それでも嘘を重ねる
志央生
それでも嘘を重ねる
つい魔が差した、というのは簡単なのだろう。大事なのは、そのあとに続く言葉だ。私が思うにこのあとに何を口にするかで、許されるか、許されないかが決まるのではないだろうか。
「あなた、これは一体どういうこと」
机の上に散らばった写真。いつもなら温かい食事が置かれるはずの場所に、冷めた空気が漂っていた。
「それは、その」
私は口ごもりながら、散らばった写真に目を向ける。写っているのは私と若い女性の二人きりの場面。どれも仲睦まじそうな雰囲気を漂わせていて、男女の関係なのでは、と思われても仕方ないものばかりだった。
椅子に座った私を見下ろすように立つ妻は無言のままだ。いい加減なにか良い言葉を見つけないといけない。
「これはだな、会社の後輩で。飲み会をしたあとに酔っ払った彼女を駅に送ろうとしていただけなんだ」
どうにか言い訳として成り立ちそうなものを選び口にした。だが、妻は「それで、何度も介抱をしたことがあるの」と声のトーンを一切変えず、静かに私に問いかけてきた。
「まったく困った奴だよな。いい大人なんだから、一度経験した失敗を繰り返さないようにするべきなのにな。今度、強く言っておくよ」
口早に私は言って、椅子から立ち上がろうとするがそれを静止させられる。
「なら、これはなに?」
眼前に突きつけられたのは、決定的な写真だった。とあるホテルから、女性と出てくる私がくっきりと写っていたのだ。
「そ、それは」
背中から冷たい汗が一気にあふれ出す。これは言い逃れできない。私は頭をフル回転させ、妻の目を見る。
先ほどまでの私の言い訳もすでに嘘だということを見抜いている。その上でわざと私に言い訳をさせたのだ。
最初から本当のことを言っていれば、もしかしたら許してもらえたのかもしれない。妻は私を試していたのかもしれない。
そんなことを考えながら、もはや手遅れだと諦めも生まれていた。
こうなれば、口にすることは決まっている。
「つい魔が差して」
そう言いながら、妻の顔色を確認する。表情を一切変えず私を見つめ、口だけを彼女は動かした。「それで?」
その瞬間、私は何も言えなくなってしまった。この次の言葉に何を言っても私は彼女に許して貰うことはできないだろう。間違えたのだ、選ぶ言葉を。いや、きっともっと前から選択を間違えたのだ。彼女を裏切ってしまったときから。
了
それでも嘘を重ねる 志央生 @n-shion
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます