番外編~応え併せ~

 お嬢様と契約更新して一刻ほどしか経ってはいない。

 眠そうなお嬢様と一緒に帰っている途中である。

『お嬢様。もし眠ければ背負います』

「いや、大丈夫ですよ」

 手をパタパタと横に振って否定する。

「眠いけれど、帰ってから寝れば良いし。それに私の籠をシルキーさんに持たせるわけにはいかないからね」

 そうですね。

 お嬢様が軽々と背負っている籠には鉱石が入っている。

 私が持ち上げられるレベルを超えている。

 お嬢様は簡単に持ち上げてはいるが、重くはないのでしょうか。

「そういえば、聞きたい事があるのですが」

 聞きたい事でしょうか。

 私が答えられる事ならば良いのですが。

「シルキーさんが、言いたくない事かもしれないので、私が言ったことに対して「はい」か「いいえ」で応えてくれれば嬉しい」

 無理して答えなくても良い。とも気遣っていただいた。

『わかりました』

 そこまで言われると、どんな事が聞かれるか不安になってくる。

「シルキーさんは前にヒトと接した事がありますよね」

 その事でしたか。

 私自身の身の上話に付き合わせてはいけないと思い、あまり私の話をした事がない。

 その話なら――

『はい』

 ヒトと接した事がある。

 料理もその時に見ていた。

 だから見様見真似が出来た。

「そこで契約者といざこざがあって人間不信になった」

 それは――

『いいえ』

 契約者がいて、人間不信になった結果は同じだけれど、その答えは「いいえ」だった。

『そうですね。私の過去話に付き合わせてもらいますが、よろしいでしょうか』

 お嬢様は驚いた様子で頷いた。

『あれは――』


    ◆

 あれは百年ほど前の事。

 私は風の精霊として、森を駆け抜けていた。

 森を出ると、そこには大きな屋敷が建っていた。

 人間族の使用人が木を剪定していたり、掃除したりしていた。

 人間族に少し興味があったので、その屋敷にお邪魔した。

 精霊は勘のいい動物には見えるが、人間族には殆ど見えない。

 なので、窓が開いている部屋から入っていった。

 別に好奇心から入っているだけだったので、何も考えてはいなかった。

 部屋は小綺麗で、様々な物が置かれていた。

 風通しもよく、良い部屋だった。

 風の精霊なので、風が通る所しか行けない。

 使用人が扉を開けた瞬間に出入りして屋敷を回っていた。

 ある部屋に入ると子どもがいた。

 小さな男の子だ。

 どうせ見えないのだ。近づいてみようとした瞬間――

「誰?」

 私の方を見て言った。

 私が左右に動くと、子どもの目も私を追っている。

 見えている。完全に。

『貴方は私が見えてますか?』

 少年は驚きながらも頷く。

 計算外。

 いや、予想外と言うべきだろうか。

 精霊が見える人間は数少ない。

 この少年はその数少ない類だった。

『私は風の精霊です』

 驚く少年。

『少しばかりこの屋敷にお邪魔しています』

 私が勝手に屋敷に入っているので、お邪魔していた事を話す。

 しかし、この少年は――

「僕はこの屋敷の当主の息子。ウィリアム・アンダーソンです」

 主の息子。次期の主でしたか。

 ふむ。

 それならば、面白い事を思いつきました。

『ウィリアムよ。私と契約をしませんか?』

 契約。精霊の存在を強固とするもの。

「精霊と契約……」

 確かに、いきなり契約と言われても戸惑うのは仕方がありません。

 それに契約内容も決まっていないのに承諾してしまっては愚者の行いです。

『契約してお友達になりましょう』

 少年はまたもや驚いた様子。

 少年は少し悩んだが、その後に頷いた。

「友達になる」


    ◆

「それで友達として契約したわけですか」

 シルキーさんは頷く。

 契約で友達をつくるってナンセンスな気がするけどなぁ。

 まぁ、契約が必要な精霊は仕方がない事なのだろうか。

 しかし、シルキーさんって昔はそんなに警戒心丸出しでは無かったのですね。

 私が悪いわけじゃないのだろうけれど、複雑な気持ちだなぁ。

「それで、友達になって平和に暮らしたわけではないと」

『はい』

 平和に暮らしてしまったら人間不信になるわけがない。

 なってしまったには原因がある。

『あれは、それから二年ほど経ってからの出来事です』


    ◆

『弟ですか』

 私はウィリアムの自室で話を聞いていた。

 ウィリアムと契約してからは屋敷で様々なヒトの仕事を見て回ったり、ウィリアムとお話しをしていたりと自由にしている。

 そんなウィリアムに弟が出来たと。

『それは良かったですね』

 ヒトの営みは素直に素晴らしいと思っている。

 ヒトがいて得られるものも多くあり、増える事で恩恵を受ける事が出来るからだ。

「けど、母上以外の人との……」

 ふむ。ヒトの規則ルールとは面倒くさいのですね。

 つがい以外と子を成してはいけない。

 それがあるからヒトはこの程度の数で済んでいるのでしょうか。

 規則がなければ増え続けて大変な事になりそうです。

 しかし、それを破ったと。

 私はそれがどの様な事になるかは、わかりませんね。

 精霊はヒトとは違うので、その様なヒトの規則には詳しくはない。

 けれど接するにあたって、知っていかなければならない。

『ウィリアムも大変ですね』

 相談のように言われたが、私はそれを解決するすべがない。

 「一」を知る事が出来ているなら、「二」を引き出す事は出来る。

 しかし、私はまだ「一」を知らないのだ。

 役に立てない自分が少しばかり悔しかった。

 

    ◆

「弟ですか」

 新キャラの登場か。

 しかし子どもだろし、歳は離れている。

 何かしでかすとは思えない。

 まぁ、親父さんがやっちまった感じは仕方がない。

 浮気は良くない。

 けれど、領主や一国の王とかになればハーレムとかつくれるのだろうか。

 私?今の私は女性だから、つくるなら逆ハーレムなのだろうが……精神としてはまだ男だから無理。

 ハーレムつくったら百合の花園。

 逆ハーレムつくったら薔薇園。

 複雑すぎる。

 私って意外と詰んでいるのか。

『その弟が産まれて三年目』

 あぁ、ちゃんと聞かなくては。

『そこで悲劇が生まれました』


    ◆

『もうすぐウィリアムは成人ですか』

 十五歳になれば成人。

 精霊の私からしたら十五年なんて一瞬のような歳月。

 しかし、祝うべきでしょう。

『ウィリアムは何か欲しいものはありますか?』

 友人なのだ。祝うべき時に祝う事は

「僕はシルフィーが一緒に祝ってくれれば良いよ」

 それだけなのだろうか。

 ヒトはもっと貪欲と聞いていたのだけれど。

『そうですか』

 精霊とて、得意不得意はある。

 実物に直接触れる事は出来ない。しかし、風の力を使う事は出来る。

 その力で様々な事を企む事も出来るでしょうに。

『本日の夕餉でも見て来ます』

 私は部屋を出て厨房に向かう。

 他人から見えない分、様々な噂が入ってくる。

 風の噂。

 ウィリアムは私と話しているが、他からは独り言を話しているようにしか見えない。

 そのため、変人のようにも扱われている。

 それをウィリアムは「気にしていないから」と笑顔で祓ってしまう。

 なかなか肝がすわっていますが、友人として心配にもなります。

 何か私に出来ることがあれば良いのですが。

 厨房で料理人コック達がせっせと料理を作っている。

 今ウィリアムのスープに塩を入れている所だった。

『今日は少しばかり豪華ですねぇ』

 ウィリアムの成人祝いももう少しだ。

 それに合わせているのだろうか。

 部屋に戻り、今日の食事が豪華だった事を報告する。

『けどスープは塩辛いかもしれない』

「何ですかそれ」

 そう談笑していると食事が運ばれて来た。

 ウィリアムは少しばかり豪華な食事を見て驚いていた。

 私はそれ見て得意気に笑った。

 だから言ったじゃあありませんか。と。

 そしてウィリアムが食べている間に外で成人祝いを考えることにした。

 私なりの祝い。

 風に乗せて花吹雪でも降らせましょうか。

 そう考えていたら、私の【契約魔法】が弾けた。

 ウィリアムの部屋に戻るとウィリアムは倒れ、息をしていなかった。

 私は必死になって助けを求めた。

 精霊だからヒトには見えない。

 けれども必死になって屋敷を駆けた。

 そしてウィリアムはあっけなく死んでしまった。


    ◆

「いきなりの急展開ですね」

 スープの「塩」というのは「毒」であった可能性が高いのですが、ウィリアムが狙われる意味がわかりませんね。

「どうしてウィリアムは狙われたか」

 一番の原因が――動機がわからない。

『では、お嬢様にヒントを差し上げます』

 そう言って三つヒントを貰った。


 一、ウィリアムは父親から仕事を貰っていなかった。

 二、屋敷にウィリアムの味方はいなかった。

 三、弟と生まれる順番が逆ならウィリアムは殺されなかったかもしれない。


 最後の「かもしれない」というのはヒントとしてどうかと思うが、重要そうだ。

 一番目は次期屋敷の主として、仕事を貰うべきなのだろうか。

 こればかりは異世界人だから何もわからない。

 計画的とでも言うべきだろうか。

 二番目のヒントはウィリアムが変人扱いされていたからだろうか。

 いや、それだけで味方がいないのはおかしい。

 そして最後のやつだ。ウィリアムが「弟」なら良かったと。

 権力として考えるなら、ウィリアムに権力を与えたくなかったことになる。

『どうでしょうか』

 考えとしてはあるのだ。確証はない。

 けれども、これは全てひっくり返る結末だ。

「質問は受け付けますか?」

 少しでも情報は欲しい。

『どうぞ』

「一、毒殺であるか。二、父親は浮気をしていたか」

 まぁ、一番目は医学を学ばないとあやふやな回答にならざるをえないだろう。

 けれども、二番目は確証が欲しい。

『私が見た「ウィリアムのスープに塩を入れていた」という現場が毒である可能性が高いですね』

 そう。本来なら「スープに塩を入れていた」が正しい。なのに、と付くのはスープ皿に直接入れていたからだろう。

『二の質問は是。浮気をしていました』

 そうか。

 じゃあ、わかりました。

「ウィリアムは浮気相手の子どもだった」

 そう言うとシルキーさんは『はい』と応えた。

 ウィリアムは浮気相手の子どもであり、長男となってしまった。

 だからこそ屋敷に味方はいなかった。

 そして自室で食事をしていた。

『成人する前に、この世から消しておきたかったのでしょう』

 そう言った言葉が酷く悲しかった。

 私が最初に言った「契約者といざこざがあって人間不信になった」は間違っていた。

 契約者の周りが非道く人間不信になったのだ。

『しかし、あれから百年ほど経っています。いつまでも引きずってはいけませんね』

 これは何とも悲しい過去だった。

 迂闊に聞いて良かったのだろうか。

『そんな顔をしてはいけません。これは、私が話したかったのです』

 そう言った。

 そう言ってくれた。

 私を気遣ってくれた。

「シルキーさんは、強いと思います」

 そう言うしかなかった。

『女性に言う言葉ではありませんよ』

 そう言ったシルキーさんの声は少し上ずっていた。

 私はもしかしたら酷いことを言ってしまったかもしれない。

 私の言葉で悩ませてしまったかもしれない。

 けれども、シルキーさんの過去を私も背負って生きていく事にする。

 悔いも悲しみも。

「話してくれてありがとうございました」

 こういう事を告白するには勇気がいる。

 嫌な思い出はそのまま埋めておきたくなる。

 それを掘り返させてしまったのだ。

「やっぱりシルキーさんは強いですね」

 そう言ったらまた『女性に言う言葉ではありませんよ』と返してきた。

 今度の声は上ずっていなかった。

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