第74話 ゼルダvsアルギナ.1(女神暦1567年5月8日/ロクレール支部演習場岩場エリア)

 勾配の激しい岩場を慎重に歩きながら、ゼルダは周囲の気配に意識を張り巡らせる。

 自分が今いる岩場エリアは大小様々な岩石が辺り一面に散在していて、見通しも悪く一足先に岩の陰に身を潜めれば敵の不意打ちには絶好のポイントだった。

 現状では敵の気配は感じないが、気配を絶って敵に気付かれることなく接近して命を刈り取る人間も多くはないが、少なからず存在することはペルテ国のクーデターで前線に出ていた経験から知っている。

 敵の中にそれ程までの強者がいるのかは分からないが、油断は禁物だと考えた方が良い。

 砂利でざらつく地面の感触を足裏で感じながら、南の方角に視線を向け思わずひとりごちる。


「……ドロシーは、シャーリーという少女ともう出会っているのだろうか?」


 今回の試合はドロシーとシャーリーの二人の少女の因縁に端を発したものだ。

 シャーリーの故郷と家族を直接滅ぼしたのはドロシーの姉であるディアナという女性らしいが、自分の身内が一人の少女から全てを奪い去った事実は消え去ることは出来ない。

 気にするなと気休めの言葉を掛けたところで、気に悩まなくなる程楽天的な性格であることは十分理解している。

 だからこそドロシーは、シャーリーの気が少しでも晴れるのならばとこの決闘を真正面から受諾したのだ。

 勝敗がどうなるかは分からないが、全身全霊でぶつかり合えば多少なりともシャーリーの溜飲は下がるかもしれない。

 魔力操作もまだまだ不慣れなドロシーの戦いの行方も懸念してはいるが、今は自分の戦いに専念すべきだろう。

 そう思い直し、砂利の地面をゆっくりと踏み締めた刹那、



 真横にあった岩が真っ二つに両断され、こちらの肩口に向かって巨大な戦斧の刃が横薙ぎに襲い掛かる。



「クッ!?」


 反応できたのはほとんど勘だった。

 襲来する凶器が視界に入った瞬間に、反射的に体が弾かれたようにバックステップで間合いから逃れる。

 だが、それでは逃れきれない。

 空振りに終わった一閃から間髪入れずに、クリムゾンレッドの髪を振り乱しながらアルギナが上段からの振り下ろしの一撃に繋げて連撃に出てくる。

 見事と、言うしかない程洗練された刃と躊躇なく相手に突っ込んでくる胆力もある。

 この敵は強い。

 だが、むざむざとここでやられるつもりはない。

 頭上から振り下ろされる刃を前に、ゼルダは左足を大きく後ろに引くと同時に体の左半身も捻ることで刃を躱し、こちらを喰いそびれた斧は地面を両断する勢いで大地を割り砕くように刺さり、粉塵が巻き起こる。

 砂煙で視界が塞がれる中でも、得物の先に敵がいることは明白。

 身を躱すと共に抜き放った愛剣を体の左斜め下に下げるように構え、裂帛れっぱくの一撃を放つ。


「『氷壁に閉ざされし氷獣の咆哮ジーヴル・アンドルディース』」


 下から斬り上げるようにして放たれた氷の魔風が砂煙も即座に凍結させ、戦斧の持ち主であるアルギナは瞠目すると、


「おいおい、こいつはすげえな!」


 ニヤリと口元を綻ばせ、白銀の制服に氷の膜が張り付いた状態で後方に飛び退り、魔風の射程から逃れようとする。


「逃がすつもりはないぞ」


 後退したアルギナを再度捕えるべく、ゼルダはすかさず二撃目の氷の魔風を放つ。

 再度吹き荒れる氷の風が大岩も下草も即座に氷の牢獄に閉じこめ、吹き荒れる風は瞬く間に安全地帯に逃れたと思っていたアルギナに肉薄する。


「『樹宝アーク』の再発動にもタイムラグがない。随分と鍛錬したんだろうね、アンタ」


 アルギナは己に迫る氷の風に自分の髪に霜が張り付いてもなお余裕の笑みを崩すことなく、その手に握った戦斧を振り上げる。


「ぶった切れ、『狂戦士の殲凱斧メテオ・クリーガァ』」


 大振りの振り下ろしの一撃が氷の魔風を叩き込まれ、氷の魔力を孕んだ風がまるで叩き壊されたかのように四方八方に斬り払われて飛び散る。


「なっ!? 私の氷の魔風を斧で両断したというのか!?」


「ご名答」


 アルギナは、手に握り締めた戦斧の切っ先をこちらに突き付ける。

 幅広の刃の側面に怒号を放っているかのように大口を開けて吼える大男の横顔が彫り込まれた戦斧を視界に入れながら、ゼルダはアルギナとの間合いを測り、いつでも斬り込めるように態勢を整えつつ、彼女の一挙手一投足に神経を張り巡らせる。


「私の樹宝の能力はシンプルでね。魔力を注げば注ぐ程、斧の破壊力が増すってだけさ」


「シンプルとは言うが、その樹宝が切り裂けるのは物体だけではないだろう?」


「ああ、さっきのアンタの氷の魔風を斬り砕いたように魔力を秘めた攻撃や魔法であっても、斧の破壊力の方が勝っていれば斬り裂ける」


「随分と強力な樹宝ではないか」


「いやいや、そんなに便利な訳でもなくてな」


 アルギナは苦笑しながら戦斧の柄に指を這わせる。


「能力の発動にはかなり魔力を喰われちまうし、魔力が尽きちまえばただの斧だから、長期戦には不向きなんだよ」


「貴女であればただの斧であっても、一騎当千の活躍が出来そうだが?」


「そう言ってもらえると嬉しいねえ。だけど、お姉さんも随分とやるじゃないか。気配は消したつもりで近づいたんだけど、避けられちまったしなあ」


「ただの勘のようなものだ。少し前までは、命のやり取りが日常茶飯事の生活を送っていたものでね。殺気がなかった分反応が遅れてしまったが、体が勝手に動いてしまった」


「まあ、もし避け切れそうになければ鼻先で寸止めする気だったしな」


「こちらも相手に殺す気がないと察していたはいたが、やはり体に染みついた感覚というのはどうにも簡単には拭えないらしい」


「へえ、修羅場を潜り抜けてきた中で磨かれた戦闘センスって訳か。こりゃまた随分と面倒な相手を引き当てちまったかな」


 そう頭を掻きながらもアルギナは快活な笑みを崩さず、むしろ強敵と戦えることに大きな喜びを感じている様子だ。

 こんな風に純粋に戦闘を楽しんでいる相手と戦うのは随分と久しぶりな気がする。

 ぺルテ国時代のクーデターでは命懸けの殺し合いの日々だった。

 アレンと出会ってからも闇ギルドとの戦いが続き、こんな風に命のやり取りのない試合に興じるのは本当に久しい。

 それもこれ程までに強い相手と刃を交えること等、アルトの村で自己鍛錬をしているだけでは味わうことの出来ない絶好の機会だ。

 勝てるかどうかは分からない。

 だが、向こうもヤル気十分。

 なら、私も全力で向かっていくだけだ。

 彼女と同様に愛剣の切っ先を突き付け、


「『四葉の御旗フォルトゥーナ』ギルドマスター、ゼルダ=フローレンスだ。互いに悔いのない戦いにしたいところだな」


「『銀翼の天使団』サブマスター、アルギナ=イルミナージュ。こっちも同感だよ」


 不敵な笑みを浮かべ合った二人は猛然と駆け出し、互いの刃を相手に向かって放って激突した。






「……あの、私の存在忘れられてない?」


 周囲の索敵に集中していたゼルダの邪魔をしないよう、彼女の少し後ろを歩くようにして同伴していたフローラは、大岩を両断してアルギナが乱入してきた辺りから二人の戦いに割って入ることも出来ず、寂しげにポツンと立ち尽くすことしか出来ず、そう寂寥感を滲ませながら呟いた。

 

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