番外編〜自由人

 嗚呼、冒険者組合ギルドの大男は受付のお姉さんに通報され、連行されてしまった。

「いやぁ、【投擲】のクリティカルヒットをなめてました」

 まさかベルトを切ってズボンを下ろすとは。

 木製のナイフだったのだけれど、ベルトを切るまでいくなんて思わなかった。

 ――いや「切った」というには語弊がある。「引きちぎった」というべきか。

 私の筋力が普通じゃあないのは分かってはいたのだ。いたのだけれど、はじかれてムキになってしまったのだ。反省しよう。

「ウチの職員が失礼いたしました。まさか彼が児童性愛者ペドフィリアだったなんて――」

 受付のお姉さんは平謝りだったが、誤解な上に原因は私にある。

「いや、彼は冤罪ですからね。ただ運が悪かっただけですよ」

 私が何を言おうとお姉さんにいまいち伝わっていない気がする。

 まぁ、はたから見れば完全に大男がズボンを脱いで襲おうとしている瞬間を目撃してしまったのだから無理はない。

 後で騎士に事情を説明しなければならない。

 だが、今は受付のお姉さんと共に書類に目を通している。

「この職業ジョブ欄というのは?」

 第二騎士団とはゴブリン騒動で顔見知りではあるが、街中担当の第一騎士団は副団長ぐらいしか知らない。身分証が無いと騎士に会っても面倒が増えると踏んだ私は、今は身分証作りに集中する事にした。

「これはパーティーを組む時の役職ですね。魔法使いや剣士などパーティーでの役割が分かった方が組合としてもサポートしやすいので」

 受付のお姉さんは「前衛か後衛でも構いませんよ」と付け足した。

 職業ジョブかぁ。

「なら、生物学者――と」

『お嬢様、流石に冒険者で生物学者は無いかと。せめて錬金術師にしては如何でしょう』

 シルキーさんに指摘されてしまった。

 いやぁ、自称生物学者なのだから外堀から埋めていこうかと思ったのだけれど。

『生物学者は冒険者を利用する立場だと思います』

 その通りか。依頼する側の職業だわ。

 実際、その立場になろうとしていたのに教会に入れないから渋々こっちで登録しているのだけれど。

「じゃあ、錬金術師――ですかねぇ」

 魔法使いでも良かったが、あまりにも魔法の効果がエゲつないものが多いので止めておく。

 魔法使い但し魔法は使えない。では困る。

 錬金術なら魔術も含めるから良いだろう。

『私は風魔法使いにします』

 シルキーさんは無難だ。

「では、確認いたします。嗚呼、それと、組合会員になりますと準国民扱いとなりますが、よろしいでしょうか」

「準国民ですか?」

 名前からしたら国民以下としての扱いだ。

「準国民は、国同士の戦争には徴兵されません。しかし、この国での結婚、季節を越えるほどの長期商業、政治や宗教活動、不動産関係などが制限されます。国民になる場合は冒険者組合から脱退しなくてはなりません」

「組合でのやり取り――魔物の素材を売ったりするのは?」

「それは商業とは見なされませんので、ご安心ください」

 そうだろうな。そうでなきゃ国を反復横跳びしなきゃいけなくなる。

 しかし、不動産関係も制限されるのか。

 よくある話だと都に家を買って拠点にするが、それは出来ないという事か。

 まぁ、私達には家があるし冒険もするつもりが無い。

「わかりました。合意します」

「ありがとうございます。その代わり冒険者は国や街の入り口で入場料は取られません。では――」

 お姉さんは書類を確認しようとしたが、種族欄で引っ掛った。

「ホムンクルスと精霊様というのは――間違いないでしょうか」

 私達は頷く。

 受付のお姉さんの顔がにこやかのままフリーズした。

「ハイ。ナニモ問題アリマセンネ」

 もの凄く馬鹿になった機械のごとく処理をはじめ、訓練場から立ち去った。

「あれは考えるのを辞めた目だった」

『私達はゴーレムが冒険者になるようなものですから』

 確かにイレギュラーでしかないだろう。

「失礼します」

 違うお姉さんが入って来た。

「ええと、先程は職員が失礼いたしました。では、これに血液または魔力を込めていただけますか?これが身分証となります」

 私達は名前が入ったドッグタグを渡された。

 シルキーさんは血液が無いので魔力を込めている。

 私は血液で良いかと思って指先に針を軽く刺した。

 血液が沸騰した水のように泡を出して消えた。

 既に傷口は無く、回復している。

 これは【超再生】のスキルが発動しているのか。

 もしかしたら、ちゃんと血液を出すには小指詰めるぐらいしないと駄目なのだろうか。

 私は諦めてドッグタグに魔力を注いだ。

 ドッグタグは鈍色から青銅色に変わった。

「これで登録完了でございます。今は最低ランクの十位階となります。依頼クエストを受け、ランクが上がれば九位階へと上がります。最高で一階位となります。依頼にはランク制限がありますので、見合った依頼を受けて下さいね」

 階位制度なのか。よくあるのは英字ランクなのだが、ここでは十位階が最低ランクで数字が低くなればランクも上がるという事か。

 貨幣からも見られるが、十進法が基準という事がわかる。

「第十から七位階が青銅色。第六から四位階が赤銅色。第三位階が銀色。第二位階が金色。第一位階が黒色へと変わります。赤銅色からが一人前冒険者と呼ばれるので頑張って下さい」

 まだ半人前という事か。いや、一人前の冒険者になるつもりは無いのだけれど。

「では、お一人様あたり銀貨一枚となります」

 ここで初めて銀貨を必要とするのか。

 食べ物は銅貨以下だったので、冒険者になるにも金が必要なのか。

「銀貨二枚ですね。確かに。では、何か質問等あれば」

「冒険者同士のいざこざはどうなりますか?」

 よくある問題だろう。

 報酬の山分け問題や強盗など、様々ないざこざが発生するだろう。

「基本は当冒険者同士に任せ、ギルドでの責任は負えません。ただ、決闘という規則があります。決闘は申請すればギルドが場所の貸し出しをする事もあります。そうなれば基本的な力量の差で決着がつけられます」

 決闘か。日本だと法律違反なのよな。

「ただ、決闘までいくのは稀ですね。本来は冒険者同士は、いざこざを起こさないという事が前提です。悪質な行為、暴力や強盗等は加害者が冒険者であると判明した場合に除名となります」

 出来る事ならみんなで仲良くか。

『決闘では制約はありますか?』

 制約――条件か。

「決闘での決まり事は申請時に双方の意見を汲んで納得のいく条件を出します。戦闘時では戦闘不能、死亡が敗北の条件になる事が多いですね」

 死亡もあり得るのか。決闘だからこそか。

「決闘のみならず、訓練場は申請すれば貸し出し可能ですので利用して下さい。また、魔物や薬草の資料などもあります」

 その資料は読んでみたいな。色々な生物を知る事が出来そうだ。

『魔物討伐依頼はどのように討伐判断されますか?』

「魔物討伐部位というものを持って帰ってもらいます。ゴブリンでは左耳が魔物討伐の証となりますので、切って持って来ていただければこちらで何体倒したか判断出来ます」

 ゴブリンは左耳か。切っておけば良かっただろうか。

 まぁ、今更仕方ないか。プルシアンブルーの材料として活かしてもらおう。

「ただ、迷宮ダンジョンでの魔物は討伐した場合にもやとなって消えますので、魔核という宝石を持って帰ってもらいます。詳しくは迷宮のある組合にて」

 討伐したらもやとなって消える?どういう仕組みなのだろうか。

 迷宮では何か変わるのか。異世界っぽい。

 やはり異世界では質量保存の法則無視がだな。

 魔法鞄もだ。

 いくら魔力という謎物質があるからといって色々やりすぎな気はするが、どうなのだろうか。

 しかし、そうでなければ浪漫が無いか。

 いや――浪漫の問題なのだろうか。

『魔物討伐部位というものはどうやって知る事が出来るのですか?』

 そういえばそうか。間違ったものを持って来ても討伐判断にはならないか。

 シルキーさんはよく気付いたなぁ。

 私が阿保なだけか。

「組合で討伐部位の資料があります。また、討伐部位や買取素材は依頼を受けた時に職員から説明がありますのでご安心ください」

 なら安心か。

「シルキーさん、他に何かあれば訊いておいた方が良いですよ」

 私はあんまり冒険する気が無いので大雑把だ。

『では、依頼クエストを受けずに素材売買は可能でしょうか』

「組合としては依頼をお願いしたいのですが、道中偶々魔物に出会う場合もございますので、承諾しております。また、常設依頼というものがありますので、それは素材が手元にあれば納品し、依頼達成となります。あと、青銅色は三ヶ月に一度、赤銅色は六ヶ月に一度、銀色が一年に一度は依頼をしていただく形となります。そうでなければ登録抹消となりますのでご注意ください」

 意外と面倒なのだな。

 まぁ、失効されても良いぐらいの気持ちでやるか。

「あ、登録抹消されると罰則ペナルティーとかあるんですか」

 罰則で再登録できないとか言われると困る。

「ありませんが、前科があると再登録不可となります。また、再登録時には試験と銀貨一枚必要となりますので、頻繁に失効されるのはお勧め出来ません」

 三日以上の通行証発行には銀貨二枚。冒険者再登録時に試験と銀貨一枚。なかなか難しい選択だ。

 普通に買い物をするにしたら三日以内に済ませて帰れば良い。しかし、失効してしまうと登録にいちいち試験をやらなければならない。面倒くさい。

 ならば三ヶ月に一度依頼を達成するのが良いか。

 とりあえずはこの街で一度依頼をこなすか。

「では、とりあえず説明は以上となります。また何か不明な点等ございましたらいつでも問い合わせください」

「『ありがとうございました』」

 さて、おっさんを救出しますか!

 組合の証を使用するのが冤罪で捕まったおっさんの救出という残念なスタートとなった。


 ◆

「時間です。迎賓館へ案内します」

 蛸人魚のオーピスが私達に声をかけたのは、おっさんの冤罪が晴れてすぐだった。

『あまり街を回れませんでしたね』

「仕方ないですよ。色々ありすぎたので」

 六十パーセント以上がアクシデントだったような気がする。

「まだ滞在するので時間がある時に散策しましょう」

『そうですね。しかし、お嬢様が冒険者から“魔女”と呼ばれるとは思いませんでした』

 そう。登録完了して一階へ戻ると、パーディンからゴブリンの肉片だったものを運び終わった冒険者がワサワサといた。

 その冒険者達は私を「ゴブリンを野外で炒めた魔女」として変な渾名あだなが付いてしまった。

 まぁ、ポーションを売ったりする予定なのでしっくりときてしまうのだが、魔女と呼ばれるには大層すぎる気がする。名前負けしている。

「しかし、魔女だなんて仰々しいというべきか」

『私としては魔女術ウィッチクラフトとも呼べる魔法、魔術、錬金術が出来るお嬢様にピッタリだと思いますが』

 魔女術ねぇ。

 私としてはこの世界に魔女という概念がある事に驚いたのだけれど。

 前世で魔女は言うなればマレフィキウム――“悪行”が本質であり、人畜に害を及ぼすとされた人間なのだが、ここでは魔女術が出来るヒトなのだろうか。

 どちらにしても、こんなちんちくりんな童女が魔女と呼ばれるには些か名が大きすぎる。

 こんな遠回しに色々言っているが、簡潔に、短絡的に言ってしまえば――

「すごく恥ずかしいのですが」

 正直そんな二つ名みたいなのは最低ランク冒険者にはまだ早いかなぁ。国家的な錬金術とかになって「鋼の」とか呼ばれるぐらいになってからで良いと思うんだ。

 まぁ、そんな未来は全力回避したいのだが。

 そんな話をしているうちに壁に囲われた門が見えた。

 オーピスが門番と何か話して門が開いた。

 中には穏やかな大通りと木々が溢れる庭があった。

 テラスや東屋のようなものまであり、ロイヤル感あふれる造りになっている。

「ここは貴族街。街の中央にある。パーディンでん……様に会う場合はここに」

 オーピスが案内してくれている。

 手慣れているようなのでオーピスはここに来たことがあるようだ。

 一本道から左側へ向かって行くと、そこには大きな屋敷があった。

 玄関前には兵士のようなヒトが二人立っている。

「ここが迎賓館。アタクシの任務は終わり。これを渡せば後は大丈夫」

 そう言ってオーピスは木札を私に渡して姿を消した。

 消したと言っても私とシルキーさんには見えているので、去って行くまで見送った。

 どうやら裏口から入れるようだ。

 木札を衛兵に渡すと木札が割られ、大きな音楽が流れた。

「少々お待ちください。迎えが来ます」

 あれは合図なのだろうか。コンビニで客が来ると鳴るみたいだ。

 暫くすると執事のような恰好の人が来た。

 セバスチャンと呼んでみたいほどだ。

「お待たせいたしました。私、従者総括支配人ホーカー・ニムロッドと申します。クルス様一行ですね」

 ホーカーはびっしりとした礼をして私達を迎えた。

「クルス様一行は二〇号室でございます。パーディン様は一〇号室におりますが、どうなされますか?」

 どうなされますかと言われても、まずはパーディンと会うしか選択肢が無さそうだ。

 よく旅行で自分の部屋へ行ったら寝てしまうのだ。絶対に部屋から出たくなくなる。

「パーディンさんの部屋へお願いします」

 先に用事を済ませておこう。

 あ、会食とか言っていたな。そしたら自室から一回は出る運命しかないじゃないか。だるいんだよな。

「こちらでございます」

 ホーカーはノックをして私達が来た事を知らせた。

 入室許可がおりると部屋へ入った。

「パーディンさん来ましたよ」

「おお、お嬢か」

 パーディンは椅子に座って寛ぎ、ハーブティーを飲んでいた。

「何やら教会前で聖女が祈りを捧げていたらしいで。あと、冒険者組合職員が騎士に連れていかれたとか」

 嗚呼。ハイハイ。それ私が関わっている事柄ですね。

 教会前で祈りを捧げている人間なんて私以外にいないだろう。

 魔女の次は聖女とかやめて欲しい。

「冒険者組合職員は冤罪というか事故ですよ。私が残念ながら冒険者登録する事になって、そこで起きた事故です」

「お嬢が関わっている事やとは思ってはいたが、変な影響がなきゃエエか。職員には同情するが」

 おっさんパンツ見た童女に同情はしないのか。

「さて、辺境伯と会食やけど、ドレスとか持って来てたりするか?」

 ドレスか。一応それっぽいものはあったので持って来た。

「これとかですかね」

 魔法鞄からドレスを取り出して広げて見せる。

 シルキーさんも同じ体型なので、二着ある。

「うっっっっわっっ!!クッソダサいな!!いつの流行や」

 製作者様よ。言われているぞ。

 ――というか、そんな古い物が虫に食われずよく残っていたものだ。

 日本で服の虫食いといえばヒメマルカツオブシムシやイガだが、異世界ではどうなのだろうか。

 ヒメマルカツオブシムシは甲虫目、イガは蝶目。別の類の昆虫だが、衣類を食べる。

 掛けるタイプの虫除けなんて見当たらなかったのだけれど、もしかして製作者様が亡くなってすぐに私が起動したのだろうか。

 ――いや、製作者様はミイラ状になっていた。そんな短期間でそんな事になるわけがない。

 んん?乾燥した環境ではなく湿潤かつ低温の環境にあるのだからミイラではなく、死蝋となるはずだ。

 何故死蝋ではなくミイラなのか。乾燥していた環境にあった?確かに私が培養液から出た時は埃が舞うぐらい乾燥はしていた。

 しかし、それだけだ。ミイラになどなるはずがない。

 製作者様に何かあったのだろうか。

 家で寝ていたらミイラになっていたとか洒落にならない。

 帰ったら原因を見つけなければならない。

 そんな事を思っていたらシルキーさんによってぶっ飛ばされたパーディンが起き上がった。

 護衛のオーピス達も飛ばされている。

『侮辱は許しませんよ』

 シルキーさんは怒っているようだが、私としてはノーダメージだ。

 そもそも私が買った服では無いし、あった服だからセンスは製作者様のものだ。

「シルキーさん、家にあったものだから気にしなくて良いですよ」

 この時代の流行りなんて知らないわけですし。元々のセンスが無いとかじゃあありませんし。だから私がダサいわけじゃありませんし。前世の事を言われたわけじゃあありませんし。そんなわけですし。

『ですが!お嬢様がこんなにも御傷心なさって――』

 止めて!シルキーさん、それは私に効くから!

「大丈夫ですよ」

 あはははは。私はにこやかに笑えているだろうか。

「だ、大丈夫や。そんな事もあろうかと、優秀な針子を雇ってるわ」

 パーディンはフラフラと護衛達に支えられている。

 是非とも私も支えて欲しい。心を。

「お代は金貨三枚――と、言いたい所やけど、青い顔料の製造方法をワイが売ってもエエか?」

 金貨三枚と言った時に風が強く吹いたが、その後の言葉で風は止んだ。

 命は大事に。

「それは構いませんよ。私がパーディンさんに売ったようなものですし」

 プルシアンブルーを私が考えたわけでもない。

 プルシアンブルーを考えた人は頭がおかしいと思う。褒め言葉として。

 確か、前世でもプルシアンブルーは錬金術絡みだったか。

 私も錬金術師だけれど。

「すまんな。これで良い交渉が出来そうや。おい、お嬢達にドレスを」

 ぞろぞろとメイドが集まり、私達は違う部屋へ連れていかれた。

 服は脱がされ、採寸され、着せ替えされ、着せ替えされ、着せ替えされ、グルグルグルグルグルグルグル。

 駄目だ。吐きそう。

 圧倒的女子熱気に圧されている。

 シルキーさんは一発で決まっていた。

 アレ?シルキーさんと私は同じサイズだったのだけれど。

 何故に私は何回も着せ替えられているのかな。

「待った!コルセットは私には早いですよ!え?一回着けてみた方が良い?いや、痛ィダダダダダダダダダ」



 ◆

 死ぬかと思った。というか死んだ。無理。心が死んだ。

 シルキーさんは『お綺麗です』しか言わないし。

 もう誰も信じられない。

 シルキーさんはメイド服だ。

 私はロリィタドレスからスッキリしたドレスに変わっていた。

 そう。「変わっていた」だ。着替えたんじゃあないんだ。

 恐ろしい。

 あれが暴力に入らないのが恐ろしい。

 やけにピッタリとしたドレスだ。

 動きにくい。

 コルセットよりはマシだろうか。

「そろそろ行くで」

 嫌なのだけれど。

 ゆっくり休みたいのだけれど。

 お部屋でゴロゴロして今日の疲れを癒したいのだけれど!

『お食事が待っていますよ』

 もう駄目だ。私の心は折れた死んだ



 ◆

「聖女とか魔女とか呼ばれるなんて、やっぱりお前ってオモシれぇオンナ」

 そう言って辺境伯は私の顎をクイッと持ち上げ、唇へ軽いキスをした。


 ――ッハ!!

『お嬢様。到着いたしました』

「相当疲れてたんやなぁ。馬車に揺られていたのに吐かんかったやん」

 ものすごい悪夢を見ていた気がする。

 いつの間にか馬車に乗せられ、着いていた。

「すみません。先にトイレに行きたいです」

 何かわからないが、兎に角口をゆすぎたい。

 最悪泥水でも良い。

 ヌオォォォと激昂されても構わない。

 私はそそくさとトイレへ行って口をゆすいだ。

「お待たせしました」

 パーディンの元へ戻り、階段を上る。

 執事がノックし、私達が来た事を告げると扉を開けて通した。

「いやはや、急にすまないね。色々と聞きたい事があったものでね」

「久しいな。本日はお招きいただきありがとさん」

 椅子から立ち上がった男は高身長で、髭を生やした普人族だった。

 声からして若そうに思えるが、髭があるせいで歳がいっているように思えてしまう。

 蝙蝠コウモリのアメリカンヒーローを演じた男優のようだ。

 それよりももっと若いだろう。

「ようこそ。私はこのティマイオスの領主、スヴァンテだ。どうぞ美しき小さなレディ達、お見知り置きを」

 うん。これは苦手なタイプかもしれない。

 スヴァンテ辺境伯は私達に対して綺麗なお辞儀をした。

「こちらはクルス嬢と精霊従者のシルキー嬢や」

 私達が紹介されたのでカーテシーをする。シルキーさんは一礼しただけだ。良いのだろうか。

「ほう」

 スヴァンテ辺境伯は一瞬値踏みしたような目線を送ったが、瞬時にそれをやめた。

「そんな固くならず、どうぞ座りたまえ」

 メイド達が椅子を引いてくれたので、私達は順に着席していく。

 スヴァンテ辺境伯に対して、三人が向かい合う形だ。

「早速本題にかかりたいと思うが、腹ごしらえが先だ」

 スヴァンテ辺境伯は手を叩くと、ズラズラとテーブルに料理が並べられた。

 コース料理かと思っていたが、そうではないらしい。

「好きなように、好きなだけ食べてくれ」

 辺境伯はすぐにサラダに手をつけた。

 私達も並べられた果物や野菜、魚にナイフとフォークを入れる。

「これ美味しいですね。何て言う魚ですか?」

「気に入っていただけたか。ここの特産品のハドックだよ」

 ハドックか。所謂コダラだ。フィッシュアンドチップスに用いられる。

 非常に一般的な食用魚だ。使い勝手の良い魚と言える。

 私が食べたのは燻製にしたハドックを薄く切り、マリネのようにオリーブオイルか何かで浸したようなものだ。

 白ワインと合いそうな一品だ。

 私は飲まないが。

「ハドックが特産品ならばコッド、プレイスなんかも獲れそうですね」

「嗚呼。そうとも。実に博識だ。しかし、あまり沖に出られないのが難点でな、魔力の河が忌々しい限りだ」

 コッドはタイセイヨウダラ。プレイスはカレイ目の魚の一種である。

 どちらもフィッシュアンドチップスに用いられる。

 しかし、食の概念があの国のように死滅していなくて良かった。

 産業革命にすら至っていないからなのか、それとも食事に関して携わり方を知っているからなのだろうか。

 オリーブオイルのようなもので浸しているから保存食の一つかもしれない。

 テーブル中央には魚介のアヒージョのようなものまであった。

 オリーブオイルのようなものも産地なのだろう。

 私が住んでいる近くにも油のなる木があったので、それだろう。

 ココナッツのようで、中身が油なのだ。

 無邪気に吸って最悪な思いをした。水だと思って飲んだら油でしたとか嫌な思い出でしかない。

「魔力の河はパーディン殿下に任せているので安全ではあるがな」

 魔力の河に当たれば膨大な魔力によって爆散する。

 その位置を管理しているのが人魚族なのだろう。

 パーディンが辺境伯に何やら耳打ちをしている。

 嗚呼、殿下呼びを止めるようにか。

 サラっと言っていたな。

 私は気にしてなどいないのだけれど。

 後には引けないと言った方が良いか。

 気軽に接していたヒトがお偉いさんだったとしても、改まる気は無い。

 私は釣りバカ映画でそう学んだ。

「この果物もこの街で?」

 話題を変える体で並べられた果物を手に取って辺境伯に訊いた。

「半分はそうだな。だが、他の地域から買っているものもある」

 辺境伯はとても小さな赤い林檎のような果物を手に取った。

「それは――クランベリーですか?」

「実に博識だ。ここではコケモモと呼んでいる。これが好きなのだが、この街では作れなくてな」

 ツルコケモモだろうか。ならば寒地の高層湿原でミズゴケ類の中に自生するはずだ。

「では北からの輸入品ですね」

 ツルコケモモなら北ヨーロッパ、北アジア、北アメリカ北部など、北半球の寒い地域に広く分布するのでここより北じゃないと生息出来ないだろう。

 まぁ、ここが寒い地域ならば別なのだが。

 あんまり寒くならないと良いのだけれど。

 特産品や非常食の話などありきたりな話をして会食は終わった。

 そんな中シルキーさんは黙々と食べていた。



 ◆

「さて、本題に入ろうか」

 食事が下がり、フルーツと飲み物だけがテーブルに残った。

「ゴブリン討伐は非常に感謝している。改めて礼を言おう」

 辺境伯は頭を下げた。

 辺境伯と言っているのだから貴族で良い地位の貴族なのだろう。

 私はあまり爵位に対して詳しくは知らない。

 騎士や男爵が低くて公爵が高い位という感じしか分かっていない。

 まぁまぁ辺境伯も高い位だったような気がする。

 それが頭を下げたのだから凄いのだろう。たぶん。

「上位種の装備品は返却しよう」

 騎士がぞろぞろと装備品を手に、部屋へ入って来た。

「これはパーディン様に返せばよろしいか?」

「そうですね。私はいりませんし」

 正直貰っても困る。

 ただ売却するだけになるだけだ。私に来るなら辺境伯へ売っても良いぐらいだ。

「嗚呼、それに関してはワイも承認しとる」

 パーディンが一瞬私に確認の目配せをしてきたので頷いた。

「――して、報告書にあったが、は真だろうか」

「せやな。ワイがバッチリ見て来よったで」

 パーディンが溜息を吐いた後に辺境伯も項垂れた。

 報告書に何が書いてあったかはわからないが、私がここにいるのだから少なからず関係しているのだろう。

「では、戦闘も死者もなかったと」

 ん?死者はいなかったが、戦闘はあっただろう。まぁ、良いか。

「んで、戦利品がこれや」

 パーディンが青い顔料を取り出した。

「戦利品?装備だけでは無いのか?」

 辺境伯が顔料を手に取り、手の甲に軽く塗った。

「素晴らしい青だが、これが戦利品?」

「せや、ゴブリンの血肉で出来とるんや」

 辺境伯の目が見開いた。

「ゴブリンの血肉、その青の製造方法。それを渡すからワイの依頼を手伝って欲しいんやが」

「それは面白い商談だ。これはそちらのレディが?」

 私を見たので頷くだけにしておいた。

「ピギュマリオンの再来かと気構えていたが、マシなようだ」

 辺境伯は溜息を吐いて椅子に深く座った。それは溜息というより安堵からくるものだろうか。

 ピギュマリオン?嗚呼、製作者様のペンネームか。

 何か聞き覚えのある名前だと思ったら製作者様へんたいの名前だった。

「製作者様が何かやらかしたのですか?」

「そういえばお嬢は知らないかもしれんな」


 ◆

 それは製作者様が自由人ウォーキングキャットと呼ばれるものになる直前の話だった。

 製作者様は冒険者組合に入っており、国を転々としていた。

 ある国が製作者様の創り出すものが利益になるとして国が囲おうと爵位や金銭やらを渡そうと必死になっていたらしい。

 製作者様は国に従するなら死んだ方がマシといった性格なので、断り続けていた。

 だが、日に日にスカウトがエスカレートしていく。

 それで製作者様は最終警告を出した。「これ以上関わるな。次やったら潰す」と。

 国は製作者様の創り出したもので大きな利益が出たので、欲に溺れていたらしい。

 なのでその国は製作者様の最終警告を無視した。

 ブチギレた製作者様は国家転覆を謀った。

 ――いや、謀ったというには語弊がある。国家転覆と言っても文字通りの国家転覆だったのだ。

 策略や知略的な国家転覆などでは無く、国の首都を浮かせ、ひっくり返して地面にたたき落とすという転覆だ。

 戦争というものは、相手の土地や人、技術などを奪う事で利益をあげる。だから戦争をするのだ。

 利益が無ければ戦争をする意味はほぼ無い。

 だから、製作者様がやった事は戦争では無い。

 国を更地に変えただけだった。奪うものはヒトの命だけ。

 殲滅など生温い。生存者などいなかったという。

 それは後に“災害”として判定された。

 製作者様が災害をおこした後、各国の偉い人々によって招集されたが「むしゃくしゃしてやった。反省も後悔もしていない。私の自由を奪うなら次はお前達の国が転覆するぞ」と言って脅したそうだ。

 国が欲に溺れ、製作者様が最終警告を出したにもかかわらず無視をした事から「仕方がなかった」とされた。

 そこで自由な人“自由人ウォーキングキャット”を設立した。

 自由人は如何なる場合でも束縛してはいけないと暗黙の規則がうまれた。

 力があり、自由を好むヒトは自由人とされ、世界で何人かいるらしい。

 自由人は国へ利益をもたらし、束縛すれば災厄をおこす。

 力があっても性格が酷く、国へ利益をもたらす事の無いヒトは自由人と認定されず討伐対象となる。

 酷い時は自由人に依頼がまわり、自由人によって討伐されると言われる。

「結構なやらかしですね」

 製作者様は何をやっているのか。

 まぁ、気持ちはわかってしまうので、責める事はしない。

「お嬢もそれと似たような事があるから何も言えんで」

 パーディンから釘を刺された。

「私はまだやってませんよ」

『お嬢様、“まだ”は余計ですよ』

 あっ。



 ◆

 パーディンはスヴァンテ辺境伯にルォーツと貴族のお嬢様、盗賊の話をした。

「スヴァンテ辺境伯は普人の貴族に詳しいから手伝って欲しいんやが」

 その代わりにプルシアンブルーの製作方法と材料を提供するというものだった。

 解決で出た報酬はパーディンのものとするが、プルシアンブルーで出る利益は大きいとして了解が出た。

「実に悲劇だ。演劇よりも悲しいかな」

 スヴァンテ辺境伯は犯人捜しに乗り気なようだ。

「プルシアンブルーと言ったか。これの他に呼び名は無いか?」

 呼び名か。

「たしか……紺青だったと思います」

「ふむ。なら“紺青のティマイオス”と呼ばれる街にしたいな」

 そうなると必要な材料が半端ない量になりそうだ。

 あれだけのゴブリンの血肉をもってしても、この領館全てに行き渡らないだろう。

「魚の血肉でも可能だったであろう?」

 私の表情から読み取ったのか、魚類での製作も提案してきた。

「たぶん……ですけどね」

「毒のある魚もあるのでな。有効活用させてもらう」

 しかし、取れる量が取れる量なので労力や材料費が尋常じゃないだろう。

 下手にやったら財政難になりそうだが、大丈夫だろうか。

「あんまり心配せんでエエやろ。スヴァンテ辺境伯は実力者や」

 パーディンにそう言われたので、私は気にしない事にした。

「さて、もう遅い時間やな。おいとまさせてもらうで。本日はお招きありがとうさん」

「嗚呼、今年も良い豊穣祭が出来そうだ。レディ達もどうぞよろしく」

 スヴァンテ辺境伯は私の手をとり、手の甲へキスをした。

 ここに来るまでに見た変な夢がフラッシュバックし、テープでとめていた心がまた折れそうになった。

 やっぱり、この辺境伯は苦手かもしれない。

 鋭い風が辺境伯の横を過ぎ去っていくのを見ながらそう思った。

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