体に鱗甲板があるわけでもないが、アルマジロだって銃弾を弾くとも言われる。

 冒険者も「歯が立たない」ではなく「刃が立たない」か。

 いや、下手したら「刃が断つ」のか。

 だからと言って私が討伐出来るかどうかは不明なのだけれど。

『大丈夫です。お嬢様なら解体出来ます』

 何故か心を読まれた。

 口に出していただろうか。それとも食欲の極みなのだろうか。

『私が仕留めますので、後はよろしくお願いいたします』

 シルキーさんは弓を引き、何本か矢を放つ。

 同時に風を発生させて矢の軌道修正しながらスピードを上げる。

「いつ見ても弓術が関係のない無茶苦茶な戦法だなぁ」

 思わず本音が口から零れる。

 鎧熊に矢が気付く事なく接近し、鎧部分を避けて矢が刺さる。

「上手いですね」

 勿論、弓矢の使い方ではなく、風の使い方である。

 これは完全に弓矢としての戦いではない。

 首の後ろ側――頭半棘筋とうはんきょくきんのある部分には鎧があるため、真上から両頸動脈を刺す形で、矢が二本刺さっている。

 だが、刺さり具合は浅い。

 鎧熊は刺さった瞬間に痛みでもがいている。

『【エアーハンマー】』

 シルキーさんは両腕を上げている鎧熊の両肘内側に【エアーハンマー】を当てる。

 そうする事で上げた腕を強制的に降ろした。

『【エアーハンマー】』

 すかさず、【エアーハンマー】で矢を釘のように刺し込んでいく。

『【竜巻】』

 最期に刺さった矢を【竜巻】で抜いた事で、鎧熊の首から勢い良く血液が噴出した。

「テクニシャンかよー」

 私は啞然として棒立ち状態だ。

 戦闘慣れしているのだろうか。

 普通の考えとは思えない……異世界なのだからそんな常識に囚われてはいけないか。

「ちゃっちゃと血抜きとしますかね」

 樹に吊るし、【初級氷魔法】で冷やす。

 水場はあるけれど沼なので、沈めたくはない。

 出来れば流れのある水場が欲しいが、無いので魔法頼りだ。

「水と火の魔法が欲しいですね」

『持っているじゃありませんか』

 シルキーさんに言われ、今使える魔法を思い出す。

「いや、えげつない魔法じゃなく、生活に使えるやつですよ」

 私が持っているのは地形を破壊するほどの魔法ばかりだ。

 シルキーさんは『生活に……それはありませんね』とキッパリと言い放った。

 出来ればオブラートに包んで言い放って欲しかった。

 血抜きが終えるまでルタバガをシルキーさんに見せる。

『これは蕪でしょうか』

 街へ行ってシルキーさんも植物に……食物に関して詳しくなっている。

「ルタバガという種類だと思います。育てやすく、食べる事が出来ます」

 まだ食べていないので「食用に向く」とは言えなかった。

『では、夕餉にでも出しましょう』

「食べた事が無いので、楽しみですね」


 ◆

 鎧熊は無事に解体が出来た。

 硬い鱗甲板を剥がそうとしてメスが奥まで刺さってしまった時は焦った。

 内臓を傷つけでもしたら最悪になる所だった。

 何とか解体したので、毛皮はボロボロだ。毛皮は掃除用具として使ったら捨てるしかない。

 鱗甲板は何かに使えそうだが、いまいち用途は思いつかない。

 やはり防具だろうか。

 内臓はその場に破棄して、肉を冷やしながら持ち帰って来た。

 調理はシルキーさんに任せて、私はルタバガを畑に植える。

 ゴーレムにルタバガを世話するようアップデートさせ、ちゃんと育つように肥料を与える。

 異世界だからなのか、肥料を与え過ぎると大きくなりすぎる。

 いや、海外だと変に大きな植物も多いから異世界だからとは言い切れないか。

 けれど、大きくなりすぎると味が落ちる可能性がある。

 それを見極めて育てている農家は本当に凄いと思う。

 私たちの為に――人類の為に異世界に是非とも来て欲しい。

 勇者とかじゃない。農家でお願いします。

『お嬢様、夕餉が出来ました』

 シルキーさんが夕飯を作り終えたようだ。

 土や埃を落とし、手を洗ってから向かう。

『味見しましたが、鎧熊アーマードベアは美味しいですね。ルタバガの方は……好みが分かれそうです』

 シルキーさんのコメントに不安になりつつも、料理に魔力を流す。

 ルタバガはシチューと牛乳粥の中間みたいなものに入っている。鎧熊はシンプルに焼いたものとシチューに入っている。焼いた鎧熊の上にはルタバガが添えられている。

「『いただきます』」

 まずはシチューのルタバガを食べる。

「あー。そうですか。シルキーさんの言った事がわかりました」

 第一の感想として、固い。

 圧力鍋で炊いたら丁度良いのではないか。と思うぐらいに固い。

 童女とは思えないほどの強靭な顎で噛み砕けるが、普通の童女では歯が危ないだろう。

「結構煮込まないと駄目な蕪ですね」

 そして重要な味だが、思っていたほど悪くは無い。

 固いと思ったが、味は大丈夫……なのだけれど、甘味がある。

 この甘味がシルキーさんの言っていたように好みを分けるだろう。

「味は大丈夫ですよ」

 私の言葉にシルキーさんはホッと胸をなでおろした。

 ピザに蜂蜜はアリか。サラダに林檎や蜜柑を入れるのはアリか。

 そんな感じだろう。牛乳のようなものと、ルタバガが合っている。と私は思う。

 ほんのりとした甘味があって悪くはない。

 ただ、飢饉が起きてこればかり食べる事になれば辛いだろうな。

 最初は良いだろうが、どうにか甘さを消す方法を考えると思う。

「さて、次は鎧熊ですね」

 気を取り直してシチューの鎧熊へ箸を伸ばす。

「やっわらか!」

 箸で持った瞬間に柔らかさがわかる。

 これは圧力鍋で炊いたら消えて無くなりそうな柔らかさだ。

 口に入れるともちもちしていて、豚肉っぽい。

 オークよりも豚肉っぽい。

 多少の臭みはあるが味も濃厚で美味い。

「流石シルキーさんの言った通り、美味しい食材ですね」

 これは鎧熊アーマードベアの新作が出る。

『味も濃厚なのでシチューのようなものに合うかと思います』

 私はシルキーさんに賛同する。

 ただ、鎧熊とルタバガの固さの相性が最悪なので、別に調理するしかない。

 シンプルだが、焼き鎧熊も美味い。

 守られている分、肉は柔らかいのだろうか。

 叉焼チャーシューにしても良いぐらいだ。

 醬油などの調味料が無いのが悔やまれる。

 添えてあるルタバガと一緒に食べると甘さが出るが、固さが何とも言えない。

 ルタバガは擦り下ろした方が良いかもしれない。

 それともルタバガは大きくなりすぎてしまったのだろうか。

 いや、これはそういうものだと思って食べた方が良いだろう。

 変に期待するのは畑で収穫出来てからにしよう。

 何だか不思議なディナーを楽しんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る