ガラス破損事件 逆襲編


 夕日が残り数分で沈みそうであり、街中は夜の様相へと変化していく。

 暗がりの特に活気のないとある駅で下沢しもざわ山口やまぐち架橋かけはし三山みやまと合流する。

「調書見つけてくれてありがとうな。」

「まったく!大変だったぜ!なぁ、山口。」

「そうだな。砂山の乱入もあってな。」

「砂山がいたのか?」

三山が山口に聞く。

「う、うん。ただ、あちらにはあちらの都合があったらしく、架橋の言われた通りしたよ。何も問題はないさ。」

「架橋の言われた通りって……何したんだ?」

三山は少し驚いて下沢と山口に聞く。

「閉じ込めたんだよ。」

と山口が答えると、

「……こりゃ、またすごいことをしてたんだな。架橋のアドバイスのおかげで…」

三山は架橋はチラチラからかうように見る。

「いやぁ、あくまでも参考程度に教えてやったんだが。まあ、みんな集まれたんだしよかったじゃないか。」

 架橋は市民センターでの作戦会議の時、もし保管室という密閉された空間に妨害者が現れたらどうするかに言及していた。その内容は至ってシンプルだ。「自分たちが追い詰められてる考えを捨て、逆に相手を追い詰めてやればいい。」

 このカウンター思考が保管室での砂山の閉じ込めに一役買ったわけだ。

架橋は三山、山口、下沢に再び発破をかける。

「ここまできたら、後戻りは当然できない。俺たちはあの屈辱的な体験を忘れていないよな。高津を潰す。それだけだ。」


 4人の顔が真剣になる。


 これから最終段階へ入る。


「下沢、調書を貸してくれるか。」

「はいよ。」

 架橋は常人離れした調書の速読を展開する。

「……なるほど、やはりな。」

「お前の仮説通りか?」

三山がそう問う。

「ああ、これで全てのピースが揃った。これから高津を抹殺しに行くぞ。」



 時刻は夜8時を回る。陽はすっかり暮れ、辺りは真っ暗になっている。

 高津たかつはある場所へ向かっていた。

 かつて自分が教鞭をとっていた中学校へ。

 職員室に置いてある自身の道具や書類を取りに行くためだ。といっても、以前に他の職員が片付けてしまったらしくそれほどないが。

職員室は高津以外誰もいなかった。日曜日ということもあり、わざわざ仕事に来る教職員はいなからだろう。もしくはセクハラという不祥事を起こした高津を毛嫌いして近寄りたくないからか。これからのスケジュールは夜9時過ぎに校長と理事長がやってきてこの先の話し合いをする予定だ。なのでしばらく高津は自身の椅子に座り、寛いだ。

 静寂な職員室。窓を見てみると真っ暗な校庭が広々と映る。もちろん生徒なんて1人もいない。

 高津は深く深呼吸をして時が流れていくのを待つ。

 しかしその静寂を断ち切るかのように突然ある生徒たちが職員室に押しかけた。


バーン!


 思いっきり扉を開けたその生徒は怒りというよりは少し愉悦を感じているような顔をしながら他3人の生徒たちと一緒に高津のもとへ近寄る。


「……架橋、三山、山口、下沢……………………」


「お久しぶりですね。セクハラ教師。」

架橋はそう開口一番、ゆっくりとした物言いで高津にそう吐き捨てる。

「何しに来たんだ……」

高津は態度には表していないが内心、驚いている。そして少々不安が生ずる。以前に罵詈雑言を異常なほどかけた生徒たちだからだ。

「復讐しに来たんですよ。まさか、忘れたとか言わないでくださいよ。セクハラ教師。」

「……復讐ねぇ。こんな時間まで…私を待ち伏せていたのか。」

「えぇ、僕たちのあなたに対する恨みいうのは相当なものですから。」

高津はここ1週間家に閉じこもっていたせいか、高速な思考ができない。

「……で、……何するんだ。……私を煮たり、焼いたり、…炙ったりするのか。…それをネットで拡散させて身体的に、…社会的に私そのものを根絶しようと…しているのか。」

高津はネガティブなアイデアしか思いつかない頭となっていた。それほど彼はここ1週間で追い詰められていたかもしれない。

「そんなことしませんよ、セクハラ教師。僕たちがやりたいのは、ねじ曲がった事実を元に戻してやるだけですよ。」

「……?」

架橋はニヤリと笑う。他3人は黙ったままだ。どうやら架橋だけに喋らせるのをあらかじめ決めておいたのだろう。

「これは、ガラス破損事件の調書です。」

架橋は右手に持った調書を高津に見せつける。

「……盗んできたのか。」

「えぇ、下沢と山口が、ですが。この調書の執筆者は高津とある。つまりあなたが書いてますね。」

「…あぁ、学年主任兼生活指導担当の教師が調書を作成する仕組みになってんだ、この学校は。」

「だが、調書の中身を見てみると、虚偽の供述があるわ、事実をねじ曲げるてるわ、謎の感動反省シーンがあるわ、で呆れましたよ。これで一つの小説が書けますよ、架空のね。」

架橋は右手に持った調書を高津を嘲るようにゆらゆら揺らせながら言う。

高津は無言になる。

「当時、あなたはガラス破損事件のポイントを犯人の絞り出しにした。そこまでは別にいいです。僕たちが突っ込みたいのはガラス破損事件の調査の正確性です。」

「……というと?」

「ガラスを割った直後、三山が近くにいた笹井ささい先生に事情を説明して、笹井先生は僕たちにそこに留まっとけと言って、僕たちはおとなしく教室にいたんですよ。」

架橋は三山の方をちらりと見て三山が頷くのを確認してから続ける。

「教室に待っている間、僕は教室を見渡したんですよ。教室外では誰かがやらかしたらしいと一斉に噂されたみたいで野次馬が集まってたんです。教室の外に人だかりが出来上がる。そして僕たちを見て初めてこいつらがやったんだなと目星をつける。」

高津は架橋の話す意図がつかめない。

「…何が言いたい?」

「目撃者がいないんですよ。」

架橋は薄気味悪く笑いながら話す。

「だから…何だよ。」

高津は頬杖をつきながら退屈そうに聞く。

「高津先生は応接室での発言でこう言っていましたよね。"もう聞き取り調査をして犯人は分かってるんだよ。"と。しかし先ほど言った通り、事件当時の目撃者なんて存在しないんですよ。だから犯人が特定できるわけないのですよ。」

高津は架橋の話の意図がようやくつかめた。だが、反論の余地は残されている。

「クラス外の野次馬が知らないのは当然だ。事後的に湧いてきたんだから。聞き取り調査をしたのはお前らと同じクラスメイト、つまり同じ教室内にいた奴らからだ。それで山口が犯人と特定できたわけだ。」

架橋はニヤニヤ笑う。その態度は勝ちルートに入った優越感が顔に滲み出ているようにも見える。

「てめえ、何笑ってやがるんだ。」

病んだ高津の言動は教師とは程遠いものだった。徐々に語気を荒げていく。

「なにも、この事件はてめえの後ろに突っ立てるその山口が犯人で決まりだろ? なんなら、それで無事解決じゃねえかよ。てめえの言ってることはただの憶測に過ぎねんだよ。推理ごっこはよそでやれよ。クソガキ。」

右目をピクピクさせながら高津は威嚇の表情を見せる。だが、架橋は愉悦している。

「当時、同じ教室内にいた僕たちのクラスメイトは6人。仲良しの女子グループしかいませんでしたよ。あなたはその6人に聞き取り調査をしたということでいいんですよね。」

「同じ教室内にその6人しかいないと断定できる証拠は?お前の目視だけだ確認したなら人数のばらつきが生じる可能性だってある。」

「ご心配なく。その6人に確認を取りましたから。彼女たちは断言してましたよ。彼女たち6人と僕たち4人以外にクラスメイトは教室内にいなかったと。5時間目が体育のため、多くのクラスメイトが校庭に出てたのも肯けますし。」

高津はフフフと笑う。

「あっはっはっはははははははははははははははははははははははははは!!!!」

「何がおかしいんです?」

「その聞き取り調査の信憑性がなさすぎるぞ。お前らが脅して、誘導させることもできるだろうがよ。あらゆる可能性を排除してくれる証拠が口頭だけの質問かよ?しかも証拠とは言えない子供騙しみたいなお子ちゃま証拠が。やっぱ、お前、頭悪ぃよ。特別支援学校いけよ。」

 高津は架橋を侮辱すると同時に全ての子供達を貶したと言ってもいい発言をした。

 架橋はそろそろ最終局面へ入れるようにに頭の中の情報群を整理する。

「では、お聞きします。高津先生は、一体誰に聞き取り調査をしたのでしょうか。同じ教室内にいた女子6人は1度もそんな目撃者供述をさせられたこともなかったらしいですよ。」

高津は一瞬だけ鼻を啜る。思考の時間稼ぎをするためにわざと顔の一部を動かしたか。

「だから言ったろ?必ずしも同じ教室内にいた目撃者はその女子6人とは限らないと。他のやつに聞いたんだよ。」

高津は手のひらをゆらゆらと振る。そして瞬きの頻度が先ほどより多くなる。

「ぼくの質問に答えてください。一体誰に聞き取り調査をしたのですか?」

「…………秘密の守秘義務がある。もし言ったらお前らたちがその人を恨んで襲うかもしれないだろ?その人の安全を守るために俺は言わない、いや、言えないんだよ。」

 これ以上責められることはないだろうと高津はニヤケがこみ上げる。

 だが、高津は架橋が求めていた展開にまんまとハマった。

 架橋は嬉しそうに笑顔で言う。

「高津先生が書いた調書には……おや?聞き取り調査には笹井先生と砂山先生と書いてありますね。生徒の名前ではないですね。コレってどういうことですか?」

 架橋はニコニコしながら調書のページを強引に開き、強引に高津の顔面の真ん前に突き出す。

調書の存在を忘れていたのか今まで言った高津の発言は今の架橋の調書という強力な証拠で、もはや失言だらけとなる。

 だが、高津は抵抗する。

「砂山さんと笹井さんが聞き取り調査をしたわけだ。その結果を俺に教えてくれたわけだ。」

 誰もが思いつくような答えを架橋に返す。だが、実際には架橋の作り上げた破滅ルートに高津が乗っかってきているのだ。

架橋は次なる強力の一手を出す。

「すみません、うっかり誤読しちゃって砂山、笹井の"聞き取り調査"ではなく、"相談"と記載されてますね、これ。」

「!?」

 高津は目を見開き、口が半開きになる。

 彼は完全に架橋の餌食となった。

「"相談"にはこう記載されています。"砂山先生と笹井先生と相談し、犯人の特定をしたことを既知とする素振りを見せかけ、彼ら4人に素直に供述させる方法が妥当だと至った。"

これは酷すぎますね。聞き取り調査云々より、まず証拠を集めてない。それで脅迫作戦で僕たちに無理やり吐かせようとしたわけですからね。とんでもない大嘘つきですよ。」

架橋は大嘘つきを誇張して言ってやった。

 高津は唖然としていた。まさか自身で書いた調書が自身を苦しめるとは思いもよらなかったのだろう。

架橋はさらに踏み込む。

「というわけで、これであなたの嘘つきを立証したことですし。まあ、最初からあの調書の"相談"を提示してれば早く終わったのですが、わざと長引かせてあなたが追い込まれていく様を見させてもらいましたよ。」

 架橋は三山、山口、下沢たちを見て微笑む。3人はやったな!みたいな顔をして架橋をたたえる。

だが、高津は架橋を許す気はないようだ。

「おい、架橋。てことは俺をおもちゃにして可愛くいたぶっていたわけか。」

「そうですよー。論破された心境はどうです?中学生に負けたらそりゃまずいですよねー!」

高津はブチギレた


ドン!


「ぐはっ!」


「てめえ、殺す。」


高津は俄に立ち上がり架橋の首を掴んで床に叩きつける。

「架橋!」

三山、山口、下沢は架橋を助けるために高津に襲い掛かろうとするが架橋が静止する。

「来るな…これが最強の交渉カードになる。だから……手を出すな。」

交渉カード。そんな言葉を聞いて高津は架橋の首を締めながら言う。

「なんだぁ?交渉カードっつぅのは?今のこの状態で交渉しようってか?安心しろ。殺しはしねぇ。ちょっと痛めつけてやりたかっただけだ。」

「あなたへの交渉カードじゃ……ない……です……よ。」

「あん?」


 職員室の遠い方の扉がガラガラと開く。


 ある2人の人物が入室する。

 高津はその2人を見た瞬間、架橋の首からすぐさま手を離した。


「校長……理事長……」


「怪我はないかね?架橋君。」


「今も息苦しさがありますが、まあ問題ないです。」

 架橋はぬくっと起き上がる。


「おいおい、架橋、一体どういうことだよ?」

三山がそう言い、山口と下沢もこれは打ち合わせ通りではないのか、彼らも驚いていた。


「大丈夫だ。俺たちの完全勝利だ。」


 架橋はそう言い、右ポケットからスマートフォンを取り出し、あるアプリの稼働をオフにした。


「何だよ、それ。」

山口が架橋に聞くと、

「最強の交渉ツールさ。」

と架橋は答え、校長と理事長に向かってこう言った。

「校長先生、理事長先生。高津先生という一教師の生徒への暴言、暴力沙汰の一部始終は全てこのスマートフォンのアプリの"録音"に記録されています。これを公にしてほしくないならば、交渉です。この記録を破棄するかわりに僕たちをこの中学校に在学させることを約束してください。」

 教師の不祥事が世間に広まってしまったらその中学校の評判は悪くなる。入学生の人数にも影響が出かねない。架橋はその学校の弱いところを突いた。

 校長と理事長は目を合わせ少し話した後、理事長から架橋に言う。


「わかりました。その交渉に応じましょう。」

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