第32話 オークション

 次に明かりが灯されたのは、数時間経った後だった。光を感じると共に、レティリエはゆっくりと目を開けた。どうやらいつの間にか眠っていたらしい。

 大勢の人間達が部屋に入り、囚われの者達を次々と檻から出していた。レティリエの檻の錠も開けられ、男が中に入る。


「外に出る時間だ。こっちに来い」


 首に鎖をつけたまま、男について檻を出る。そのまま男について薄暗い通路を進むと、ガヤガヤと騒がしい音が聞こえ始めた。音は進むに連れどんどんと大きくなり、最後は怒声に近いような大声になった。

 男に案内されるがままに通路を抜けて小部屋に入ると、声がハッキリと聞こえるようになった。舞台は段幕で遮られている為に見えないが、十万! 二十万! 二十五万! とあちこちで値段を釣り上げる声が聞こえる。小部屋には、既にドワーフや人魚、エルフも連れてこられていた。

 進行役と思われる人間が、興奮した様子で話すのが聞こえる。


「さあさあお待ちかね! 次からは目玉商品のご紹介です! 本日は様々な種類の者達をご覧にいれましょう。まずはドワーフから」


 座っていたドワーフが、首の鎖に引っ張られるままに立ち上がる。一瞬、あの集落にいたドワーフなのではないかとドキッとしたが、見た顔では無かったようだ。おそらく別の集落のドワーフなのだろう。だが、お世話になったマルタや長老達と同じ種族だと思うと、レティリエの心は傷んだ。


「ドワーフ! やや年かさだが体格良し。重労働や武具精製などに最適。百万から!」


 司会の男が叫ぶと、途端に値段を釣り上げる声がする。「二百万!」「三百万!」「三百六十万!」などと怒鳴る声が聞こえ、ある程度の所で値段が止まった。


「四百八十万! ミスターエンブリー!」


 司会者が叫ぶ。彼は一体誰に買われたのだろうか。せめて優しいご主人様に買われていますように、とレティリエは祈ることしかできなかった。


「次は美しい海の宝石、人魚です! 若く美しい、鱗も均一で滑らか。鑑賞用にどうぞ! 五百万から!」

「一千万!!」


 司会者が声をかけると同時に誰かが叫ぶ。値段の上がり幅が異常だ。山小屋にいた人間達が、血眼で人魚を探し回っていた理由がわかった。大鍋の中でさめざめと泣く人魚の儚い姿に魅了されたのか、値段はどんどんあがっていく。とうとう人魚は四千五百万で競り落とされた。


「次、エルフの青年。美しい顔立ちと均整のとれた体格。年は若い。医学の知見があるので、薬作りやご婦人のお相手にも。三千万から!」


 先程レティリエに話しかけたエルフの青年が舞台に連れていかれる。舞台の近くで「女に比べると男はなあ……」という声が聞こえたが、やはりエルフの端正な容姿は人気があるらしい。あっという間に値段はつり上がり、最終的に八千二百五十万で落札された。

 最後はレティリエだ。首の鎖を引かれ、立ち上がる。


「最後は人狼の娘です! 白銀の毛並みと美しい容姿。番犬より愛玩動物としてどうぞ。八百万から!」


 司会者の声が声高に叫ぶが、観客席は水を打ったように静かになった。「人狼……? 最後の商品は随分とお粗末ね」「あまり懐かないらしいしな。鑑賞用なら人魚やエルフの方が良いだろう」「雌じゃ番犬にもならんからなぁ」と観客がヒソヒソと話す声が響く。

 レティリエは男に連れられるがままに舞台にあがった。レティリエが姿を見せた瞬間、話し声が急に止んだ。


 レティリエはドキドキしながら待っていた。このまま誰にも買われなければ、逃がしてもらうことはできないかしら……レティリエは祈るような気持ちで観客席を見た。すると、仄暗い空間から、誰かの手がにょっきりと生えてきた。


「二千万」


 するとその声を皮切りに、他の者達も口々に言葉を発する。「三千万!」「四千万!」「四千三百万!」ほとんど怒鳴り合いの様な応酬が続き、値段は「六千七百万」で止まった。


「六千七百万! 他には?」


 司会者が確認すると、誰かが手をあげた。


「牙は? 牙の処理はしてあるのか?」

「牙は未処理です。この子は狼の姿になれないそうですので、抜歯も切断も不要かと」

「そうか、それなら……七千二百万」


 男の声を皮切りに、またも値段がつり上がり始める。

 レティリエも後から知ったことだが、人狼は鑑賞用には不向きで番犬か用心棒にしか用途が無く、しかも人と狼の両方の姿を持つので扱いが難しいらしい。人の姿と狼の姿では首輪の大きさも異なる上に、狼の姿で飼うのは大変危険だ。鋭い牙と強靭な爪で飼い主に襲いかかってくれば、か弱い人間は一溜りもない。大抵は歯や爪を抜いたり削ったりするのだが、そうなると容姿を損ね、鑑賞用としても価値が落ちてしまうのだ。

 狼の姿になれないレティリエは、まさに愛玩動物として最適だった。

 値段はどんどんとあがっていき、誰かが一際大きな声で叫んだ。


「一億!!」


 とうとう大台に乗った。観客席の熱気がより一層増していく。だが、さすがにこれ以上の金額を出せる者はいないようだ。司会者がストップをかけようと口を開いた時だ。


「三億」


 凛とした声が響いた。声がした方を見ると、優美なドレスを着た婦人が手をあげていた。


「三億で買うわ」


 会場が静まり返る。そしてそこで決着はついた。




 オークションが終了し、レティリエはまたも舞台袖に連れていかれた。そこで簡単に身なりを整えられる。またあの薄暗い部屋に戻されるのかと思っていたが、案内されたのは別の部屋だった。

 先程のかび臭い場所とは違い、ふかふかした絨毯で敷き詰められている陽当たりの良い部屋だった。応接室にでも使われているのだろうか、部屋の中央には皮貼りのソファが置かれ、ランプ台や小さな机などが置かれている。そのソファに、先程レティリエを競り落とした婦人が座っており、隣に側近と思われる中年の男性が立っていた。


「落札おめでとうございます、マダム・ドミエール。こちらの商品をどうぞ」


 男が深々とお辞儀をし、レティリエを繋いでいる鎖をつんつんと引っ張った。


「ほら、お前も挨拶をしなさい」

「レティリエ……と申します……」


 恐る恐る頭を下げると、婦人はパッと破顔してソファから立ち上がった。


「まぁ! 近くで見ると思っていたよりもずっと美しいわ! 私はマリー・ドミエール。今日から貴女のご主人様になるのよ」


 婦人はそう言って微笑むと、レティリエの髪を優しく撫でた。華の盛りは過ぎた中年の女性だ。おそらく若い頃は美しかったであろうその顔には、派手できつめの化粧が施されていた。だが、レティリエに微笑みかける姿は優しげで、悪い人では無さそうだった。怖い人に買われなくて良かったとレティリエは内心で安堵した。


「さぁ、私の屋敷へ行きましょう。ギャスパー、馬車を呼んで」


 マダムはレティリエの手を取ると、側近に命じ、男は一礼すると部屋を出ていった。


 マダムに連れられて外に出る。劇場の外では、立派な馬車が待っていた。

 狼の村から乗ってきた馬車も上等な物だと思ったが、マダムが乗っている馬車は更に高級だった。真っ赤な塗装に加え、あちこちに金の意匠が施してあり、レティリエはその色彩の激しさに目を細めた。

 馬車に乗り、小一時間ほど揺られると、マダムの屋敷に到着した。先程の劇場程ではないが、この屋敷もかなり立派なものだった。鋼鉄の門を抜けると屋敷までの小道があり、左右には色とりどりの庭木が華やかに出迎えてくれた。

 金細工の入った扉の前に立つと、先程ギャスパーと呼ばれた側近の男が恭しく扉を開ける。

 マダムに連れられて中に入ったレティリエは、豪奢な内装に驚き、目を見開いた。レティリエの背丈程もある大きな絵画や美しい調度品があちこちに置かれ、天井には豪勢なシャンデリアがぶら下がっている。どうやらマダムは派手な物が好きな性格らしい。 

 目の前には大階段があり、踊り場は左右に別れて二階に続いていた。だが、二階にはあがらず、そのままとある小部屋に通された。


「さあ、今日からここがあなたのお部屋よ。元々は私の物置部屋みたいなものだったから、好きに使ってちょうだい」


 マダムに案内された部屋は、なんとも可愛らしい部屋だった。

 部屋の真ん中に桃色のソファと白い丸テーブルが置かれており、部屋の奥にある天外付きのベッドも桃色だ。白いカーテンが部屋の華やかさを強調させており、全体的に桃色と白で基調された部屋だった。


「あの……私、こんなに豪華なお部屋は頂けません……」

「あら、随分と謙虚な子ね。いいのよ、こんなの豪華なうちに入らないわ」


 恐縮して辞退すると、マダムは愉快そうに笑った。その時、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。


「ああ、ドレスの仕立て師が来たわ。あなた用のドレスを作るのよ」


 マダムの声で、部屋に大勢の仕立て職人が入ってくる。一息つく暇もなく、そのまま採寸が始まった。

 正直に言うと緊張と不安で心が張詰めっぱなしだったので、今すぐにでも体を横たえたい気持ちだったが、否と言える雰囲気でもない為に黙って成り行きに身を任せる。

 何時間もかけて採寸を終え、湯浴みをするとレティリエは寝台に倒れ混み、そのまま深い眠りについた。

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