第26話 新たな招待状(女神暦1567年4月27日/『四葉の御旗』ギルドハウス)

 『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』との決戦の翌日の昼間。

 俺は連日連夜奴隷売買に関わった招待客達の尋問やアリーシャのいる首都への報告書の作成、そして昨日の戦闘指揮で目の下にクッキリと隈を作ったヘトヘト状態でギルドハウスを訪ねてきたマルガにお茶を差し出す。


「かなりきつそうだな、マルガ。これ、フローラが家庭菜園で栽培しているハーブで淹れたハーブティー。疲労回復に効果があるみたいだから、よかったら飲んでみてくれ」


「ああ、すまねえ。尋問した『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』の連中の調書作成やら、奴隷売買に関わっていた連中の洗い出しやらで、ここんとこ睡眠時間が足りてねえんだ」


「『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』の構成員達はほぼ全員逮捕出来たのだろう? 奴らは今までの犯行を認めているのか?」


 マルガの対面のソファに座っているゼルダが問いかける。


「マスターのジルベスターやダッド兄弟は黙秘を続けちゃいるが、ガイオンって小者は剣の腹で頬をペチペチと叩いたらベラベラと色々と喋り出してくれたから、近いうちに奴隷売買に関する一連の事件は解決すると思うぜ。いや~、協力的な奴がいると仕事が捗る捗る」


 いや、それ協力じゃなくて脅迫じゃ……。

 あの夜、『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』はギルドマスターのジルベスターを含め、 ほぼ全ての構成員が騎士団に捕縛されて壊滅した。

 決まった拠点を持つことはなく、子供の誘拐を繰り返し続けては、その国や地域の治安維持組織に居場所を嗅ぎ付けられる前に国外に逃れて奴隷売買を続けていた闇ギルドの壊滅によって、新たな寄生先にされていた騎士団領の治安もより改善されるかもしれない。


「中々美味いなこれ。ハーブティーなんてただ苦いだけかと思ったが、これは案外イケる」


「ああ、それは分かるよ。俺も正直昔は好きじゃなかったけど、フローラの手作りは結構グビグビ飲める」


「フローラのハーブティーは苦みや雑味がないから、私も好きだよ」


「茶の味なんて今まで気にしたことなかったが、茶葉の質や淹れ方でこうにも変わるもんなのかね? そういや、他の連中は今日はどこにいるんだ? 姿が見えねえが?」


「カレンはエルザとシャーロットを連れてカザンへ買い出し、フローラとセレスは畑の収穫作業、ドロシーとルイーゼは図書館で雇う司書の採用面接中だ」


「へえ~、働く職員の確保を始めたってことはあの馬鹿デカい図書館がオープンする日も近いのか?」


 目を丸くしながらハーブティーに口を付けるマルガに、俺は首肯する。

 アルトの村の図書館は平時であればルイーゼとドロシーの二人がいれば十分に運営は可能だが、村の外からの来館者への対応やサービスの提供を考慮すると、若干名人手の補充がしたい。

 そう愚痴を零していたルイーゼの手助けになればと、カザンにある商業ギルドの掲示板に司書の募集求人を出しておいたのだが、数人程の申し込みがあったそうで、今日は応募者の面接日だ。

 図書館という本や文字を扱う職場のため、可能ならば読み書きや事務処理能力に自信がある人材が欲しいところだが、基本的には人柄や熱意を重視すると宣言していたので、粗雑な人間を採用することはないだろう。

 というか、ルイーゼが本気になったら、【神眼】スキルで相手が腹の底で何を考えているのかなんて手に取るように把握できる。

 恐ろしい面接官が誕生してしまったものである。


「まあ、開館すれば試しに寄ってみるのも面白いかもな」


「マルガも何か本を読むのか?」


 思わぬところに読友がいたのかと、嬉しさのあまり少し上ずった声が出てしまった。

 うう、駄目だ。駄目だ。

 オタク趣味にどっぷり浸かっていると、同好の士の存在に異常に反応してしまうので、ウザがられないよう自制しなければ。


「いや、別に俺は読書が趣味って訳でもないけどよ、図書館なんて首都にしかないから、この村の図書館はどんな感じなのかなって気になっただけだ」


「首都にも図書館があるのか?」


「ああ、あるぜ。民間には今の段階では開放しちゃいないが、城勤めの文官やらが分厚い本をヒイヒイ言いながら抱えて図書館と事務室を往復してるのをよく見かける」


 首都の図書館か……。この世界の文字も【言語学】スキルで読めることだし、この世界について詳しく勉強できる環境が整っていそうだな……。

 ルイーゼの図書館には膨大な蔵書が収蔵されているが、それはあくまで『ブレイブ・クロニクル』の世界に存在していた書物ばかりで、この世界の事柄について記した文献は揃っていない。

 この世界の国々や文化についても無知なままだし、そろそろまとまった情報を仕入れておきたいところだ。

 せめてこの世界の一般常識とかぐらいは知っておきたい。

 是非ともその図書館を利用させてもらいたいものだ。


「アレン、マルガ。図書館の話題に花を咲かせるのもいいが、そろそろ『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』の事件の詳細な報告を聞きたいのだが……」


「あっ、そうだな。悪い、つい話を逸らしちまった」


 脱線してしまった話題を優しい口調で引き戻してくれたゼルダに軽く頭を下げる。

 今回マルガがわざわざ訪ねて来てくれた理由は、『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』の一件で俺達に報告することがあるという用件があったからだ。

 首都の図書館についての質問もしてみたいところだが、今はその話を聞くことを優先しなければ。


「とりあえず、お前らに報告しなければならないことが三つある」


「三つも? 獄中の『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』の連中から目ぼしい情報でも引き出せたのか?」


「いや、それに関してはガイオンの供述ばかりしか出てきてないから、これからじっくり締め上げて吐かせるつもりだ」


 ……流石に拷問とかはしていないとは思うが、マルガの取り調べ方法を一度見学させてもらった方がいいかもしれない。

 いや、別に非人道的な行為や手荒な真似はしてないと思うけど、今から楽しみだぜとばかりに気持ちいい笑みを浮かべるマルガを見ていると若干不安になる。

 『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』の連中の未来に光が差し込むことはなさそうだな……。


「まず一つ目は、『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』への資金援助とオークション会場の貸与を行っていたゲルグについてだ」


「ああ、オークション会場で壇上のドロシー達にいやらしい視線を浴びせまくってたオッサンか」


「私も覚えている。奴がどうしたのだ?」


「昨日の夕刻に、とある情報提供者の証言を元に発見した連中のアジトに踏み込んだんだが……喉元を掻っ切られて絶命していた」


「なっ!? 奴は屋敷を逃げ出した後に『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』の連中に匿ってもらってたんだろ? 仲間割れでもあったのか?」


「それも今調査中だ。室内を逃げ回った形跡が残っていたが、それが『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』の連中にやられたって確固たる証拠にはならねえし、あの夜は全構成員がこの村の襲撃に参加していたから、ゲルグは一人留守番をしていた筈だ」


 自分以外誰もいない筈の場所に何者かが来た。

 ゲルグはその者の凶刃に掛かって命を落としたのだろう。

 『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』の構成員達はアルトの村の襲撃のため全員で払っていてアリバイはある。

 なら、一体誰が……




『『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』は今日の深夜、貴方達の村を総攻撃します。色々と準備とかしておいた方が賢明ですよ』




「っ!? マルガ、捕まえた『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』の奴らの中に亜麻色の髪を三つ編みにした女の子はいなかったか!?」


「急にどうしたんだ? これからその女について説明するところだったんだが、アレンの言ってる女は端的に言えば『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』に潜り込んでいたスパイだ」


「……スパイ?」


 思わぬ単語の登場に思わず呆気に取られる。

 あの少女がスパイ?

 一体、どういうことなんだろう?

 同じような疑問を持ったのか、爽快感のある爽やかな味わいのハーブティーを飲み込んだゼルダが、マルガに疑念を孕んだ視線を向ける。


「アレンに『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』の襲撃を通達してきたという少女のことだな。スパイというのはどういうことだ?」


「昨日の昼頃にうちの支部に訪ねて来てな。フリーの冒険者をしていて、数年前に妹が『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』の奴隷にされたみたいで、個人的に組織に潜り込んで内情を探りながら妹がどこに売られたのか調べていたらしい。アジトの場所を垂れ込んできたのは、その女だ」


「妹か……。その妹の所在は結局掴めたのか?」


「他国を渡り歩きながら商売を行っているうちに幾つか紛失した帳簿があったらしい。運が悪いことに、妹の売却先の記載した帳簿もそれに含まれていたんだと。それが分かった段階で、奴隷を買ったアレンに『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』が夜襲することを伝えて、組織から逃げ出したんだと。明日頃に一度この村に挨拶に来るとさ」


「そういう訳だったのか。事情は分かったよ。もう一度会って話をしてみるのもいいかもしれないな」


 事情はよく理解できた。

 話も一応辻褄つじつまはあっているし、消息不明の妹の手がかりが入手できなかったことには同情する。

 だが、どうにも違和感のようなものが棘のように刺さる。

 上手にそれを言い表すことができないことに歯がゆさを感じるが、何かが引っかかる感じだ。

 何というかあの少女は……全く掴みどころがないのだ。

 飄々ひょうひょうとした笑顔を浮かべながらも、誰も自分の懐の中に飛び込ませないような防壁のような拒絶感のようなものがあったような気がする。

 明日彼女が訪ねて来た際は、使うべきなのかもしれない。

 【神眼】スキル。

 普段なら他者への使用は差し控えることのないスキルだが、もし仮に彼女がゲルグ殺害の一件に関与している場合は、強制的にでも村から退去してもらうことも辞さないつもりだ。


「その女については直接奴隷売買に関与したこともないし、色々と役立つ組織の情報も流してくれたんで保釈したが、どう対応するかはそっちで決めてくれ」


「分かった」


「了解した」


 俺達がそう答えるとマルガは満足げに頷き、カップに残っていたハーブティーを一気に飲み干す。


「ごちそうさん。フローラには美味かったと伝えておいてくれ」


「ああ、彼女もきっと喜ぶよ。しっかりと伝えておくよ」


「おう、頼んだぜ。さてと、次で最後になるんだが、ちょいとアレンに渡す物がある」


「ん? 俺に?」


「ああ、ちょっと待てよ」


 そう言ってマルガはソファの隅に置いていてくたびれた鞄に手を伸ばし、中をゴソゴソとあさり始めるが、中々目当ての物が出てこないのか中身を一つずつ取り出して、テーブルの上に載せ始める。

 猫のイラストが描かれた水筒、掌サイズの仔犬のぬいぐるみ、昼食用のパンを包む花柄の布、掌サイズの仔猫のぬいぐるみ……って、


「なんか可愛い物多くね!?」


「なっ!? う、うっせーな、馬鹿! そこには触れんなよ!」


「いやだって、意外というか何というか、こういった女の子らしい物には全然興味ないのかなと思ってたもんだから。……ふ~ん」


「そのふ~ん、止めろよ! スゲー恥ずかしくなってくるだろ! それに可愛い物好きってんなら、コイツも同類だからな! 一度コイツの部屋に入ってみろよ。部屋中ぬいぐるみだらけで、寝る時もそれ抱き締めて寝てるんだぜ!」


「ぶふっ!?」


 まさかの流れ弾を喰らったゼルダが噴き出し、真っ赤に染まり切った顔でマルガに掴みかかる。


「おい、マルガ! どうして私の趣味嗜好を知っているんだ!? 士官学校時代も騎士団時代も私の可愛い物好きは自分の中でトップシークレット扱いで、一切口外した覚えはないぞ!」


「はんっ、士官学校で相部屋生活してた俺はかなり前から分かってたよ。自分では完璧に隠し通せてると思ってたんだろうが、任務先で立ち寄った町の雑貨屋に入り浸っていたり、ベッドの下に内緒で買った小さなぬいぐるみやら小物をせっせと隠してたのも全部知ってるよ。俺だけじゃなくて、士官学校の同期も騎士団の後輩もな」


「ば、馬鹿な……。まさか、士官学校や騎士団時代に貰う誕生日プレゼントが可愛い意匠のペンダントだったり、ぬいぐるみが多かったりしたのはそういうことだったのかっ!?」


 ソファに顔を押しつけて足をパタパタとさせているゼルダが羞恥心で悶え死にそうになっているのが気になったが、「ほら、これだ」と赤みが差した頬のままのマルガが手渡して来た封筒を受け取る。


「手紙か?」


「ああ、昨日の早朝に首都へ早馬を走らせて『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』壊滅の報を知らせを伝えたんだが、今日の空が白み始めた時間に帰還した伝令兵が持ち帰ったもんだ。裏に差出人の署名がある」


 そう言われ、俺はサラサラとした質感の上質な紙で作られた封筒を何気なく裏返す。

 『スキルホルダー』にセットした【言語学】スキルのおかげで、そこに書かれていたサインは鮮明に読み取ることができた。

 そして絶句する。


「……マルガ」


「ん? 何か問題でもあったか?」


「いや、問題はないけどさ……」


「なら、いいじゃねえか」


「だけど、この手紙の差出人……アリーシャ=レイクフォードって書いてあるんですが」


 奴隷制度に支配されていたペルテ国崩壊への戦端を開き、暴君であった父を討ち取り、今は騎士領を治める領主として君臨するこの国最強の騎士からの手紙を届けに来たワインレッドの髪の少女は、先程の意趣返しといわんばかりの満面の笑みを浮かべ、


「いや~、アリーシャ宛てに送る『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』の奴らの事件の報告書と一緒に、俺らの姫様の大のお気に入りであるゼルダと最近なんかいい感じな男の子がいるって書いたメモ書きも添えて、首都へ向かう伝令役に渡したんだよ。そしたら、返事が返ってきて……」


 そこで一度言葉を区切り、




「ぜ・ひ・と・も一度お会いしたいので、首都までご足労願いたいってよ。あっ、ついでに『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』壊滅の感謝状と礼金もくれるみたいだから、良かったな」




 そう事もなげに言ったマルガの発言に、俺とゼルダは顔をサーと青ざめさせ、冷や汗を流す。


「「な、なんだとぉおおおおおおおお!?」」

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