第十二章~ゴブリン~

 無事に村へ着いた。

 魔力の河に橋を架け、歩いて街道へ合流し、一泊。

 朝から歩いてお昼前に到着した。

「しかし、思っていた村とは全然違った」

 小さな村ではあるものの、住居が高床式倉庫、――もとい、高床式住居だった。

 全ての建物が地面から離れている。

 ネズミの被害でも多いのだろうか。

 それとも津波でもあるのだろうか。

 そしたら私の家はアウトだろうな。家の背面が海だ。地震が来たら逃げる暇は無い。

「後で知っているヒトにでも聞きに行こうかな」

 そんな事を呟いていたら知っている声が遠くで聞こえた。

「お嬢〜。シルキーの姉さ〜ん」

 ぞろぞろと馬――イグアナのような生物を連れてパーディンが来た。

「すまん。海域長が帰って来て遅くなったわ」

 謝るりながらもパーディンを先頭に列を連ねている。

 イグアナ馬車が六台、イグアナ単体に乗っている兵が十人。

 見るからに豪華な馬車という感じのが一台ある。

 あれにパーディンが乗るのだろう。

 パーディンは海域長という、海域を治める長の息子らしい。

 村長の息子みたいなイメージだったが、最近になって国王の息子――王子的な立ち位置なのだと気づいた。

 まぁ、平伏せと言われないならそのままでいようと思う。

 軍旗――というか国旗みたいなものを持っているヒトがいる。

「目立つなぁ」

 正直陰キャとしてあの集団と携わりたくない。

 ――が、覚悟を決める。冬越えと美味しいご飯の為だ。

「パーディンさん、こんにちは。海域長ってことはお父様が帰って来たのですか?」

 確かマーマンと呼ばれる種族と争っていたとか。

「次期海域長の兄にブン投げ――任せて戻って来よったわ。長期間、長がいないのも問題やし」

 嗚呼。ブン投げられた方は可哀想に。

「取り敢えず、こっちは村長と話があるから――ん?そちらはどなたサン?」

 私たちの後ろにいたルォーツに気付いたようだ。

「こちらはルォーツさんです。私も村長とお話しても宜しいですか?」

「お、おう」

 パーディンは戸惑いながらも同行を許してくれた。

 パーディンに連れられて少し立派な高床式住宅に向かった。

 パーディンが扉をノックすると三十代ほどの若い男が顔を出した。

「村長さん久しいな」

「これは、これは。パーディ様じゃありませんか。今年は海域長殿が大変だと聞きましたよ」

 まさか三十代の男が村長だと!?若いな。白髪の爺さんが出てくるのを予想していたので吃驚した。

「おや、そちらのお嬢さん方は?」

 ようやく村長は私達に気付いたようだ。

「こちらはクルス嬢とシルキー嬢と……ルォーツ嬢や。今回の用心棒や」

 一瞬ルォーツの名前忘れていただろう。

 私達の後ろに控えている兵は顔馴染みのようで、軽い会釈で済んでいる。

「可愛らしい用心棒だ。どうぞ、お入り下さい」

 どうも本気にしてはいないらしい。

 私達は居間に通された。

 居間は広く、八人ほど入っても十分なスペースがある。

「まずはワイから」

 パーディンと村長の話が始まった。

 どうも話を聞いていると、この村の物資を買い取って街で売るようだ。

 パーディン側は村には魚などの食料を渡し、村から買い取った物資を街で売って利益を出しているようだ。

 村には食料が増えるのでパーディンは良い取引相手なのだろう。

 そもそも、この村が中継地なのだから普通はここで物資を手放す旅人はいない。利益云々の関係という訳でもないようだ。恒例行事のようなものかもしれない。

 しかしそれでもパーディンは商人である。利益を求めて村長と交渉を進める。

 財政やら飢饉やら豊作だとか言った言葉が流れてくる。

 私達は白湯を頂いたので、大人しく飲みながら話が終わるまで待っている。

「――という割合でどうや?」

「良いでしょう。交渉成立です」

 ようやく話がついたようだ。

「よし。んじゃ、後はお嬢の番やな」

 やっと出番が回って来た。

「ご紹介に与りました。私、クルスと申します。まず……ここの村にルォーツを住まわせていただけませんか?」

 隣にいたルォーツが口に含んだ白湯を噴出した。

「ぐぇっへ、えっへ。クルス様?」

 ルォーツ汚いよ。ちゃんと後で拭いてくださいね。

「道中魔力の河を渡って来たのですが、そこに盗賊がおりまして、慰み者とされていたのがルォーツです。そこを保護したのでこの村において欲しいのです」

 嗚呼。とパーディンから声がした。

 私たちの馴れ初めは盗賊とのバトルですわよ。

「河をか!そりゃ凄いな。しかし災難だったな。盗賊からよく逃げて来たもんだ」

 あー。私達が逃げて来たと思っているか。そりゃそうか。

 私も童女が盗賊退治したとは思わない。

「こっちも最近この辺りで【疾風のガジ】という盗賊がいて困っているんだ。頭目は回避のスキルだかを持っていて攻撃が当たらない。討伐隊に来てもらおうかとしててな……おっと、話が逸れてしまった」

 盗賊というワードが出て村長が愚痴をこぼす。

 回避スキルか。そういえばあのリーダー格も持っていたような気がする。

「私達はその盗賊を捕獲したので、処理をお願いしたいんですよ」

 驚いた村長は思わずパーディンを見る。

 パーディンは何も言わず頷いた。

「多分その話は本当や。この子――クルス嬢とシルキー嬢は二人でクラーケンを討ち取ったほどや。盗賊ぐらいあり得る話やな」

 パーディンはウンウンと頷きながらも肯定してくれる。

「あー。その盗賊のリーダー格も回避のスキルだかを持っていたんですよ。同じヒトかもしれませんね」

『あれで疾風の名を騙りますか。風の精霊として遺憾ですね』

 隣でシルキーさんが変な怒り方をしている。

「河に橋は架けてありますし、盗賊は檻に入れておきました。何人かは生き埋めですけど」

 まだ村長は固まっている。

「盗賊の後ろ盾がいるそうなんですよね。商人か貴族か……」

「「はぁ!?」」

 パーディンと再起動した村長の声がハモった。

「私が思うに、貴族だと思うんですよ。あっ、失礼。ここに遺体を置かせていただきますね」

 私は小屋で自害した二人の少女を魔法鞄から取り出した。

 綺麗な服を着せ、化粧までしておいたので遺体という感じはしない。

 氷で腐らないようにしてあるので今のところ臭いも気にならない。

「これは……」

「ルォーツと共に盗賊に慰み者になっていた二人です。現実が耐えられず自害しました。どこかの令嬢だったようで、従者が手紙を残しました」

 手紙を村長へ渡し、手紙を読む。

 村長の表情は暗い。

「いきなりヘヴィすぎやろ」

 パーディンが村長から手紙を渡され、読んだ感想が口からこぼれた。

「あー。この件は人魚族も支援するさかい。そんなに気を負わんでエエよ」

 私は手紙を読んでいないので、何かわからないがさっきまで商談でウッキウキだった村長の顔は暗い。

「では、ご遺体と手紙は人魚族へ受け渡します。盗賊の方はこの村から人を出しましょう」

「こっちからも誰か寄越すわ」

 どちらも顔がやつれている。

「盗賊と遊んだので皆倒れているとは思いますが、武器は持っていった方が良いですよ。近くに仲間がいるとは思いますので」

 パーディンが耳打ちするように小声で近づいて来た。

「盗賊と遊ぶって……お嬢にはまだエッチな事は早いと思うんやが」

「そんな事してませんよ!!」

 誰が大乱交セクシャルシスターズですか!!

 まったく。私は童女ですが、元男ですよ。

『パーディン コロス』

 ほら、シルキーさんから不穏な空気が出ちゃってますよ。おこですよ。

「じょ、冗談や」

 パーディンの口から乾いた笑いが出る。

「私は盗賊達の爪を一本一本剥がしたり、口に硝子突っ込んで殴ったりしただけですよ」

 パーディンは乾いた笑いから引き攣った顔になった。

「何つー拷問や」

「いえ、拷問なら逃げ道を作るので拷問じゃありませんよ。遊びです」

 私が言い切るとパーディンから溜息が出る。

「そんな悪どい遊び聞いた事あらへん」

 まだ邪神の方がマシな遊びを考えそうやと言い放った。

「まだ可愛い方ですが」

 それを聞いた村長も引いていた。

「ところで、何が書いてあったんです?」

 私はまだ手紙を読んでいなかったので内容はわからないままだ。

「あー、ワイ等に対しては遺体は家に帰して欲しいとか。黒幕がいる場合は仇をとって欲しいとも書いてある」

 まぁ、氷さえあれば家に帰す事は難しくないだろう。

 黒幕か。あの従者は意外と勘が鋭かったのだな。

「手紙を無かった事にしましょうか?」

「鬼か!仇をとる事は出来なくても、せめて盗賊からの情報を当主に伝えたるわ」

 そうですか。そうですか。

「なら、私の意見だけでも聞いておきます?」

「盗賊から聞き出したんか?」

「イヤですねぇ。そんな拷問みたいな事するわけないじゃないですか」

 情報言ったら終わりなんて甘い事しませんよ。

 また乾いた笑いの後に溜息が聞こえた。

「被害者と同等の貴族。食料や武器を扱う大きな商人が出入りする家。金銭に余裕がある家。被害者と近しい人。女性。年齢は被害者と近い。友人または姉妹。婚約者、想い人関係。化けの皮が厚く狡猾な人間。被害者に対しコンプレックスを持つ人間」

「何でそんな事がわかるんや」

 パーディンは口をポカンと開け、村長は必死に私が言った事を書いていた。

「わかるわけじゃありませんよ。考えた末の仮説です。盗賊が黒幕を知っているなら問題ありませんが、黒幕が商人だと思っているようなら多分|ハ≪・≫|ズ≪・≫|レ≪・≫ですね」

 私は盗賊から何も聞いていないのでわからないが、そんな簡単に尻尾を出すとは思えない。

「まず、この攫われた貴族様は何の為に攫われたかです。奴隷にするなら処女のまま売り払う方が盗賊としても商人にしても良いでしょう。じゃあ、何故か。貴族様は生前純潔と盗賊の子を孕むというワードに身体が多少反応しまして、純潔である事――、黒幕からしたら純潔を奪う事が大事なのだろうと推測しました。貴族間の婚約が何歳でされるかわかりませんが、関係しているかと思います」

『盗賊のいた小屋から新鮮な食料や新品の武器が出たので商人と関係する貴族なのですね』

 その通り。

『お嬢様、友人や姉妹と言ったのは何故でしょうか』

「それは攫うにあたって、ある程度被害者の予定を知っている人物かと思いまして。また、被害者の婚約者又は想い人を慕っていて被害者の純潔が奪われれば自分に回って来るだろうと考えているかと。被害者の腹にも痣があるので最悪子どもすら産めないようにしたはずです」

『随分と……ヒトの子は恐ろしい事を』

 シルキーさんが青ざめた顔をしている。

 これはシルキーさんに席を外してから喋った方が良かったかもしれない。

「シルキーさん辛かったら、遠慮なく席を外してくださいね」

 またシルキーさんの人間不信が進みそうだ。

「恋の三角関係で、私怨がありながらも被害者の隣に居座っていた人となると友人か姉妹かと。姉妹だとなると双子から一歳下ぐらいでしょう」

 あまり歳が下だとそんな緻密な計画を考えられないと踏んでいる。

 非常に非情でなければ。

「姉妹とかやったら最悪やな」

 そうだろうか。歴史を見ると兄弟で殺しあうなど普通だろう。

 戦国時代など親すら入って来るのだから。

「他貴族なら金銭の請求が出来るが、身内なら何も出来んからな」

 そういう事か。金の問題か。

「で、ではクルス様の仮説も踏まえまして調査して参ります」

「では、村長殿。こちらから先に五人兵を出すわ。んで、こちらから海域長へ連絡し、至急応援をよこしますわ」

 村長の顔色が悪く、フラフラと立ち上がり、外へ出た。

「お嬢、『シルキーさんとのんびり二人旅~』って言っとったやん」

 そうですよ。

「どこがのんびりやねん!重いわ!」

 パーディンからツッコミが入った。



 ◆

「わ、私はこの村でお世話になるという事でしょうか」

 存在が忘れられそうになっていたルォーツが私じゃなく、パーディンに声をかけた。

 解せぬ。

「そうやな。お嬢の望みやし、そうなるな」

 ルォーツは何かホッとしたように息を吐いた。

「嗚呼。事の報酬はルォーツの生活費として村長に渡しておいて下さいね」

「「えぇ!?」」

 ルォーツとパーディンの声がハモった。

「わ、私の生活費だ、だなんて、そ、そんな……」

「いや、ルォーツさんが独り立ち出来るまでのお金として受け取って下さい。もし、独り立ちが難しいようなら私に相談して下さい」

 ルォーツは慌てふためいている。

「お嬢、今回の件は全体が解決すれば大黒字や。やけど、最初は人件費込みでギリギリやで」

 パーディンが私に耳打ちする。

 ギリギリかぁ。

 結果が出るまで長そうだしなぁ。

 長期戦になればなるほど報酬が減りそうだ。

「なら、私に投資してみませんか?今ではありませんが」

 パーディンの眼が光った。

「それは楽しみやな。なら、ルォーツ嬢の生活費も賄えない事もなしや」

 なら良い。連れてきたルォーツがこの村で穀潰しとなるのは困る。

 働けるようになるのが一番良いが、落ち着いてからで良いだろう。

『慈悲深きお嬢様に感謝なさい』

 シルキーさんに言われ、ルォーツが頭を下げた。

「す、救って頂き、あ、ありがとうございます。生活費まで考えて下さって」

 救う……か。

「私は救う事はしていません。救われたのは貴女の心の持ちようですよ。気にしないでください」

 手助けはしましたけど。

 自分を救うのは自分ですよ。

「はぁ~。悪魔みたいな事しよるお嬢も女神のような事言うんやな」

『パーディン。後で覚えておきなさい』

 シルキーさんは私に甘くてパーディンには厳しいなぁ。

 あっ!村長さんに聞きたい事があったんだった!

 今は忙しそうだし諦めるしかないか。

 パーディンが知ってたりするのだろうか。

「ここらの家は高床式ですけど、鼠の被害とか多いのですかね?パーディンさん知ってます?」

 私の家は鼠除けがあるのでそんなに気にしなくて良かったのだけれど。

「いや、ここは蟹が出るんや」

「蟹ですか」

 蟹。十脚目短尾下目に属する甲殻類の総称。

 美味しい生き物。

「秋口になるともっっそい数の蟹が移動して、この村を通るんや」

 嗚呼。地球にもそんな蟹がいるな。

 クリスマスアカガニという種類でクリスマス島にいる。

 繁殖期になると数千の数で大移動する。

「その蟹は冷気を出してな、豊穣祭時街に行く時に役立つんや。だからここを通る商人は交渉するんや」

 保冷剤代わりか。

 面白い蟹がいるのものだ。

 帰りにでも余っていたら一杯買って行こうか。

「せや、第三小隊は村長と共に盗賊処理を行う者と海域長にこれまでの経緯を伝える者に分かれて行動し」

 パーディンは私達の後ろに付いてきていた者達に命令を下した。

 この人達が第三小隊なのか、馬車付近で待機している人達なのかはわからない。

 しかし、今いる中で五人も兵を出すというのだから太っ腹である。

「あっ。そうだ。パーディンさんにこれを渡しておきます」

 魔術のが描いてある包み紙を渡す。

「これは、盗賊の入っている檻の鍵です。これが無いと三日は開きません」

 昔で言う|絡繰り≪からくり≫箱のピース。今で言うパスワードみたいなものだ。

「後で直接行く兵に渡しておくわ」

「使い方は檻の前で紙を破くだけです」

 落とし穴と同じ原理だ。

 後は勝手にやってくれる。

「さて、積み荷や編成が終われば出発や。それまで待機」


 ◆

「ヴっ。気持ち悪い」

 吐きそうになりながら馬車の縁にしがみつく。

『お嬢様、あまり無理をなさらないでください。寝転がるなら私の膝をお使い下さい』

 シルキーさんはポンポンと太ももを叩いて膝枕を誘ってくれるが、シルキーさんの太もももそんなに柔らかくない。

 そして寝転がると余計に吐きそう。

「お嬢にも苦手なものはあるんやな」

 ルォーツと別れ、ノリノリで馬車に乗ったが今この惨劇である。

 揺れる馬車。狭い密室空間。どことなく生臭い。最悪な状態である。そんな中酔わないはずもなく。

「なら気分を紛らわせるよう、何か話そうや」

 私は俯き加減でパーディンを見た。

「せや、あんまり良い話題やないが、マーマンとの解決策とかどうや?」

 その話題が出た瞬間にシルキーさんがパーディンを睨んだ。

『あわよくば、お嬢様の考えを横取りなさるおつもりでしょうか?』

 シルキーさんが青筋を立てているのがわかる。血管は無いのだけれど。

「ま、待っといて。別にワイはマーマンに直接関わって無いんや。兄上や海域長の仕事や。ただの意見交換や。気軽なトークで他言せん」

 パーディンが必死に政治的利用が無い事を説明する。

『そうでしょうか』

 シルキーさんは不信の念を抱いている。

「良いですよ。そのトーク乗ってあげますよ。このままじゃ気分が死にそうです」

 すでに瀕死の域だ。息をしなくなるまで後ちょっとの所なのだ。そう。必死の域だ。

「確かマーマンは海域長の海域を借りて住んでいたのですよね。海域を借りて近くの街に魚を卸していたと」

「せや。やけど、代が変わってか自分の海域だと言い、街に魚を卸さなくなったんや。しかも、街のヒトが漁業をしようとすると邪魔をするまでになったんや」

 嗚呼。調子に乗ってしまったという事か。

「人魚族は街と連携していて、「街に魚を卸す事」を海域の借りを返す事としてたんや。んで、街からは人魚族に色々融通させてもらっとるわけや」

 見事に三角関係だ。

「それは、マーマン側も理解している?」

 パーディンは頷いたが、「多分」と曖昧な言葉を付け加えた。

「やけど今回、契約を再確認したはずや。それでも状況は変わらずやな。このままだと戦争や」

 そうなのか。もう引けに引けないのだろうか。

「まぁ、戦争は相手が譲歩するかどうかで決まるので何も言えませんが、戦争のやり方としては色々ありますね」

 言い分が衝突するから戦争になるわけで、撤回出来るようなら戦争は起こらない。

 戦争は対等であり不公平である。

 戦う場において生死の天秤はどちらにも振られるが、兵士の差などは公平では無い。

 どんな|強兵≪つわものども≫も死ぬ時は死ぬのだ。

「私なら――禍根の残らない戦争にしたいですね」

 パーディンから「ほう」と興味ありそうな声が聞こえた。

「禍根の残らないなんて、どんな方法や?」

「私は――人魚族は街と仲が良いのでしたら、マーマンは女子ども問わず|鏖≪みなごろし≫ですよ」

 パーディンの顔が引きつる。

 そりゃあ戦争が起きない方が良いわけで、回避出来るなら越したことはない。

 しかし、こういう輩が禍根を残し、平和な時代になった時こそ面倒な事が起こる。

「人魚族は出来るだけマーマンを殺し、他のヒト族にもマーマンを殺したら懸賞金を出すようにします。一匹残らず、絶滅に追い込みます」

「それは、色々と問題やろ。兵ならまだしも非戦闘員まで殺す事は無いやろ」

 まぁ、普通ならしないし、出来ないだろうが私が考える最良の一手を言っているだけの事だ。

「ここで現実的な事を言ってしまうのは良くないでしょう」

 私はニコリと微笑みかける。

 シルキーさんでは無いが、現実的な案を出して政治関係に巻き込まれるのは避けたい。

「何が悪いって、喧嘩売った相手が悪いわけで、略奪するつもりなら全て失うつもりじゃなきゃですよ」

 何か事柄を考えるならば、最善の結果と最悪の結末を想定しなければならない。

 マーマン側からしたら、最善の結果は海域を制し、自らの独立と誇りの拡張だ。逆に最悪の結末は絶滅である。

 その最悪の結末を実現させようとするだけである。

「見通しの甘いって事やろか。逆に人魚族も絶滅を片隅にでも置いておいた方がエエか」

 パーディンの言葉は自分に言い聞かせるようだった。



 ◆

「ルォーツと言ったね。これからよろしく。住居は安定するまで私の家を使ってくれ」

 私はこの村に受け入れられた。

 クルス様はパーディン様と合流したのち、私をこの村へ置いて去って行った。

「よ、よろしくお願いいたします」

 まだ男の人は怖い。

 けれど、私はそれよりも怖いものを感じたので盗賊の怖さなど小さなものに感じた。

 クルス様が去って行った事で大きなため息が口から洩れた。

「ため息なんて吐いてどうした?嗚呼。色々怖い事があったから疲れただろう。今日はゆっくり休むと良い」

 村長さんは男の人だけど、お父さんのような眼をしていて恐怖心が薄らいだ。

「い、いえ、盗賊の事はもう吹っ切れたように感じます」

 自分でも不思議な気持ちだ。

 恐怖心で目を開ける事すら嫌だったのに。

 今は怖い夢でも見ていたかのような気分だ。

 長い長い、一瞬の悪夢。

「それは――良い事かもしれないが、あまり無理をするものでないよ」

 村長さんが気遣ってくれて優しい気持ちになる。

「あ、あの、クルス様の印象を聞いても宜しいでしょうか?」

 村長さんからしたらクルス様はどう写っているのか気になった。

 私がおかしいのか、私の印象も合っているのか。

「クルス嬢ねぇ。最初は驚くほどの美しい女の子だった。しかし話してみれば思慮深いというか、思考が重いというか」

 私もあの場にいたのでわかる。

 見て、考えてを繰り返した先の言葉だと感じた。

 教えて貰ったわけじゃない。自分で考えた言葉だった。

「わ、私、クルス様に救って貰って、恩義が無いわけじゃないんだけど、正直クルス様が怖かった」

 盗賊よりも、男の人よりもクルス様と一緒にいる方が恐怖を感じていた。

「ク、クルス様が盗賊を痛めつけていた時、私も横にいたんです。痛めつけながらクルス様は笑っていたんですよ。その眼が私を犯した盗賊の眼と同じだったんです」

 今でも覚えている。――というよりも忘れられない。

 人形のように美しい女の子が、私が恐怖していた盗賊を恐怖で制圧した姿を。

「じ、実はホッとしてるんです。クルス様と離れられた事に」

 村長さんは、私の話を只々聞いてくれている。

「お、恩は返そうと思います。この村にもクルス様にも。けれど、ど、どうしてもクルス様が怖い」

 その言葉は心からの叫びのようだった。

 魔物のいる池をずっと見続けていなければならない恐怖心のようだった。

 いつ襲われるかわからない気持ち悪さ。

 解放された今では盗賊なんてどうでも良くなってしまった。

「確かにクルス嬢は外見とちぐはぐだから|歪≪いびつ≫に見えるんだろうな」

 そう言って村長さんは私の頭を撫でた。



 ◆

 ワイは心の中で舌打ちをした。

 気軽なトークやと言ってみたものの、何も収穫が無かったからや。

 いや、それはお嬢がそうさせたんやろな。

 お嬢ならこのトークで収穫がありそうな提案も出せたはず。それをしなかったんは、優しさか?それとも本気の案やったのか。

 どちらにしてもこの話題は終わりやな。

 ただ、勝てる戦でもリスクある事を確認出来たので良しとするか。

 馬車が止まり外からノックが聞こえた。

 まだ街に着くはずは無い。休憩もまだ先や。

「パーディンデン……様、街付近の平野でゴブリンの集団がいるとの情報です」

 入って来たんは斥候を任せた兵の一人やな。

 それが情報を持ち帰って来たって事は、良くない事態や。

 しかし、「殿下」呼びは辞めるよう言ったんやが、ギリギリやな。

 お嬢やシルキーの姉さんにあまり距離を置かれたく無いからな。

 まぁ、ワイの杞憂かもしれんが。

「集団はどんくらいや?五十ぐらいか?」

 二十未満なら護衛メンバーを割いて戦えるはずや。|陸≪おか≫でもそれぐらいは戦える。

 斥候は「いえ」だの「その」だの言葉を濁している。

「はよ言わんかい」

 はっきり言わんのは指示する側にとって困るんや。

 情報が無いと停止、進行、撤退の指示すら出来ん。

「か、数は百を超えるかと」

「はぁ!?百は集団やのうて|氾濫進行≪スタンピード≫や!」

 何でこんな時に。

「|氾濫進行≪スタンピード≫って何ですか?」

 冷静なお嬢から質問が入り、シルキー姉さんが質問に答える。

『魔物が溢れて一つの場所に侵攻する事ですね。魔物の巣や|巣窟≪ダンジョン≫から溢れる時に使います』

 説明は有難いが呑気やな。

「街には兵や冒険者がおる。ただのゴブリンなら大丈夫やろう」

 ただのゴブリンなら。自分で言っておきながら、それ以上の存在がいるのがわかる。

 それ以上の存在無しでは纏まって街へ行く事は無い。

 指揮する存在がいなければ四散して終わる。

「先を行った商人達は引き返しているようです。ゴブリンはこちら側へは来ないかと」

 一安心ではあるが、どうしたものか。

 街へとの関わりがある為、援軍は出したい。しかし、街との連絡がとれない以上援軍は出せなさそうや。

 下手にこっちから攻撃してしまうと集団がこっちに来てしまう。

 しかも相手が百以上となれば街の援護が遅ければ全滅や。

「パーディンさん」

 あの街も辺境にあるから防壁は硬い。

 やけど――

『パーディン。お嬢様が呼んでいらっしゃいます』

 シルキーの姉さんの風に殴られて呼ばれている事に気づいた。

「いや、もっと優しくして!」

『軽く小突いただけでしょう』

 いや、結構な痛さやで。

 やっと立っていられるレベルや。

「パーディンさん。私達は傭兵として雇われているんですよね?」

 お嬢が変な事を聞いて来た。

「そりゃ建前上やけどな」

 お嬢に恩を売って何かあった時に返してもらおうと考えての事や。

 どうせこの辺りに魔物はおらんと高を括ってたんやが、最悪な展開になってもうたな。

「傭兵なら依頼主を目的地に届けるのが仕事だと思うわけですよ」

 そりゃ普通の傭兵なら当たり前や。

 いや、まさか――

「私達がなんとかしますよ。馬車に揺られるのは正直辛いので」

 後半が本音やな。

 しかし、そうなると恩は売れんな。逆に恩を売られてしまう。

 恩の押し売りは止めた方がエエって教えやろか。

「そうだ。ゴブリンって美味しいですか?」

 変な――気色悪い質問やな。

「食った事があるヤツは知らんが、不味そうやな」

 皮膚は緑やし筋っぽそうや。

「んじゃ、青の顔料は高く売れますか?」

 なんや。話の脈略がわからん。

「まぁ、青は貴重やからな。青欲しさに宝石を砕くなんて話もあるで」

「なら、儲け話といきましょうか」

 お嬢がニヤリと笑う。

 儲け話なら喜んで喰らいついたる。

「これから言う物をメモして下さい。藁灰や木灰を水に浸した上で上澄みをすくった液を乾燥させた物。使うかわかりませんが、鉄錆。紙。試験管とビーカー。高熱の火。濾過紙。水。|緑礬≪りょくばん≫と呼ばれる鉱物、または希硫酸で溶かした鉄。希塩酸。以上です」

 なんや?せっせとメモを取らせたが、何かわからん物が多すぎる。

 専門用語か何かやろか。

「それと、臭くなっても良い――、換気の良い場所ですね」

 それは臭くなるって事かいな。

「勿論やり方は教えてくれるんやろ?」

 これで何も教えないとか言われたら生殺しや。

「もちろんですよ。ですが、投資するかどうかの判断は任せます。場所や材料確保も大変でしょうから」

 売れれば黒字なんやろうけど、それまでの投資が問題か。

 お嬢の件はそういう物が多いな。ハイリスクハイリターンや。

「なら、技術を売るんはアリか?」

「良いですが、そうなると利益的には少ないですし、パーディンさんに一つ借りを返した事にしますよ」

 やる前から本人に直接言うんは失礼かもしれんが、それで良いなら色々と捗りそうや。

「到着地点の街に技術売って、盗賊関係の援助を勝ち取るわ」

 それなら最終的にハイリターンや。

 上手くやれば二つの貴族に恩が売れる。

「では、私達は先に行って戦ってきますよ。パーディンさん達は後からゆっくり来て下さい」

 そう言ってシルキーの姉さんと共に走り出した。



 ◆

「あれがゴブリンかぁ」

 緑色の群勢が見える。

『多いですね。二百近くいるかと思いますが、どうしましょう』

 シルキーさんが不安がるのもわかる。

 アレを二人で一体ずつ倒していくのは無理だろう。

 私が魔法を使えば倒せる。倒せるが、跡形も無くなるだろう。

 そうなるとパーディンとの儲け話も遠退く。

「私に考えがありますが、失敗したら御免なさい」

『お嬢様の作戦ですから大丈夫だと思います』

 シルキーさんは私を過信しすぎじゃなかろうか。

 シルキーさんに作戦を伝え、私達はゴブリンの前に立ちはだかった。




 ◆

 ワイがゴブリンの軍勢の下に向かった時にはもう終わっていた。

 いや、終わっていたと言うには語弊があるか。

 始まってすらいないかもしれんし、途中とも言える。

 現にゴブリンは目の前で生きている。そして死んでいっているんや。

「どういう事や」

 目の前の現実が理解出来ていない。

 ここに着く前に斥候が戻って来て現場の状況を伝えた。

「ゴブリンは|跪≪ひざまず≫いて大人しく自分の首を差し出しとります」

 そう言われた時に何が起こっているか理解出来なかった。

 そして今も理解出来ていない。

 斥候が言った通りの言葉が行われていた。

「あっ。パーディンさん、早かったですね」

 お嬢がワイに気づいて悪臭と共に近寄って来る。

 血生臭い。

「これは……なんや?」

 何て問うたらエエのかすらわからへん。

「嗚呼。シルキーさんが【威圧の魔眼】で抑えてるんですよ」

 魔眼って。対象は一人から三人程度が限界なはずや。

「私が魔眼の魔力に干渉して、魔力を足しながら延ばしてみたんですよ。成功して良かったです」

「そんなパンやないんやから」

 ワイのツッコミは尻すぼみとなって虚空へと消えた。

 確かにシルキーの姉さんは【威圧の魔眼】があって、お嬢は【魔力干渉】が出来ると聞いた。

 聞いたが、魔眼の魔力に干渉して延ばすなんて意味わからん。

「シルキーさんは魔眼の魔力維持で動けないので、ゴブリンを討伐していくのは私だけなんですよ」

 お嬢は「一人じゃキツイ」と言いながら肩をグルグルと回した。

「いや、一人じゃキツイのレベルやない!おかしいやろ」

 百よりも二百近いのだ。抵抗しないとかのレベルじゃあない。

「パーディンさんも手伝って下さい」

 そう言いながらゴブリンの首を切り、足首をフックのようなものにかけた。

 フックは木の枝ような物の先にあり、首から血を流しながら逆さ吊りの状態になった。

「血液を集めるのにツリー状のゴーレムを造ってみたんですよ。魔眼維持でシルキーが大変なので、殺してますが、顔料を作るのに血液は必要なので、これで血抜きしようかと」

 見上げると首から血を流したゴブリン達が逆さ吊りになっていた。

「地獄絵図や」

 思わず呟いてしまった。

 血は流れ、岩で出来た桶のような物に集まっていた。

 胃の中から酸っぱい物がこみ上げ、口元を覆うもそれさえ突破して吐いた。

 |項垂≪うなだ≫れるようにして吐いた。

 周りから何人か「殿下」と声が聞こえたが、ツッコむ気にすらなれん。

『全く、使えませんね』

 遠くからシルキー姉さんの悪態が聞こえたが、血の気がひいててそれ所じゃないんや。

「海の中で生きているのですから、しょうがないですよ」

 お嬢はフォローしてくれているようやが、|違≪ちゃ≫う。そんなヤワな事で吐いたわけ違うんや。

 護衛に支えられ、呼吸を戻す。頭に血を戻す。口の中の胃液は胃へ戻す。

「ワイは街へ行ってゴブリンを解体出来る冒険者等を連れて来るわ」

 ここにいても役に立たんからな。

 ――なんて。ここから立ち去りたいだけや。

「あまり無理しないでくださいね。護衛の人だけでも良いんですよ」

 お嬢は優しい言葉をかけてくれるが、ワイはここから脱出したいんや。

「行って来るわ」

 蚊の鳴くような声しか出て来んわ。

「行ってらっしゃい」

 お嬢に見送られ、ワイは馬車に乗って護衛と共に街へ向かった。



「しかし、殿下は血が苦手だったとは」

 馬車の中で同席した護衛の一人が言った。

「阿呆か。あれはお嬢の天然ボケや。血ィ見て吐いたワケやない」

 何でお嬢は変な所で天然なんかわからん。

 他人の事やとそこまで考えんのか。ヒトの心がわからんのか。

「ワイの考えが甘かったんや。人魚族とお嬢が争う事になった場合、あのゴブリンの姿はワイ達やぞ」

 護衛達は想像したのか、みるみる顔が青ざめていった。

「し、しかし、クルス嬢と殿下の仲は良好なはず。争う事など」

 ――無い。と言いたい所やが、それが有る訳や。

「ワイは敵対するつもりは無いで。やけど、街とお嬢が争ってみぃ。ワイ達は街と古くからの友好関係がある。そしたら人魚族は街に味方せなアカン。負け戦と知っててもや」

 護衛全てが黙った。

「ワイはこれまで幾人かの武人がいれば、民を逃す時間くらい稼げると判断したんや。やけど、アレは無理やな」

 みなごろしや。

 マーマンとの戦争話であんな事言ってのけるワケや。

「何が「戦ってきますよ」や。アレが戦いに入るワケないやろ」

 今日一日で精神がすり減った気がする。



 ◆

「皮膚が緑色」

 ゴブリンを見て呟いた。

 緑と言われたら緑色だが、綺麗な緑色とは違う。

 プルシアンブルーを作る時の途中――二価鉄のフェロシアン化物錯体みたいな色だ。

 プルシアンブルーというのは青い顔料。

 しかし、作る材料が血肉という不思議な顔料だ。

 本来なら四足歩行の獣が良いと聞くが、今回はゴブリンでやってみる。

 四足歩行の獣なら食えるが、ゴブリンは食べられないらしいので血肉を高価な青へと変えてみようと思う。

 しかし、ゴブリンは緑というよりグレイだ。

 血液が緑なわけではない。

 血液が緑になると緑色の肌になる訳でもない。

 岩に苔が生えて枯れたような上に雨で濡れたような色。モスグレイとでも言うのだったろうか。

 通常、皮膚が緑になる事は無い。

 緑色爪症候群という細菌によって爪が緑色になる事はある。

 しかし、爪と皮膚では違う。

 しかも全員菌に感染しているとなれば解体するのさえ気が引けるが、血液も赤く、感染症という感じには見えない。

 人間も血液が青になる事がある。

 メトヘモグロビン血症という症状だ。

 チアノーゼが起きて血液が青になる。

 チアノーゼは、寒い日に入って唇が青くなる状態だ。

 それでも末端しか青くならない。

 肌地さえも青くなる事は無いだろう。

「シルキーさんはゴブリンの肌がこの色なのは何でだと思います?」

 取り敢えずシルキーさんの意見を聞いてみる。

『そうですね。岩陰に隠れたりするのに便利だからでしょうか』

 ふむ。擬態的な事だろうか。

 私の質問の仕方が悪かったので、違う方向から返って来た答えだが、面白い。

「面白い考えですね」

 擬態か。トレントの情報から考えたのかもしれない。

 色での擬態。例えば|蛸≪タコ≫だ。

 タコの皮膚には褐色の色素細胞がある。この色素細胞は引っ張ると白っぽい色になり、緩めると濃い色になる。

 皮膚の下の筋肉で引っ張ったり緩めたりして自由自在に色を変化させているという。

 しかし、蛸のような柔軟性が無いといけない。それに仕組みは蛸とは違うだろう。

 同じであれば柔軟な体を手にした場合に|透明≪ステルス≫ゴブリンが出来上がる。

 中々に恐ろしい。

 普通に人間で考えれば、肌に含まれる色素のメラニンの量で白人、黒人などと色が変わる。

 肌の色で人種差別などあるが、私からしたらどちらも羨ましいとも思える。

 産まれながらにして持っている格好良さだろうに。実に愚かな事だよ。

 話は戻るがシルキーさんの考えだと環境に適応した肌だという事だ。

 それで言うならば、ホッキョクグマだろうか。

 実はホッキョクグマの肌は、黒い。そして毛は白に見えるが、透明である。

 極寒の地で暮らすホッキョクグマは皮膚の下に厚い脂肪層があるが、その脂肪層を包む皮膚も熱をよく吸収できるように黒色である。

 ゴブリンも先祖が極寒生まれで、熱を吸収するためにグレイだったりするのだろうか。

 それならば、極寒地帯を発掘してゴブリンの化石が見つかるかどうかだ。

 この世界でも化石発掘調査はあるのだろうか。

 あるか。どんな世界でもモノズキはいるだろう。

 それにしてもゴブリンは腹の出ている者が多い。

 腹が出ていると言っても、肥えた身体というわけでは無い。

 栄養失調だ。栄養失調になり、腹水と呼ばれる状態になっている。

 文字通り、腹に水が溜まっている。

 地獄の|餓鬼≪ガキ≫のようだ。|小鬼≪ゴブリン≫も餓鬼も似たようなものなのだろうか。

「この数で飢餓状態という事は、どこかに本拠地があって、食料を求めて彷徨っているのかもしれませんけど……シルキーさんはどう思いますか?」

 本拠地の食料が無くなり、追い出されて来たか。もしくは、本拠地付近では食料が取れない状況にあるか。

『ゴブリンの上位種がいるので、全体で移動しているかと。もし、他に拠点があるなら上位種は拠点に置いておくと思います』

 シルキーさんの考えの方が正しそうだ。

「そうですね。食い扶持が無くなったら、雑魚だけ切り離すのが一番効率が良いですね」

『あの、その言い方だと私が悪いみたいな言い方に……』

 確かにそうか。

「シルキーさんは無駄食いを追放すると」

『お嬢様、もっと悪くなってます』

「冗談ですよ」

 こんな事を言いながらもゴブリンの首に刃物を当てて、引いていく。

 まだ半分以上いる。

「街に着いたら美味しいものでも食べましょうか。パーディンさんのお金で」

『そうですね。良い物を食べましょう。パーディンのお金で』

 やる気が沸いたので気持ちが軽くなった。

 やはり、単純作業で二百近い殺生というのは中々に面倒臭くなる。

『お嬢様、それはゴブリンソルジャーです』

 シルキーさんに指摘され、上位種用のツリーに引っ掛ける。

 この中にはゴブリン、ホブゴブリン、ゴブリンリーダー、ゴブリンソルジャー、ゴブリンナイト、ゴブリンジェネラルの六種がいる。

 ゴブリンジェネラルは一体しかおらず、最初に片付けた。

 進化――超的変異と呼ばれるもので、姿形が変わる変態するタイプと、装備が増えたり変わったりするタイプのものがいる。

 ゴブリンは後者で、装備が増える。

 ゴブリンリーダーは棍棒を持ち、ソルジャーは剣を持つ。ジェネラルはフルアーマーで覆われ、大剣を持っていた。

 不思議なもので、超的変異によって出た装備は使用者の魔物が死なない限り外れない。

 外れないというには語弊があった。正確には武器を壊したりしても新たに生成される。

 ゴブリンジェネラルが生きていた時に、兜を遠くに投げてみたら新たに兜をかぶっていた。

 面白かったので、それを何回も繰り返していたら解体が遅くなってしまっていた。

 後悔は無い。後はパーディン頼みだ。

 マンパワーが必要だ。

 私が魔力タンクとなって干渉しているが、シルキーさんもゴブリンを見続けるのは辛いだろう。

 パーディン、早く帰って来ないかな。



 ◆

 街ではゴブリンの軍勢がいると報告を受け、騎士の討伐部隊と冒険者ギルドから派遣された冒険者が門の前に集まっていた。

 ワイはこの街のスヴァンテ辺境伯に一筆書いて部下へ渡す。

「パーディン殿下では無いか!ゴブリンの軍勢が平原にいたはずだが、良くぞご無事で!」

 馬車から降りると騎士隊長をやっているグランドに声をかけられた。

「ゴブリンはワイの護衛によって足止めされとる。手を貸してくれると助かるんやが」

 嘘は言っとらんで。

「あの数を護衛でか!人魚族の武力は凄まじいな!しかし、数が数だ。早急に向かおう」

 嗚呼。ワイは嘘は言っとらんで。

 人魚族でも無く、数も二人だけで制圧しとるとは言っとらんけど。

「詳細は現地にて話すさかい、取り敢えず大人数借りるわ」

 ワイは現実逃避や。

 あんな状況を説明できるワケないやろ。

 ワイは馬車に乗って目を閉じた。



 ◆

『お嬢様、パーディンが帰って来ましたよ』

 遠くに馬車が見える。

 後ろに馬に騎乗している人間が多くいる。

 イグアナじゃなく、ちゃんとした馬だ。

 手を振りながらも百体目のゴブリンに刃を当てる。

「連れて来たで」

 何やらやつれているようなパーディンが馬車から降りた。

 嗚呼、血が苦手なんでしたっけ。

「こちらクルス嬢とシルキー嬢。ワイの臨時護衛や」

 馬から降りた鎧を着た男に紹介されたので、軽く挨拶をする。

「お嬢さん方が護衛?嗚呼、すまない。私はグランド。第二騎士隊長をしている」

 後ろに騎士達が並んでいる。

「えぇ……と、他の人魚族は何処にいるのかね?応援として来たのだから、顔合わせも必要だと思ったのだが」

 パーディンは何も説明していないのか?

「ここにはクルス嬢とシルキー嬢しかおらんで」

 パーディンはグランドの肩に手かけ、首を振った。

「いや、そうなると二人の少女によって、この数のゴブリンが制圧された事になるのだが」

 グランドはパーディンを見るが、パーディンは頷くだけだった。

 グランドは沈黙し、他は騒然とした。

「ええと、ゴブリンは生きているので、手伝って欲しいのですが」

 私が会話に入り、あえて空気を壊す。

「首を切ってこの木に引っ掛けて下さい。上位種はあちら側に、普通のはこちら側にお願いします」

 ゴブリンの首に刃を当て、頸動脈けいどうみゃくを切って逆さ吊りにして見せた。

「おい、こんな討伐方法見た事ねぇぞ」

 騒然とする中、騎士の話し声が聞こえた。

 まぁ、他にこんな討伐方法をやっている人がいたら凄いと思いますよ。

 私一人じゃ出来ないわけで、シルキーさんとの共同作業だからこそ出来るのだから。

「取り敢えず方法は分かった。色々後で説明してもらおう。各員、準備にかかれ!上位種と通常種に分かれて解体だ!」

「はっ!」

 騎士らしく団体行動が上手く出来ている。

 二手に分かれ、行動を開始した。

 上手くいけば一人あたり二、三体解体すれば終わるだろう。

「パーディン殿下、説明を頼む」

 パーディンが目を逸らして嫌そうな顔をした。

「お嬢、助けてくれ」

『道中説明しなかった貴方の責任です』

 シルキーさんがバッサリと拒否した。

 私はパーディンを無視して騎士達と作業に励み、パーディンはグランドに説明を長々としているようだ。

「やはり食べるのは止めた方が良いか」

 私は上位種のゴブリンを眺めながらつぶやいた。

『スキルが手に入るかもしれませんが、宜しいのでしょうか』

 シルキーさんが私の呟きを拾って返した。

「いや、流石にヒト属のような魔物を食べるのはヤバいかと」

 シルキーさんが首を傾げた。

「オークは食べたのにですか?」

 二足歩行の豚の魔物は食べて、ゴブリンを食べない理由が分からないようだ。

「ええ。オークは魔物でも豚だったのですよ」

 シルキーさんは何を言っているかわからない顔をした。

『豚の魔物ですので、当たり前かと』

 そうだろう。しかしながらそれが当たり前では無いのだ。

「オークは二足歩行が出来ても、人間――普人とは違う動物でした。まず、足。本来の|鯨偶蹄目≪くじらぐうていもく≫のように2つに割れた|蹄≪ひづめ≫がありました。そして蹄は|主蹄≪しゅてい≫と|副蹄≪ふくてい≫があったんですよ」

 豚の指は四本と言われるのが、主蹄と副蹄の各二本である。

「そして、|足根骨≪そっこんこつ≫はヒトとは違い、|脛≪スネ≫の方から|脹脛≪ふくらはぎ≫まで伸びていました」

 人間は足の裏までしか足根骨が無い。

 大きな骨盤と筋肉で脚を支えていたのだと思う。

「手の指も主蹄と副蹄が形を変えたもので、四本指。頭蓋骨を見たら猪のようでした」

『それで豚や猪だと判断したのですね。しかし、ゴブリンを食べない理由は未だわかりません』

 そう。オークは豚だと判断したまでだ。

「ゴブリンは五本指で人間と同じような構造なわけですが、人間は人間を食べてはいけない理由があるのですよ」

 禁忌とされているには理由がある。

 ただ気持ちが悪いだとか生理的に受け付けないだとかじゃあない。

「ヒトがヒトを食べると、クールー病という病気になるのですよ」

 このクールー病は厄介で、細菌やウイルスでの病気では無い。

「クールー病はヒトのプリオンというタンパク質が原因で、脳や骨髄を食べると多く摂取されます。このクールー病は致死率が百パーセントで罹った場合は必ず死にます」

『そ、それは恐ろしいですね』

 シルキーさんはゴブリンを見上げた。

 クールー病は聞き覚えが無い人もいるが、狂牛病という名前なら知っている人も多い。どちらもプリオンというタンパク質が原因で起きる。

『お嬢様はそれを忌避したわけですね』

「ええ。しかし、私がヒトである前提で、しかも魔物というカテゴリーだった場合はどうなるか分かりませんけれどね」

 私のカテゴリーが何処に入るのかが未だに分かっていない。

 錬金生命体のカテゴリーは何処いずこ

「ゴブリンはヒト型の魔物ですから、やはりそれなりにヒトの特徴を得ているのでしょうね」

 マンドラゴラは草木の特徴――光合成が出来る。

「トレントもナナフシの特徴があったか調べたかった」

 トレントの種はあるが、流石に無闇矢鱈に魔物へ変貌させる気は起きない。

『ナナフシの特徴というのは何でしょうか?』

「ナナフシは基本的に両性生殖――えっと、オスとメスで交尾して繁殖します。しかし、一部の種では単為生殖、すなわちメスのみで繁殖を行うのですよ」

 林檎があったのだから、あれはメスと考えている。単為生殖の場合、オスはレアケースである。

「また、ナナフシと言っても十四の体節があります」

『節は七つでは無いのですね』

 それは七不思議ですな。

 ――これは言わないでおこう。

「ゴブリンの中身……内臓もヒトと酷似しているのですよ」

 雑食であり、胃腸の位置も同じ。

 オスもメスもいる。

 今のところ、ヒトとゴブリンの違いとしては魔物であるか無いかだけだ。

「やっと解放されたわ。見捨てるなんて酷いやないか」

 パーディンが説明から戻って来た。

『それは貴方の自業自得です』

 シルキーさんはキッパリと言い放つ。突き放す勢いで言い放つ。

「そうだ。魔法でも良いので火を扱えるヒトとかいませんかね」

 私は火を起こせない。

 いや、語弊のある言い方だったか。消し炭をを作って、その熱で火を起こすしか出来ない。

 凄いチート級の魔法なのだけれど、使い勝手が悪すぎる。

 ゴブリンを炒めて水分を飛ばすだけなのに、消し炭を作ってどうする。

「火か。ならば、私と交渉してはくれないだろうか」

 部下に指示を出し終えたグランドが手を挙げた。

「部下に四人ほど火系統の魔法が使える者がいる。部下を貸す代わりにゴブリン上位種の装備を貸してはくれないだろうか。スヴァンテ辺境伯へ報告として証明するものが欲しい」

 ふむ。上位種がいた証拠は装備で出来るのか。

「私としては、パーディンさんにゴブリンの血肉を与えられたら良いので装備は要らないのですが」

「お嬢!言い方!ワイを頭のイカれた感じにするなや」

 パーディンからツッコミが入る。

 シルキーさんの方から『違うのですか』と呟きが聞こえたが、スルーしよう。

「私は今パーディンさんの護衛ですので、権限はパーディンさんにあります」

 私はパーディンを見た。

「お、おう。お嬢が全て討伐したようなモンやし、お嬢に任せるわ」

 そうか。

 こちらとしてはゴブリンの装備なんて予想も無かった上に、要らない。

 火を扱う人が借りれるならそれで良い。

「わかりました。上位種は血抜きが終わっている物が多いので降ろしておきますね」

 私は上位種のツリーを崩し、死体を並べていく。

 魔物は命が絶たれると装備が外せる。

 |所謂≪いわゆる≫、|戦利品≪ドロップアイテム≫となる。

「装備品は魔力で形成されているのか、それとも違う何かなのか」

 わからないが、完全に質量保存の法則を無視している。

 グランドはゴブリンジェネラルの鎧を剥がし、剣と一緒に布で包んだ。

「アラズ、ゲティ、エアテ、イシュム整列!」

 そう叫ぶと四人の騎士がグランドの前に現れた。

「この四人が火系統の魔法を扱える。後はクルス嬢の指示に従うように」

 四人の騎士が返事をし、私の前に並んだ。

 左からアラズ、ゲティ、エアテ、イシュムなのだろうが、私は名前を覚えられそうにない。

「すまないが、私は先に報告へ帰る。イシュム後は頼むぞ」

 グランドは馬に乗って街へと帰って行った。

「えーと、私が血抜きしたゴブリンを切り刻むので、血肉を一緒に煮込んで欲しいのですが、宜しいでしょうか」

 騎士達の顔色が良くない。

「いや、そういう顔になるやろ!何しれっと|悍≪おぞ≫ましい事言うとんねん」

 字面は悍ましいかもしれないが、ちゃんとプルシアンブルーの作成方法なのだよ。

 血の池となっている鍋を支柱を作って少し浮かせる。

「さて、【死の暴風刃】んんんんをぉ最小限にして放つぅぅ」

 魔力を普通に込めたら死体すら残らなくなりそうだから出来るだけ弱めに放った。

 五十体ぐらいのゴブリンが肉片になって鍋へと落下する。

『流石でございます。私も微力ながら援助します』

 もうゴブリンを抑えつけなくて良くなったのか、シルキーさんが【エアカッター】で切り刻んでゆく。

 シルキーさんの方が効率が良い。

 五回放って十体処分出来るぐらいなのだが、魔力消費は軽いうえに狙って打てる。

 私の場合は莫大な量の魔力を抑えこんで被害を出しながら五十体だ。

 私も【精霊魔法】でシルキーさんの【エアカッター】を借りて処分してく。

「騎士さん達、この鍋を何でも良いので火系統で熱し続けてくれませんか?」

「い、いや」

「あ、え?」

「な、何でもありません」

「や、や、やるぞ」

 私達の行動に対してあっけに取られていたのか、ずっとゴブリンの吊るされていたツリーを見ていた。

「せーの!で火系統の魔法をお願いします。シルキーさんは【竜巻】か何かで鍋をかき混ぜて下さい」

 合図を出さないと私が面倒な事になる。

「では、せーの!」

 騎士はそれぞれ詠唱を始めた。

 あっ。ヤバっ。詠唱とかやるんだったのか。

 存在を忘れていた。

 シルキーさんは風を操るから少しでも風があれば省略出来るし、私は詠唱をしなくて大丈夫なので忘れていた。

「「【火炎放射】」」

「【中級火魔法】」

「【篝火】」

 各々火系統の魔法を発射させる。【火炎放射】

「わっ」

「何だ」

「ヤバい」

「怖い。怖い」

 私は彼らに魔力を流し、火を操って鍋を温める。

「何でこんなに魔力が流れては出ていくんだよ!」

 騎士の一人が魔力を制御しようとしたので、私は制御させないように魔力をブチこんだ。

「怖いぃぃぃぃぃ。制御出来ない馬で坂をおりるみたいだぁ」

 そういう感覚か。ブレーキの壊れた自転車で下り坂をおりるみたいな。

 しかし、彼らが魔力をケチってしまうのでは話にならない。

 全力で加熱してもらわねば。

 嫌な臭いが辺りを充満する。

 騎士達は阿鼻叫喚だが、気にせずに満遍まんべんなく加熱してゆく。

『そろそろ良さそうです。これ以上は焦げるだけかと』

 風を使って攪拌かくはんしているシルキーさんから声がかかる。

 騎士の火を消してゆき、魔力が溜まるまで注ぐ。

「流石に疲れましたね」

 四人の魔力を私から補填していくのは中々大変だった。

「騎士様達、この度はありがとうございました」

 お礼を言ったが騎士達はその場に倒れこんだ。

「あ……ありのまま今起こった事を話すぜ!おれは魔力を使っていたと思ったら、いつのまにか回復していた」

「な……何を言っているのかわからねーと思うが、おれも何をされたのかわからなかった……」

 駆け寄った騎士が倒れている騎士に手を貸した時、誰かがそんな事を言った。

 シルキーさんには、まだ乾燥しきるまで攪拌してもらっている。

 熱もまだ冷めていないだろうから、それまで待つか。

「アレは大丈夫やろか」

 倒れた騎士を見てパーディンが心配しているが、騎士達の魔力はいっぱいになっているはず。

「魔力を勢いよく循環させたので疲れたのでしょう」

 体内の魔力流れが良くなっているようだし、問題無いだろう。

「シルキーさん、そろそろ大丈夫ですよ。軽く掬って下さい」

 ビーカーを取り出して、そこに乾いた血肉だった物を入れてもらう。

 すりつぶし、試験管に入れる。

「ここで鉄錆と炭酸カリウム――灰汁を入れます。ゴブリンは飢餓状態なので鉄分が豊富とは言えないでしょう。本来なら入れなくても良いのですが、不安ならあった方が良いです」

 取り敢えずパーディンに説明をする。

 石鹸作りに作ってあった炭酸カリウムを入れ、紙できつく栓をする。

「紙で栓をしたら、また加熱するのですが――」

 加熱と聞いて、騎士達が後退りする。

「高加熱なので、私がやりますね」

 私はそこら辺の石に向けて【獄炎魔法】を使う。

「騎士様はもう大丈夫ですよ。グランド様によろしくお伝えください」

 騎士達はパーディンに礼を伝え、馬早に帰って行った。

 消し炭後に魔力を抑えたまま高温を維持させ、試験管を置く。

「臭っ!何やこの臭い」

 試験管からアンモニアが出て来たのでパーディンが反応した。

「アンモニアですよ。クラーケンにも入ってた成分です」

 口の中が変な感じがした。正直あの味は思い出したく無かった。

「ガラスの軟化点まで加熱しますよ」

 真っ赤になって試験管が変形してきた。

 ある程度加熱したら冷ます。

 冷ますのだが、シルキーさんに頼んで自然冷却より少し早く冷ましてもらおう。

 ボコボコになった試験管から、炭を取り出す。

『真っ黒ですね。青色になるとは思えません』

「化学は面白いもので、色々と変化するのですよ。赤、黒、黄、緑、青へと」

 炭を粉にして水に溶かし、|濾過≪ろか≫して水に可溶な成分を分離させる。

 家にあった紙で濾過フィルターを作ったが、何とか濾過出来た。本来ならちゃんとした物が良い。

『今度は黄色い液体になりましたね。お嬢様の言った通りに変化してゆくのですね』

「この水に硫酸鉄――|緑礬≪りょくばん≫を入れます」

 家に何故か緑礬があったので使わせてもらう。緑礬泉でもあったのだろうか。

「ゴブリン色に戻るんやな」

 沈殿物と共に色がくすんだ緑色に変わる。グレイとも言えるが、緑色としよう。

「そこに希塩酸を入れてゆきます」

 希釈した塩酸は錬金術バッグに入っていた。

 硫酸とかごちゃごちゃあったが、管理はされていたので良かった。

『青くなりました!』

 ビーカーの下の方が水色で、上澄みに綺麗な青が浮かんだ。

 完全に中和が終わるとビーカーが真っ青に変わる。

 パーディンが吐く前の顔のようだ。

「これでプルシアンブルーの完成です」

 パーディンがビーカーを手に取って見てみる。

「ホンマにゴブリンから青が出来よった」

「取れる量が少なく、作る手間がかかるので何とも言えないですけどね」

 苦労した割に報われないかもしれない。

「取れる量が少なくは無いやろ」

 パーディンはビーカーを回す。

「粒子が細かいから多く見えるだけです。水分が無くなったら爪の先にもならない量ですよ」

 まぁ、乾燥ゴブリンが大量にあるから後は頑張り次第か。

「魚でも可能らしいので、マーマンを使っても作れるかもしれませんね」

 てへぺろ。

 とやったらドン引きされた。

「お嬢は――容赦無いな」

「いや、冗談ですよ。私だってゴブリンみたいな大量の雑魚|魔物≪モンスター≫じゃなきゃやりませんよ」

 やだなぁ。

「雑魚?お嬢。ゴブリンは数で勝負して来るんやで。冒険者二人あいてに一体やるぐらいや。ましてやジェネラル級はギルド総出や」

 あれ?ゴブリンは雑魚っていう……事は無いのか。

「お嬢!ちょっとそこに座りぃ!」


 この後、「ヒトの心は無いんか」とか「騎士のプライドも考慮せぇ」だとか滅茶苦茶怒られた。

 異世界に来てから怒られている率が高い気がする。

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