第72話 ギルドマッチ(女神暦1567年5月7・8日/ロクレール支部屋内練兵場)
「ディアナ姉様がマトラの民と島を消滅させて、生き残った人間はいないという話だったので、シャーリーさんがマトラの民の生き残りを名乗った時は正直動揺で一杯でした。
どうして、シャーリーさんのような生存者がいたことに対する驚きも勿論あったんですけれど、それよりもレザーランス家が行った彼女の家族や故郷に対する仕打ちはどんなことをしても償いきれるものではありません」
「だから、彼女の気が少しでも晴れるように決闘を承諾したのか?」
「はい、私に出来ることなら何でもしようと思ったので」
「決闘ルールに則ればドロシーが過度な暴行を受ける危険はないけど、それでも今日初めて魔力の錬成がスムーズに行える状態になった状況じゃあ、あの娘と戦うのは結構無茶じゃありませんか?」
キュッと唇を噛み締めるドロシーを気遣い、エリーゼが優しく声を掛ける。
ドロシーは彼女に向き直って、「ありがとうございます」と頭を下げるが、瞳に宿った決意は揺るがないままだった。
「確かに、私では『
ドロシーはギュッと胸元で拳を握り、そう言い切る。
既に彼女の腹は決まっている。
なら、俺達に出来ることはそれを全力でバックアップすることだ。
俺は左手の掌に右拳をパチンとぶつけ、皆を見渡す。
「それじゃあ、作戦会議といこうか。ドロシーとシャーリーとの対決も勿論大切だけど、これはギルド同士の真正面からの力試しだ。世界最強クラスのギルド相手にどれだけやれるのか分からないけれど、やるからには勝ちに行こうぜ!」
翌日の昼頃、俺達はロクレール支部から徒歩で20分程度離れた位置にある演習場に来ていた。
演習場は草原エリア、岩場エリア、森林エリア、廃墟エリアの4エリアに区分けされており、様々な地形や状況においても柔軟な判断や戦闘が出来るよう訓練する為、このように地形の異なるエリアを整備しているらしい。
今俺達と『銀翼の天使団』の面々がいるのは、僅かな灌木や岩が散見される程度で見晴らしの良い草原エリアだ。
立会人であるアリーシャとラキアが見守る中、上部に穴が開けられた木箱を手にしたミトスがのほほんとした声を上げて前に出る。
「は~い、それじゃあただいまより、『
気の抜けたほんわかボイスにイマイチ締まらない開戦前の空気に苦笑を漏らしつつ、試合の参加者がミトスの前に整列する。
○『四葉の御旗』チーム
・アレン
・ゼルダ=フローレンス
・カレン=カーヴァディル
・姫島綴
・ドロシー=レザーランス
●『銀翼の天使団』チーム
・アイリス=ゼルフォード
・アルギナ=イルミナージュ
・ゴードン=オルベアー
・雷禅寺
・シャーリー=マトラ
昨日の作戦会議の結果、参加メンバーはこのようになった(昨日の段階で、ロクレールのギルド会館でドロシー達のギルド加入の手続きをしてきた)。
基本的には戦闘慣れしたメンバーでドロシーを補佐しつつ、敵陣営に斬り込んでいける実力派で手堅く固めてみた。
『ゴブリン・キングダム』での戦闘では大活躍してくれたエルザは参戦したくてウズウズしていたようだが、まだ実戦経験に乏しいことは重々自分でも分かっているのか、今回は参加を自分から辞退した。
エリーゼは、「私は竜騎士ですので、翼竜を置いてきてしまった今の私ではあまりお役に立てないと思いますから、私も辞退しますね」と申し訳なさそうに辞退した。
その代わりに、2人には昨晩ドロシーに魔力操作を慣らせる為に実戦形式の模擬試合を行ってもらい、みっちりとドロシーの稽古に付き合って貰った。
それ以外にもアリーシャやミトスから予想外のプレゼントがあったのだが、それはこの試合の中で必ず活かされる筈だ。
チラリと敵チームであるアイリス達へと視線を向けると、ニコリと笑みを浮かべてこちらに小さく振るアイリスとは対照的に、ドロシーへ厳しい視線を向けているシャーリーの姿があった。
銀色の団服を捲っておへそを露出し、膝丈のスカートから黒のスパッツが見え隠れしているアルギナは、背中に巨大な戦斧を背負っており、華奢な見た目に反してかなりの膂力を誇っていることが伺える。
昨日シャーリーの強い物言いを諫めていた大男がゴードンという人物だろう。
その手や腰にも何も武器を所持しておらず、見た目だけで判断するならば己の鍛え上げた巨躯を活かした格闘術を使用するのかもしれないし、案外魔法戦が得意な魔導士という線もある。
そして、昨日は見なかった黒髪の少女がこちらの視線に気付き、折り目正しく会釈をして微笑み返してくれた。
艶のあるストレートの髪をピンクのリボンでポニーテールに結び、身に纏っている衣装はシャーリーと同様のものだが、腰元に佩いた刀が綴と同様に侍であることの証左となっていた。
綴もそれに気付いた様子で、意外そうに軽く目を見張る。
「おっ、なんや。ウチと同じ侍が向こうにもおるみたいやな」
「もしかしたら綴と同じ国の出身かもしれないな」
「う~ん、それはどうやろ。ウチの暮らしとった武蔵国は侍は少数派で忍が幅を利かせとる国やったからな~。侍は浪人や野党崩れに堕ちた連中を除いたら隣国の鳳桜皇国っていう国に仕えとるのが大半やし、多分そっちの国の出身とちゃうかな?」
そんな風に綴と会話していると、ミトスが一歩前に出て木箱を差し出す。
「それじゃあ、クリスタルを置く場所、つまり自分達の陣地決めをくじで決めたいと思いま~す。引きたい子は前に出てね」
「ドロシー、君が引くといい」
「シャーリー、貴女が引いていらっしゃい」
ゼルダに優しく背中を押されたドロシーが緊張した面持ちで前に出て、アイリスに促されたシャーリーも同様に前に。
ドロシーはどちらが先に引くかシャーリーに訊こうとしたが、
「私が吹っ掛けた勝負だもの。私は後攻でいいわ」
と一歩後ろに下がってしまった為、ドロシーが先攻でくじを引く。
シャーリーもくじを引いたのを確認し、ミトスがパンっと手を打ち鳴らす。
「それじゃあ、くじを開いて皆に見えるように開いてね~」
彼女の言葉に頷き、二人がくじを開く。
結果は……
○『四葉の御旗』:廃墟エリア
●『銀翼の天使団』:森林エリア
各チームの陣地が決定し、ミトスの開戦の挨拶が終わると、俺達はそれぞれの陣地へと移動した。
廃墟エリアに辿り着いた俺達は、草木が繁茂して家々を飲み込んだ自然と同化した民家が数多く立ち並ぶ街並みを眺めながら、かつては村民達の憩いの場所だったのだろう広場へと腰を落ち着かせた。
広場の中心には六角柱の透明感のあるクリスタルが宙に浮かんでおり、これを試合終了まで死守しつつ、敵陣地にある同様のクリスタルを破壊しなければならない。
広場に来るまでにざっとではあるが町を歩いてみた所、遮蔽物も多く待ち伏せにはもってこいの地形だが、その分死角が多い為敵がこっそりと潜入してきた場合も想定すると最後まで気を緩めることは出来ないだろう。
横目でドロシーを見ると、まもなく始まる勝負を前に緊張している様子で、ギュッと拳を胸元で握り、気を落ち着かせているようだった。
無理もない。昨日はエリーゼやエルザ達との模擬試合や、ミトスとアリーシャからのサプライズがあったものの、敵対する相手の勝負は今回が初めてなのだ。
気負うなというのも酷な話だろう。
だが、今回は俺達もいる。
それに、アイリスに事前にとある相談をしてOKを貰って置いたので、俺も全力を出せる。
必ず勝って見せるさ。
「それじゃあ、皆気合入れて頑張るぞー!」
「なんや、えらい気合入っとるやん、カレン」
「当たり前じゃない、綴。これはドロシーとシャーリーの決闘から始まった試合だけど、勝負事である以上負ける気は毛頭ないから」
「私も同感だ。正規ギルドの中でも指折りの実力者が揃うと言われる『銀翼の天使団』相手に戦える機会はそうはない。今の自分の実力を確認する絶好の好機でもあるしな」
気合十分と言ったカレン達に頼もしさを感じながら、そっとドロシーの髪を撫でる。
「ドロシー、緊張はするだろうけど、俺達は君の味方だ。全力を出して勝てればそれで良し。もし負けたとしても、全身全霊全力で戦った結果なら何の後ろめたさも感じる必要なんてない。だから、ドロシーも今の自分に精一杯を出してシャーリーに向かうことが、彼女の気持ちに応えることになるんじゃないかな」
「……アレンさん」
「まっ、偉そうな口利いちまったけど、俺が負けちまったらごめんな」
「そ、そんな! アレンは最強です! 絶対に負けたりしません!」
身を乗り出して俺の手をギュッと握って力説してくれたドロシーに面食らっていると、ドロシーは自分の手が俺の手をしっかりと掴んでいることに遅れて気付くと、慌てて身を離すが、その頬は紅潮して内心の狼狽っぷりが見て取れた。
「す、すみません、私ったらつい……」
「いやいや、逆に元気が出たよ。ありがとう、ドロシー」
「……はい」
気恥ずかしそうにそっと口元を綻ばせた彼女の肩から無駄な力が抜けた様子に安堵しながら、俺は腰掛けていた縁石から腰を上げる。
「さあ、皆。もうすぐ試合開始の狼煙が起こる頃合いだけど、準備はいいか?」
「勿論! 絶対に勝とうね!」
「いつでも敵陣に斬り込む覚悟は出来ている」
「『ゴブリン・キングダム』との戦いの時は、信者の娘を守る為に『
「私も私に出来る精一杯の力で戦いに臨みます」
気合も覚悟も十分。
後は勝つだけだ。
対戦相手は正規ギルド最強の12のギルドの一角、『銀翼の天使団』。
油断なんて出来る相手ではない。
全力で倒しにいかなければ敗北は必至だ。
だからこそ、俺はアイリスとの交渉で最後の一文を追加させてもらったのだ。
「さあ、皆行こうか!」
懐に手を滑らせ、目当ての物を取り出す。
試合前夜に訪ねて来たアリーシャから、『ゴブリン・キングダム』の事件の達成報酬として受け取っていたそれに秘められた魔力を解放する。
霊晶石。
膨大な魔力を秘めた、
グレゴール伯爵から貰った分も合わせれば3つの霊晶石。
その内の2つを使い、俺は試しにある実験をアルトの村で行った。
同時に召喚可能な隷属者の限度を増やすこと。
現在一度に顕現させ続けられるのは3人まで。
その人数を増やすことが出来れば、これから『
成功するかも分からない賭けだったが、霊晶石1つで隷属者1人分顕現可能な人数が増えた。
今回使用したのは2つ。
つまり、俺が今同時に召喚・顕現可能な隷属者の数は5人。
そして残る1つを使い、新たな隷属者を召喚することが出来る。
今回のギルドマッチにおいては、隷属者は直接クリスタルに攻撃しないことを条件にアイリスから召喚魔法の使用は許可が出た。
むしろ、召喚魔法は使用可能な魔導師が非常に稀有な為、一度実戦の中で見てみたいと快諾してくれた。
ならば、俺は遠慮なくいかせてもらうまでだ。
「大樹の守護者にて豊穣の女神よ。我が喚び声に応え、その身を現せ! 顕現せよ、フローラ!」
若草色の魔法陣から、頼り甲斐のある気丈な笑みを浮かべた美しい少女が。
「叡智の書庫の番人、全てを見通す眼を持つ者よ! 我が喚び声に応え、その姿を現せ! ルイーゼ!」
黄褐色の魔法陣から、分厚いハードカバーの本に目を落としながら黒髪を風にそよがせる図書館の番人が。
「白銀の鎖に戒められし幽鬼の王よ。我が喚び声に応え、その身を現せ! 顕現せよ、セレス!」
灰色の魔法陣から、エプロンドレスをチョコンと摘み、ペコリと頭を下げる灰色の髪の侍女が。
「万物を灰燼に帰す紅蓮の炎を纏いし、
深紅の魔法陣から、深紅の髪を噴き上がる火の粉で明るく照らし出しながら不適に笑う少女が。
そして、もう1人。
「遍く宝珠の力を宿した魔剣の戦士よ。我が喚び声に応え、その姿を現せ!! 顕現せよ、スフェール!」
地面に展開されたのは黄金色の魔法陣。中央に鞘に収められた剣が鎮座し、それを円形を描いて取り囲むのは様々な形にカットされた宝石の数々。
美しい紋様に彩られた魔法陣から新たな隷属者が召喚される。
最強の仲間達を引き連れ、俺達は出陣する。
「出撃だ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます