番外編 レベッカとローウェン②
ローウェンは走っていた。狙うは眼前にいる大イノシシだ。猛進する巨体を見るに、立派な成獣だ。仕留めればかなりの加点要素になるだろう。レベッカの目の前で村長になると宣言したからには、一頭足りとも逃してはならない。
次期村長の選出方法は簡単だ。村長が次の村長を決めると宣言したその日から、村長を決める日までに最も多く獲物を狩ったものが選ばれる。もちろん、獲物の大きさも重要だ。
ローウェンは走りながらぐるりと周囲を見回す。自分の後ろには二匹の雌がついてきており、左ななめの方からはグレイルやレベッカ達がイノシシ目掛けて走っている。
──このままいけるか?
ローウェンは足の速さには自信がある。もう少し加速すればイノシシに追い付くのは容易だろう。そこで飛びかかり、獲物の首を捉えればそれは自分の功績となる。
……はずだった。
「グレイル! そっちに追い込む! お前が仕留めろ!!」
ローウェンが大声で怒鳴る。グレイルが返答代わりに吠えたのを確認すると、ローウェンは後ろを振り返って二頭の雌に鼻で合図を送った。
ローウェンが進行方向を右に変え、ぐるりと大回りをする形でイノシシへ突撃する。突如現れた横からの襲撃に驚いたイノシシが、ローウェンに追いたてられるように左へ舵を切った。
途端にグレイルが飛びかかり、鋭い牙でイノシシの首を捉えた。大イノシシは死の咬合から逃れようと暴れまわるが、グレイルは牙と爪を立てて振り落とされまいと踏ん張る。追い付いたレベッカ達も飛びかかり、数匹がかりでやっとイノシシは動かなくなった。
「でかしたよ、グレイル」
後を追ってきたローウェンがグレイルに激励の言葉を送る。
その姿を、レベッカが鋭い目で見つめていた。
「あそこで手柄を譲ったのはなぜ?」
先程しとめた獲物を解体する手をとめて見上げると、レベッカが腕組みをしながら仁王立ちしていた。
「あんたの速さならあのイノシシに追い付けたはずよ。あそこでグレイルに譲るなんて、村長になる気などさらさらないということかしら」
あごをツンとそびやかして言うレベッカに、ローウェンは苦笑した。
「あの場ではグレイルに譲るのが最適だったからだよ。確かに俺なら追い付けたと思う。だけど、俺は顎の強さには自信がない。しかも俺の後ろにいたのは全員雌だ。俺がもしイノシシに振り切られてそのまま暴れられたら怪我人が出てたかもしれない。グレイルやレベッカがいる方に追いたてた方が確実に仕留められると思ったからだよ」
ローウェンの言葉に、レベッカは眼を見開いた。 確かにローウェンは頭がキレる。周囲の状況をよく見て行動できるのは彼の強みではあるが、運命を決める大事な時までそれを優先するのか。
「あんた、損する性格ね」
「かもな。どうしても全体のことを見ちまう。でも、俺だっていつも多数の為に行動しているわけじゃないよ」
ローウェンが手を止めてレベッカの目をしっかりと捉える。
「俺は、本当はグレイルが村長になるべきだと思ってる。他の群れの奴等が襲ってきた時、村長がヤられればその時点で敗けだからな。リーダーは強くあるべきだと思う。その点では俺はあいつには敵わない」
ローウェンが固く拳を握りしめる。
「でも、こればっかりは俺は誰にも譲りたくない。……お前にちゃんと認められたいからな」
ローウェンの言葉に、レベッカがぐっと気圧される。ストレートに好意を告げる言葉に心が少しだけ揺さぶられるのを感じたが、微かな動揺を悟られないようにレベッカは髪をさっとかきあげた。
「そう。でも勝算はあるの?」
「そんなもんないよ。でも、強さは力だけじゃない。そうだろ? 俺はあの子にそれを教えてもらったんだ」
レベッカの脳裏に、銀色の毛色が浮かんだ。狼になれずとも、持ち前の機転や精神力で人間と戦い、周囲に実力を認めさせた雌狼。彼女の存在はしっかりと仲間の意識にも影響を与えているようだ。
「要は獲物を多く狩れば良いわけだろ? 俺は、俺の強みを生かして勝利を掴むさ」
そう言ってローウェンはニッと笑った。
ローウェンは体力もあり、そこそこ狩りのセンスはあると自負している。力の強さはグレイルに勝てないかもしれないが、その代わり、彼は周囲を見る力に長けていた。
仲間の狼達が、標的を見つけるや否や獲物を奪い合うように狩りを行う中、ローウェンは地面についた獣の痕跡や匂いなどを頼りに獲物を見つけ、着実に戦績をのばしていった。
「狩りの戦績はグレイルとローウェンが群を抜いているな。次期村長は二人のうちのどちらかになるだろう」
現村長の家に呼ばれたローウェンは、長の言葉に奥歯を噛み締めた。かなり手応えのある戦績だと思っていたが、やはりこいつを越えることはできなかったか。拳をぐっと握って悔しげに隣のグレイルを見ると、彼は前につと進み出でて村長に頭を下げた。
「長、俺は村長になる気はありません。どうかローウェンに着任の命をお願いします」
「ふむ、そうか。お前がそう言うなら……」
「おい、待てよ」
村長の言葉を遮るようにローウェンが唸り、グレイルの腕を掴んでグッと引っ張った。強い力でつかまれて、グレイルが一瞬顔をしかめる。
「俺はお前に戦いを申し込む。ちょうどいい機会だ。俺とお前、どっちが強いか白黒ハッキリつけようぜ」
「ローウェン、何を……」
グレイルが困惑しながら言葉を発するが、ローウェンの瞳に灯した強い意志を見て口をつぐみ、返事の代わりに無言で頷いた。
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