第17話 集落での生活(2)
共同で使っている厨房は広かった。木の実や果物が入った大きな籠があちこちに置いてあり、天井からは処理をした獣の肉がぶら下がっていた。なんとなく孤児院の厨房を彷彿とさせる。
マルタはりんごが入ったかごを持ってきてレティリエに渡した。
「ジャムっていうのがどんな食べ物かはわからないけど、果実を使うんだろ? りんごでもいいのかい?」
「ええ、あとお砂糖があると嬉しいんですけど」
「砂糖? 砂糖は無いなぁ」
「それではハチミツはありますか?」
「ハチミツならこの前エルフの連中が置いてったよ。ああ、ここにあるね」
そう言ってマルタは厨房の机に置いてあった白い陶器の壺を指差した。レティリエはマルタにお礼を言うと、厨房の外からじっと覗いているノインと着いてきた子供達に手を振った。
「皆こっちにおいで。一緒に作りましょう」
「やったぁ!!」
子供達がわらわらと入ってきて、厨房はあっという間に子供達でいっぱいになった。
レティリエは赤く艶めいているりんごを手に取ると、芯を取って細かく切り分けた。切ったりんごを鍋にいれ、ハチミツを入れて火にかける。果実が入っている籠から小振りのレモンを取り出し、切って絞った果汁も鍋に入れた。
暫くコトコトと煮込んでいると、果肉がドロッと崩れはじめ、辺りにふわんと甘酸っぱい香りが漂った。
「なんかいいにおいがしてきたよ!!」
「ほんとだー! ねぇ、もう食べられる?」
「もう少し煮込んでからね。かき混ぜるお手伝いをしてくれる?」
「うん、いいよ!」
レティリエが見守る中、交代で子供達が鍋をかき混ぜる。子供達はきゃあきゃあ笑いながら初めてのジャム作りを楽しんでいるようだった。
やがて果肉が透き通りはじめ、黄金色の甘いジャムが出来上がった。スプーンに一匙掬い、フーフーと冷ましてノインの口にいれてやる。ノインはパクッと口に入れた瞬間、ぱぁぁぁっと笑顔になった。
「うわぁっ! 何これ、すごく美味しい!!」
目をキラキラさせて喜ぶノインを見て、他の子供達が我先にと鍋の周りに集まってきた。
「私も食べたい!」
「ねぇ早く僕にもちょうだいよ!!」
「俺これいっぱい食べたい!」
「今皆に分けてあげるからちょっと待っててね」
きゃあきゃあ騒ぐ子供達を宥めながら、小さなお皿にジャムを取り分けていく。その時、ヒョイとグレイルが厨房に顔を出した。
「おお美味そうな匂いだな。これ、マルタさんが持っていけって」
そう言ってグレイルが持っていた籠を差し出す。中には焼きたてのパンがこんもりと入っていた。
「マルタさんからジャムはどうやって食べるのか聞かれたから、パンにつけることが多いと言ったら焼いてくれたよ。これ、皆で食べてくれ」
「タイミングばっちりね。ありがとう、グレイル。皆に配ってあげて」
レティリエがそう言うと、グレイルは「おう」と言って子供達にパンを渡し始めた。
「これはそのままでも美味いけど、パンにつけるともっと美味くなるぞ」
そう言って、グレイルはパンをちぎるとジャムをつけ、側にいた女の子の口にいれてやった。
「ほんとだ!! すごく甘くておいしい!! いつものパンと違うみたい!」
女の子の弾けた声を聞き、他の子供達も同じように食べ始めた。
「ドワーフ達は食材をそのまま食べることが多いから、甘味物は珍しいらしいな」
「ええ、喜んでもらえて良かったわ」
はしゃぐ子供達を温かい気持ちで見ていると、ドタドタと地面を踏み鳴らす大きな音がして、屈強な体躯をした大柄なドワーフの男が厨房に顔を出した。続いてもう一人、また一人とドワーフがやってきて、同じように顔を覗かせる。
「ああ~~腹が減った。何か食いもんはあるか? 美味そうな匂いがするから来ちまったよ」
「おお、狼の兄ちゃん、お前も来てたのか。ちょっと休憩してなんか食おうぜ」
「あっガキ共が美味そうなモン食ってんじゃねぇか!」
男達が口々に言い、子供達が「だめー! これは僕たちの!!」とジャムを隠そうとする。
可愛らしい攻防戦を見ていると、騒ぎを聞き付けたのかマルタが厨房にやってきた。
「あんたたち! 客人の前でみっともない姿を見せるんじゃないよ! ほら、食べモンはそこの干し肉でも持っていきな!」
「いんや、俺達はこっちの子供達が食べてるもんが食いたい」
男が小皿にのっているジャムを指差すと、子供達は青くなって必死に抵抗する。
「これは僕たちのだからだめなの!!」
「まぁいいじゃねえか。味見くらいさせろよ」
そう言って男達は、子供達の抗議の声を物ともせずジャムを指につけてペロッと嘗め、「なんだこりゃうまっ!!」と驚きの声をあげた。
「ったくしょうがない奴等だねぇ、ごめんねお嬢ちゃん」
マルタがため息をついてレティリエに謝る。レティリエは「喜んでもらえたなら嬉しいです」と笑顔で返した。自分達が彼等にしてもらったことに比べれば、まだまだ恩返しには程遠いが、少しでも役に立てたのなら嬉しいと思う。
「へえ、これ狼のお嬢ちゃんが作ったのかい? あんた可愛くて料理上手たぁ大したもんだ」
「お前いい嫁さんもらったな~」
ドワーフの男が笑いながらグレイルの背中をバンと叩く。丸太の様な太い腕で力いっぱい叩かれて傷に響いたのか、グレイルが冷や汗をかきながら苦笑した。
「おお! 嫁と言えば」
一人のドワーフがポンと手を叩き、グレイルをマルタの前にぐいとつきだした。
「こいつすげえよく働くんだよ! ドワーフと比べたら細っけぇしどうなるかと思ったら、これがまあ思ったより動けるんだわ。兄ちゃんがドワーフだったらうちの娘の婿に欲しいくらいだ」
「色々とやらせてみたけど、採掘作業も鍛工もなかなか筋が良いんだよなあ」
「あ~勿体ねぇ。貴重な労働力が無くなるのは惜しいぜ……」
「もうその耳と尻尾を取っちゃえよ!!」
ガハハハハハハと笑い合うドワーフの男達を見てグレイルは苦笑し、マルタは「馬鹿なこと言ってんじゃないよ」とため息をついた。
レティリエは一連のやり取りを微笑ましい気持ちで見ていた。グレイルはすっかりドワーフの男達と打ち解け、労働力としてしっかり彼等の役に立っている様だ。狼の一族だけではなく、種族の違いを越えて他者の力になれるグレイルの姿を見て、レティリエは胸が熱くなるのを感じた。
(やっぱり素敵だなあ……)
グレイルの背中をそっと見つめる。ガッチリとした逞しい背中に男らしさを感じ、なんだか急に恥ずかしくなって慌てて目を逸らした。
彼を恋しいと思う気持ちが強くなると同時に、彼との距離を遠く感じる。レティリエも微力ながらできることは精一杯やっているつもりだが、まだまだ彼と肩を並べられるには力不足だ。
もっと皆の役に立てるようになって、胸をはって彼と並べるようになりたい、とレティリエは強く思った。
「あのぉ……ここに狼の女の子がいるって聞いたんだけど……」
背後から声がして振り返ると、厨房の外から女のドワーフが顔を覗かせていた。なぜか両手いっぱいに衣類を抱えている。
「はい、私に何かご用ですか?」
ドワーフがいる方に駆け寄ると、女性は罰が悪そうな顔をして、手に持っていた衣服を差し出した。
「レティリエちゃん……だっけ? マルタから聞いたけど、あんた裁縫が上手いんだって? 悪いんだけど、この繕い物を手伝ってくれるかい?」
「あたしらドワーフは工芸品なんかの細工は得意なんだが、裁縫はイマイチでね。申し訳ないとは思うけど、手伝ってくれたら助かるよ」
横からマルタが笑いながら付け足した。レティリエは笑顔で頷くと、女性から衣服を受け取った。
「ええ、勿論喜んで」
狼の村では役立たずだと思われているからこそ、レティリエは自分を必要としてくれる瞬間が嬉しい。誰かに必要とされ、役に立つ喜びに、レティリエは胸が温かくなるのを感じた。
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