番外編 恋から愛へ②(☆)
レティリエは鏡の前に立って自分の姿を見た途端に赤面した。
(こっ、これはちょっと……やりすぎよね……)
顔を真っ赤にしながら視線を落とす。 襟ぐりが深く、胸元が空いたブラウスからは白い双丘がふっくらと覗いていた。
あまりにもあからさまな装いに、慌てて服を脱ぐ。結局いつものワンピースを着て、レティリエは肩を落とした。
明日はドワーフの集落に二人で行く為、今日はテオが作ってくれた家で過ごすことになっている。村の喧騒から離れた二人だけの空間は、甘い夜を紡ぐにはぴったりだ。
グレイルは夕食後に外に出ていったようで今はいないが、そろそろ帰ってくるだろう。
彼をドキドキさせたい一心で、レティリエは先程から服を着替えたり髪をいじったりしているのだが、どうもうまくいかなくて空回りしていた。
今日こそは想いを遂げたいとう意気込む一方で、やっぱり先伸ばしにしたいと思う自分がいる。グレイルに対しても、今すぐ帰ってきてほしいような、もう少し外に出ていてほしい様な複雑な気分だった。
その時、扉が開く音がして、レティリエは飛び上がった。帰ってきたグレイルを見て急に気恥ずかしくなり、今しがた脱いだ服をぎゅっと抱えて中に顔を埋める。
「レティ、どうしたんだ。具合でも悪いのか?」
グレイルが近づいてくる気配がする。平静を装うとするもうまくできず、レティリエは顔を埋めたままふるふると首を振った。
「大丈夫、なんでもないの……」
そっと目線を上にあげると、優しい金色の瞳が自分を見つめていた。途端に過ぎし日の夜を思い出して、レティリエの顔がぼっと熱くなる。
(私……私、どうしよう……何か言わないと……)
頭の中は軽くパニックになっていた。本当はたくさん触れてほしいしもっと彼の存在を側で感じたい。頭では結論が出ているのに、でも自分からそれを望む言葉がどうしても口から出てこない。
「レティリエ」
グレイルが動く気配がして、ふわっと辺りに甘い香りが漂う。はっとして顔をあげると、グレイルが小さな花飾りを差し出していた。
「これ……どうしたの?」
不意打ちの贈り物に、先程までの動揺はどこかに飛んでいき、代わりに小さな鼓動が胸を叩き始める。ぽうとみとれるように彼を見つめると、グレイルは少し照れたように笑った。
「さっき作ってきたんだ。あまりうまくはできなかったが……」
そう言って、グレイルはレティリエの手のひらに花飾りを乗せてくれた。孤児院の子供達と木の実を採りに行く時に、よく作っていたから、彼は隣で見ていて覚えたのだろう。少しだけ不格好な形をしたそれは、レティリエにとってはどんな宝飾品よりも美しく見えた。
「ねぇ、これ、つけてみてもいい?」
そう言うと、グレイルは頷いて左の頭──狼の耳元にそっとつけてくれた。生花の甘い香りがふわんと漂い、レティリエの顔も自然と綻ぶ。
「ありがとう、グレイル。とっても嬉しいわ」
花が開くようにふんわりと笑うと、グレイルが目を細めてきゅっと口を真一文字に結んだ。
そのままそっとレティリエの頬に手を添え、何事か逡巡した後、ゆっくりと指の腹で唇をなぞった。戸惑うような指先の感触に、レティリエの胸が甘い鼓動を打ち始める。
名残惜しそうに離れていく指と、切なさに揺れる瞳を見てレティリエは自分も彼と同じ気持ちであることを知った。
(勇気を出すのよ、レティリエ)
自分を鼓舞してグレイルの手を取る。そのまま彼の手の甲に唇を落とした。グレイルが驚いて手を引っ込めようとするが、構わずにぐっと引き寄せる。ゴツゴツした指先に唇を這わせながら、以前にも同じような状況になったことがあるなとぼんやりと思う。でも今はあの時と違って、自分の感情に身を委ねて良いのだ。ほんの少しだけ舌を出してグレイルの指先をちょんと軽くつつくと、彼の指がビクッと動いた。
「レティ、ちょっと待ってくれ……」
グレイルの声が微かに震えている。構わず、彼の首に両腕を回すと、背伸びをして首筋に鼻を埋めた。グレイルの匂いがする。濃くハッキリと感じる彼の匂いに、レティリエは目眩がして、思わずその首筋に唇を落とした。
薄く開いた口から牙が覗き、筋肉で張った肩にプスリと刺さる。グレイルが微かに身震いしたかと思うと、次の瞬間にはものすごい勢いで抱き寄せられ、噛みつくように口を塞がれた。
よろめいた弾みに壁にぶつかり、そのまま押し付けられる形でグレイルが覆い被さってくる。反射で彼の体を両手で押すと、腕を捕まれてバンと壁に縫いとめられた。
「……男を煽るのがどういうことなのかわかってやってるのか?」
口を離したグレイルが低い声で唸る。レティリエを見つめる金色の瞳が燃え上がるように輝いていた。返事をしようと口を開いた瞬間、再びグレイルが唇を押し付けてきた。貪るように激しく野性的なキスだ。胸のうちから込み上げてくる恍惚感から逃れようと身をよじるが、縫い止められた体はピクリとも動かない。
普段優しい彼の姿しか見ていないから忘れていたが──彼も雄なのだ。
例えようのない胸の震えに息が止まりそうになる時間が過ぎ、グレイルがやがて口を離した。
「……ごめん、レティリエ」
理性を取り戻したのか、ばつが悪そうに彼がポツリと呟く。レティリエはふるふると首を振ると、グレイルの首にしがみついて胸に顔を埋めた。
「私も同じ気持ちよ、グレイル」
彼の大きな手がふわっと全身を包み込む。ドキドキと高鳴っていく自分の心音に耳を傾けながら、レティリエは目をつむった。
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