第21話 それぞれの想い

「グレイル、おはよう。今日もいい天気ね」


 早朝、地上の鉱山で採掘作業をしているグレイルに声をかける。昨日マルタに話を聞いてもらったおかげで、レティリエの心は胸のつかえが取れたように晴れ晴れとしていた。

 本当は、この恋を続けていいのか自分の中でもわかっていない。この想いは、村の皆からは歓迎されていないものだからだ。けれども、自分だけはこの恋心を肯定してあげたいと前向きに思えるようにはなっていた。

 グレイルは作業する手を止めてレティリエの方へ振り向いた。昨日までのレティリエはどこか心あらずの様子だったが、今日はうってかわって晴れやかな顔をしている。


「おう、レティも元気そうだな。ん? なんだその籠。衣服が入っているのか?」

「ええ、マルタさんと一緒にあっちの川で洗濯をするのよ」

「そうか。お前も頑張っているんだな」


 グレイルの言葉に、レティリエは嬉しそうに笑った。朝日の下で見る彼女の笑顔はキラキラと輝いていて、グレイルは眩しそうに目を細めた。


「あ~ちょっと待て。こっちに来てくれないか?」

「……? なあに?」


 小首を傾げるレティリエに、何かを察したマルタが「籠を持ってるから行ってきな!」と囁く。衣類の入った籠をマルタに渡し、グレイルの元に駆け寄ると、グレイルは少し照れたようなそわそわした落ち着かない顔をしていた。

 レティリエが不思議そうな顔をしていると、彼は意を決した様に右手をズボンのポケットにいれ、中から何かを取り出した。


「手、出してくれないか?」

「あっうん……」


 グレイルに言われた通りに右手を差し出すと、彼は手に持っていたものをレティリエの手に握らせた。何か固いものを握っている感覚が掌に伝わる。

 そっと右手を開くと、レティリエの手の上には小さな首飾りがあった。革の紐に通した銀板の上に、ヤマモモの意匠を凝らした模様が描いてあり、その上に薄桃色をしたきらびやかな石がのっていた。レティリエは目を輝かせた。


「とっても綺麗……でも、これどうしたの?」

「あ、いや。この前採掘作業をしている時にたまたま綺麗な石を見つけたんだが……珍しいものらしいんで、ギークさんに頼んで作ってもらったんだ。お前にやるよ」

「そうなの……ありがとう、グレイル。とっても嬉しいわ」


 パッと顔を輝かせてお礼を言うと、グレイルは少し恥ずかしそうに笑った。


「なーに言ってんだ兄ちゃん。それはあんたが自分で作ったやつじゃねぇか。嘘は良くねぇなぁ」


 突如背後から太い声が聞こえ、振り向くとつるはしを肩にかついだギークが笑いながら立っていた。


「まぁ作り方は俺が教えてやったのと、模様の下書きは俺が書いたんだけどな。でもそれ以外は全部自分でやってたじゃないか」

「あっ、いや、それは……」

「な~んだ! いっちょまえに照れてやがんのかあ? 若いってのはいい……あいてっ!」

 

 ニヤニヤ笑っていたギークをマルタが小突く。「あんたってやつは……もっと空気を読みな!」と叱咤するマルタの声が聞こえた。

 レティリエはドキドキしながらギークの言葉を思い返した。聞き間違えでなければ、この首飾りはグレイルが作ってくれたものらしい。そんな嬉しいことがあるのだろうか…。そっとグレイルを盗み見ると、彼は右手で顔を隠す様に覆いながら真っ赤な顔をしていた。


「これ、あなたが作ってくれたの?」

「あぁ、まぁそうだな。ちょっと不格好で申し訳ないが……」

「ううん、嬉しいわ! 大事にするわね」


 レティリエは心からそう言った。嬉しさが胸の中で弾けて身体中を満たす。早速首にかけて飾りを中央に持ってくると、胸の上で桃色の光が煌めいた。


「じゃあ、俺は作業に戻るから……」

「ええ、またあとでね」


 グレイルは手を振ってそそくさと去っていった。心なしか耳まで赤くなっていたのは気のせいではなさそうだ。

 レティリエもマルタの所へ戻り、洗濯物が入った籠を受け取った。レティリエの嬉しそうな顔を見て、マルタも自然と笑みが溢れる。


「その石はね、金剛石って言うんだよ。ここいらじゃなかなか採れないし、桃色の金剛石はかなり貴重なのさ。良かったねえ」

 マルタの優しい言葉に、レティリエは「はい」と笑顔で答えた。




 その日の晩、レティリエは昨夜と同じように丘の上に登り、銀色の月を眺めていた。でも、昨夜と違って心の中は温かい気持ちで満ちていた。

 レティリエは首飾りを手に取り、美しく刻印されたヤマモモの意匠を指でなぞった。


(亭主から聞いたけど……作業の合間に少しずつ作ってたみたいだよ。硬派に見えて、意外と可愛い所もあるじゃないか)


 洗濯物を洗っている時にマルタが言っていた言葉が脳裏によみがえる。大きな体を丸めるようにして一生懸命銀板を彫っているグレイルの姿を想像し、レティリエはクスッと笑った。群れを率いて獣を狩ったり、敵と雄々しく戦う普段の彼からすると、その光景はいつもと印象が違っていてなんだか可愛らしい。

 首飾りを月光の下にさらすと、銀板に納められた美しい石が儚げに瞬いた。

 昼間見た時とはまた異なる印象を持つその石は、グレイルを思い出させた。雄々しい姿と、たまに見せる子供っぽい姿。どちらも知っている私はちょっとだけ特別な存在になったみたいだ。

 レティリエは首飾りを両手で包み込んだ。自分の立場上、彼に想いを告げるべきかはまだわからないが、少なくとも今抱いている、くすぐったくて甘い気持ちは素直に受け止めようと思った。


(やっぱり私、あなたが大好きだもの)


 レティリエは微笑むと、そのまま首飾りに唇を寄せそっとキスをした。

 薄桃色の石が月光に反射して、優しく煌めいた。





 グレイルは部屋に戻ると、疲れきった体を寝台に投げ出した。

 横を見ると、レティリエはまだ戻っていないようで、敷布が綺麗に整えられたままだ。

 ここ数日、彼女は思い悩んでいた様子だったが、今日首飾りを渡した時に見せた笑顔はいつもの通りでほっとしたのを覚えている。何に悩んでいたのかをわかってやれない自分に不甲斐なさを感じるが、レティリエは昔からあまり自分のことを語りたがらない。だから、彼女から何かを言われるまでグレイルも自分からは聞かないようにしている。

 

 グレイルは寝台に大の字になった。左手がちょうどレティリエが寝ている場所付近に伸ばされ、グレイルは何も無い空間をじっと見つめた。

 幼馴染みとして幼い頃からの間柄だが、自分はあまり彼女のことを知らない。

 いや、知っていたつもりだったが、今回、長く行動を共にするようになったことで彼女の知らなかった一面を見た。

 山小屋で人間に対する不屈の意を表した時の、彼女の凛々しい表情。その目に狼の気高さと美しさを感じとり、感情が揺さぶられたのを覚えている。レティリエは力こそ持たないが、闘志と精神力は並々ならぬものを持っていたのだ。

 

 それに……グレイルは右手を頭上に翳し、自身の掌を眺めた。

 人間を欺いた時のレティリエはいつもと様子が違っていた。よろめいて抱き止めた時の表情。恥ずかしがりやの彼女は、自分の前でもよく顔を真っ赤にして照れていることが多いが、あの時のレティリエは……なんというか艶っぽい表情をしていた。


 そしてその先を思いだし、グレイルは赤面した。

 レティリエが潤んだ目で自分を見ながら縋り付いてきた時、グレイルの中に、熱い、雷の様な衝撃が背筋に走ったのをハッキリと覚えている。抱き留めた手から伝わる、彼女の体の柔らかさも。

 グレイルは手を顔に当ててかぶりをふった。なんとなく……鮮明に思い出してはいけない気がする。自分の顔が熱くなっているのがわかり、柄にも無く動揺していることを自覚した。


(一体何を考えてるんだ俺は……)


 自分達のような若い雄狼は、将来村を守る立場になる存在だ。そこに贔屓の感情があってはならないし、仲間として、雄狼として、雌狼を村まで守り抜くのは自分の責務だ。 

 それが例えレティリエで無かったとしても、自分は同じように命を張って仲間の存在を守り抜いただろう。


 果たして本当にそうだろうか?


 脳裏に幼馴染みの優しく笑った顔が浮かぶ。いつまでも子供の頃と同じだと思っていた彼女は、いつの間にかもう立派な大人の女性になっていた。人間達が彼女を「メス」として辱しめるような目で見ていたことに、激しい怒りを抱いたのは、例えそれが他の雌狼でも同じだったのだろうか。


 グレイルは頭上に掲げる自身の手のひらをじっと眺めた。

 彼女を守ってやりたいと思うのは、仲間だからか、幼馴染みだからか、それとも別の想いからきているのか。



 この感情の名前は、まだわからない。

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