第3章 銀翼の天使団篇(メイン舞台国家:アリーシャ騎士団領)

第65話 港町ロクレール(女神暦1567年5月7日/ロクレール)

 地均しされて整備され、時折旅人や行商人達が宿泊する為の宿屋が建つ平原の街道を2台の馬車が駆けていた。

 先頭の御者台に座り馬の手綱を握っているのは、アリーシャ騎士団の甲冑を纏った兵士で、慣れた手つきで馬を走らせている。

 そして、熟達した技術で乗客に移動中の振動を最小限にしている馬車に揺られているのは、俺と3人の仲間達だ。


「アレン様、ゼルダ様! 向こうで羊飼いのオジサンが手を振ってるよ!」


「エ、エルザ。あんまりはしゃぎすぎると危ないよ……」


「平気、平気! ドロシーも窓から見てみなよ! あっちのは花畑もあるよ!」


「もう、だからそんなに身を乗り出したら危ないって……あっ、本当に綺麗」


 馬車の車窓を大きく上に押し上げ、上半身をグイっと外へ突き出しているエルザと、彼女が落っこちないよう腰元に手を伸ばして支えつつも、車外の景色に目を奪われて自然の風景の虜になっているドロシーに俺とゼルダは口元を綻ばせる。


「随分とはしゃいでいるな、エルザは」


「見慣れない物が沢山あって、好奇心が刺激されてるのかもな」


「それもあるかもしれないが、私にはドロシーと一緒に旅に出られている今のこの状況を楽しんでいるように見えるよ」


「ああ、それは言えるかも」


「ドロシーは図書館の仕事があって中々外へ出る機会が少ないから、この旅行は丁度良い休暇になってくれるといいのだが」


 俺達は現在、アリーシャ騎士団領の南部に位置する港町ロクレールに向かっている。

 先日、『ゴブリン・キングダム』の事件の顛末を記した報告書をエリーゼが翼竜ワイバーンに乗って首都まで届けに行ってくれたのだが、翌日に王城からの使者が手紙を携えてアルトの村に到着し、俺達はその中身を拝見した。

 その内容はこうだった。



1.依頼の成功報酬は『ゴブリン・キングダム』壊滅とグレゴール伯爵領との交流の確保という多大な貢献を鑑みて、当初の金額に更に上乗せした額を後日支払うこと。

2.アリーシャ騎士団領領主として森羅教、ルスキア法国の魔女、ゴブリン族のアルトの村への定住の許可及び一部経済的補助を行うことを確約する。

3.アルトの村の村民に限り、アリーシャ騎士団が国内に保有している保養地を身分を問わずに無期限に使用可能とする。


※追伸。ロクレール支部の保養地には火の魔鉱石を使用した温水プールがありますので、是非オススメです。差し出がましいとは思いましたが、既に支部長のミトスには皆様に国内の保養地を利用してもらおうと考えて、そちらにお邪魔するかもという旨は伝達済みですので、もし良ければ長旅の疲れを癒して頂ければ幸いです。



 その書状を読み終わった後、俺とゼルダとカレンは、ドロシー達を旅行に連れて行ったことがなかったと思い保養地への旅行を即断した。

 エルザはその決断に諸手を挙げて大賛成し、シャーロットもそれに賛同した。

 ドロシーは「図書館の業務があるので……」とやんわりと辞退しようとしたが、「図書館のことを憂いてくれる気持ちはとてもありがたいが、君は働ぎ過ぎだ。たまには休暇を取って、気分転換をしてくる時間も必要だろう」「ドロシーさん、少しの間だけでしたら、私とルイーゼ館長で図書館を運営することはできますから、是非アレンさんと素敵な思い出を作ってきてください」と上司と同僚に押し切られてしまい、「そ、それならお言葉に甘えて……いってきます」と恐縮そうに頭をペコペコ下げて、ロクレール支部が手配してくれた馬車に乗ってくれた。

 今回の旅行の参加者は8人。

 俺、ゼルダ、カレン、ドロシー、エルザ、シャーロット、綴、エリーゼ。

 ルスキア法国の魔女達はリーダー役を担っている女性の体調が優れないことと、ゴブリン兵の人達が自分達の住まいを造ってくれている中、旅行に出かける訳にはいかないからと辞退し、ゴブリン兵達は住居の建造と俺達の留守中アルトの村の自警団を買って出てくれた為同じく村に残ることに。

 ルイーゼとフランソワは、図書館の人手の都合で居残り。

 最初は綴も魔女達とゴブリン兵の皆が残るのに、自分だけ旅行にはいけないと断りかけていたが、「首領はずっと気を張り続けて頑張ってきたんだから、ちょっとは休んでください!」と信者達に背中を押されて強制的に参加する運びとなった。

 今はカレン達と共にもう一台の馬車で車窓から景色を眺めているかもしれない。

 

「そういえば、ロクレールってどんな町なんだ?」


「ロクレールはアリーシャ騎士団領の海の玄関口となっている港町だ。漁業が盛んで、港で水揚げされた魚介類に防腐の魔法をかけてカザンのような交易都市を始め、国内へ流通させている」


「へえ、じゃあ海の幸とかに期待できそうだな」


「ロクレール産の魚料理は絶品だよ。きっと、アレンも気に入るだろう」


 ゼルダとそんな会話をしていると、馬車の揺れが収まり車輪から感じていた砂利混じりの|轍(わだち)の地面の感触が舗装された道特有の硬質な感触に変化したことを感じる。

 思わず車窓に目を向けると、既に馬車はとある町の中にゆったりとした足並みで入ったところだった。

 町に立ち並ぶ住居は石灰で白く塗られた外壁のものばかりで、日差しによって建物内の温度が上昇し過ぎないような造りになっている。

 街路樹は南国を思わせるようなヤシの木が等間隔で植えられており、ヤシの葉の影に座って果実をくり抜いた器に入ったジュースを美味しそうに飲んでいる子供達の笑顔が微笑ましかった。

 テラス席のあるパブでは真昼間にも関わらず、健康的な日焼けをした大柄な男達が酒を酌み交わして赤ら顔で大漁を祈願する舟歌を熱唱している。


「わあ、カザンとはまた雰囲気が違うんですね」


「ああ、この町は漁師や船大工達が支えている土地だ。騎士団が貴族や悪徳商人達と24時間しのぎを削り合ったり牽制し合っているカザンとは雰囲気も異なるのさ」


 最初は大人しく座席に座っていたドロシーも見知らぬ土地を訪れる高揚感に負けたのか、車窓からチョコンと顔を出して道行く通行人や町並みを眺め始める。

 そうこうしているうちにも馬車は悠然と市中を通り抜け、町の高台にある岬の近くに建つ、アリーシャ騎士団領の国旗が尖塔に掲揚されたアリーシャ騎士団ロクレール支部の前に到着する。

 恭しく頭を下げて馬車の扉を開けてくれた御者役の兵士に礼を言って馬車から降りると、もう1台の馬車に乗車していたカレン達も下りたところで、「やっほー、アレン」とカレンがニコニコと手を振ってくれた。

 彼女に向かってこちらも手を振っていると、城門から一人の兵士が駆けて来て、「アルトの村の皆様ですね? 支部長のミトス様がお待ちです。ご案内致しますので、長時間の移動後のすぐ後で誠に恐縮ではありますが、どうかご面会を」と申し訳なさそうに頭を下げられ、流石に無下にする訳にもいかないし、騎士団の保有する保有地を使わせてもらう以上、この支部の責任者に挨拶もなしという訳にもいくまい。

 兵士に案内されて砦の中に入り数分程歩くと、手入れの行き届いた中庭に面した外開きの扉の前に到着し、兵士がノックがすると「は~い、どなた~?」と間延びした緊張感のない声が向こうから聞こえて来た。


「失礼いたします、ミトス支部長。アルトの村の皆様をお連れ致しました」


「アルトの村? ……ああ~、そういえばアリーシャが何かゼルダとそのお仲間さんが来るって言ってたような言ってなかったような~?」


「前者です、支部長。事前に連絡はしていたと思うのですが……」


「あら~、そうだったっけ? そういや、結構重要だったような決済書類の束にオレンジジュース零しちゃってそれを補佐官に見つかりそうになって机の下に蹴り入れた時にそんなこと部下が言っていたような気もなきにしもあらずかも……? まあ、些末なことだよね~、それよりも入ってもらって~」


 額に頭をやり天井を見上げて疲れ切った表情を浮かべる兵士にゼルダは、「相変わらずのようだな、アイツは……。……苦労をかける」「いえ、皆もう慣れておりますので……」と互いに何かを察したように言葉を掛け合い、「どうぞ」と兵士が開けてくれた扉を潜る。

 そこは砦の指揮官が職務を行う執務室のようだったが、奥には見渡す限り世界の果てまで続いていそうな海が一望できるテラスがあり、そこに置かれた椅子にグデ~と脱力し切ったようにだらけきって座っている少女の姿があった。

 手元に置かれた瓶詰の砂糖菓子をヒョイと摘まみ、「ふぁぁああああ~、眠い」と目元をゴシゴシとこすりながら体を起こした少女は、アリーシャ騎士団の鎧を纏っていることから騎士団の人間だと分かるが、まさかこの女性が支部長なのだろうか。

 ボサボサのオレンジ色の髪をツーサイドアップにし、腰元には髪の色と同じく蜜柑色の宝玉を柄頭に嵌め込んだ剣を帯びており、白色の指なし手袋を付けている。

 少女は俺達を順繰りにボンヤリと眺め、視線がゼルダを捉えると、片手をのんびりと挙げて、


「わ~、ゼルダだ~。久しぶり~、元気だった?」


「私は元気だよ、ミトス。君は相変わらずのサボり癖が今も抜けていないようだな」


「えへへへ~、もうこれは私のアイデンティティーなので」


 ふにゃ~とした笑みを浮かべて後頭部を掻く少女、アリーシャ騎士団ロクレール支部支部長ミトスとの出会いはそんな感じで幕を開けた。

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