第3話 この世界の謎の巡り
「おい、あの可愛い子誰だよ」
「矢野真美雨。転校生だよ」
教室でやたら僕に絡んでくる林崎に応えた。
寝癖があり、僕と話してる時以外は基本、眠そうな顔をしているだらしのない奴だ。
それでも、雰囲気や口調は何だかチャラい。
林崎は僕と寮で同室であり、比較的よく話す仲である。
真美雨と相部屋になったはずじゃないかって?
そんなわけないだろ。真美雨は女子の部屋へ行き、普段無口でありミステリアスな雰囲気を漂わしている葉月さんと同じ部屋になった。
あの二人が同室なのは少し心配だった。
「葉月さんに加え矢野さんという美人さんが同じクラスになるなんて幸せだ」
「お前は女しか興味はないのか」
もちろん、林崎も『自分で自分を捨てた人間』である。
何を捨てたのかは分からない。聞くつもりもない。
ただ、こんな奴でも自分を捨てることは意外だった。
同じクラスと言ってもクラスは一つしかない。
それでも、林崎と葉月さんは毎日欠かさず学校へ来る。
特に授業もしないこの学校へ来てもやることなどない。
強いて言えば、読書をするか林崎の本当か嘘か分からないような話を聞くくらいだ。
「なぁ、聞いてくれよ。この前、空飛ぶ人間を見つけたんだ! 凄くね?」
また始まった。
「へー」
僕は軽く受け流す。
「何だよその反応。信じてねーだろ」
「そんなことがあったら、是非見せて欲しいよ」
「だったら、この世界探検しよーぜ! 俺もこの世界についてよく知らないし」
「嫌だね」
そんな面倒なことを好き好んでやるほど、僕はお人好しじゃない。
そんなことはどこかで勝手にやってればいいのだ。
「ノリわりーな。葉月さんと矢野さんも誘って探検しようぜ!」
だったら、尚更ごめんだ。
「僕は遠慮しとくよ。三人でやってればいいだろ」
「お前がいないと無理なんだよ」
「どうして?」
「俺、葉月さんは話せるけど矢野さんは初対面だし、美人だし緊張しちゃって」
こいつがそんなに女に弱いのは驚いた。
「女の子としか考えてなさそうなのにな」
「ひでーな」
「だったら、一人か葉月さんと一緒に行けば?」
「一人は怖いし、葉月さんと二人っきりも緊張するし」
「葉月さんのこと好きなの?」
「うるさい!」
林崎はあまりにも下手に誤魔化した。
「仕方ないな。少しだけな」
「まじで!? 祝・探検隊の結成だー!」
「まだ、女子二人には何も話してないけどな」
「あ、そうだった」
これで仮の探検隊が結成した。
残りの二人が行くか行かないかは、行かないに一票を上げた。
「探検?」
真美雨は言った。
「うんうん」
林崎が元気に応える。
「春也くんは行くの?」
「もちろん!」
「だったら、行く」
真美雨は僕が行くから行くという安直な判断で仲間に加わった。
そこに小柄で目が隠れるまでに髪の長い女の子が真美雨の袖を掴んだ。
葉月さんだった。
「わ、私も、行く」
耳を澄ませないと聞こえないほどの小さな声とぎこちない口調で喋った。
「咲も行くのか!」
咲とは葉月さんの下の名前だ。
林崎は何故か本人の前では呼び捨てで呼ぶ。
親しくなりたいがためにやっているが、内気な葉月さんには中々その思いは届かなかった。
「う、ん」
葉月さんが応える。
「これで正式に探検隊の結成だー!」
林崎は嬉しそうに言った。
「ところでどこを探検するの?」
真美雨が聞いた。
「この世界だよ」
林崎が応えた。
「……もっと具体的に言ってくれない?」
真美雨は林崎のあまりに抽象的な返答に若干、呆れていた。
「わ、たしは、空飛ぶ、人がいる、らしいから、みたい」
葉月さんは途切れ途切れの分かりにくい話し方をした。
「咲、俺それ見たぜ!」
林崎はノリノリで応える。
自分は見た。と言う自慢をしたかったのだろう。
「う、らやま、しい」
「だろ!」
「それ、を、見ると、一つ、願い、が、叶う、んだよ。何、を、お願い、したの?」
「え、そうなのかよ!」
林崎は初めて聞いたような反応をした。
もちろん僕も初耳だった。
「もっ、たい、ない」
葉月さんはその言葉を最後に黙り込んだ。
もったいない。きっと、願いごとをしなかったからもったいないと伝えたのだろう。
林崎はいつもの笑顔がなくなるまで落ち込んでいた。
相当、ショックだったのか。
「だったら、私も知りたいことがあるの」
「何、何?」
林崎は興味津々に真美雨が言ったことを聞いた。
僕はある程度、想像できたので聞かなかった。
「私を捨てた人は誰なのかを知りたい」
やはりそうだった。
真美雨の言葉には、あとの二人は疑問を抱くだろう。
「す、てら、れた?」
最初に口を開けたのは、珍しく葉月さんだった。
「そうなの。私は自分で自分を捨てた覚えはないし、もしそうだとしても何を捨てたのか分からない。だから、誰かに捨てられた可能性のほうが高いの」
真美雨は頑なな、説明口調で話す。
「おい、おい。ちょっと待てよ。だったら、矢野さんもーー! ごめん、何でもない」
林崎は何かを言おうとして辞めた。
僕は特に深追いはしなかった。
葉月さんもだ。
だけど、真美雨だけは違った。
「林崎くん、今何か言おうとした?」
「……何でもない、です」
「嘘つかないで」
「……しつこいよ」
林崎はらしくない態度をとる。
しかし、これに関しては真美雨も悪い。
しつこすぎるからだ。
ここはすんなりと引くのが定石だ。
それでも、真美雨は引かなかった。
「教えてよ。知りたいの、誰が捨てたのか」
林崎が口を開く。
それは、今からそのことを話す口の開き方だった。
「……矢野さんが捨てられたって本当?」
「えぇ」
「捨て子ってことだよな」
「そうなるね」
「……実は俺も捨てられた人間なんだ」
驚いた。
まさか、林崎も捨てられた人間だったとは。
「そうだったんだ」
真美雨も若干だが驚いていた。
「でも、矢野さんとは少し違う。俺はガキの頃、道端に捨てたれた。本当の捨て子なんだ。親の顔も、もう覚えちゃいねぇ。その日は眠った。何日も、何日も眠った。そしたら、気づけばここにいた。でも、俺はここにきて幸せだった。飯も食える、ダチもいる。最高だった。だから、俺は忘れていた。俺を捨てたのは誰なのか。矢野さんが今、思い出させてくれた。俺も探したい。いいよな? みんな!」
「もちろんよ」
真美雨は言った。
「う、ん」
続けて葉月さんも言った。
「あぁ」
僕はそれに便乗した。
これでまた、一つ謎が増えた。
どうやら、まだ課題は山積みのようだ。
野良猫女子高生と小さくて深い世界に来たものたちへ 夢野ヤマ @yumenoyama
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