2 薄暗い森の奥には。

 森に入ると一層暗くなる。

2人は警戒を怠らず、神経を研ぎ澄ます。


「村の人が襲われたのはこのあたりらしい」


 暁斗の話を裏付けるように辺りに争った跡が残っている。

ここで誰かが襲われた。

死人は出てないらしい、しかし確実にこの場所で血を流した人がいるのだ。

今朝の夢の光景が脳裏に浮かんで、背中に嫌な汗が流れた。


「このあたりにはいなさそうだな?」


 暁斗の声に思考を中断する。

今は集中しなくてはならない時だ。

弥生は気持ちを切り替えた。


「そうね。もう少し奥に入ってみる?」


「……そうだな」


 暁斗は気づいているだろう。

弥生がいまだ過去に囚われていることを。


「――ごめん」


 大丈夫だからと、伝わるように薄く笑った。

森の奥は魔物の領域。

いつ何が起こるかわからない。

ここでの油断は命取りだ。

2人の表情が引き締まる。


「じゃあ、行くか」


 森の奥に足を踏み入れた。

周囲に注意を向けながら少しずつ奥へ奥へと進んでいく。

森の奥はたくさんの大木で視界が悪い。

さらに先程までよりもいっそう陽の光が届かなくなっている。


 2人の歩みがふと止まる。


「……いるな」


「うん」


ふいに感じた殺気。

弥生は背中に掛けていた弓を構え、秋斗は腰の長剣を抜いて構え


 初めに動いたのは弥生だった。

森の奥に向かって立て続けに2本の矢を放った。

同時に暁斗が走る。

放物線を描いた矢は森の奥に消え、凄まじい咆哮が響いた。


 森の奥から現れたのは、2人の何倍もある1つ目の魔物が2匹。

その目に弥生が放った矢が命中している。

その1匹に秋斗が長剣を振りかざし、向かっていく。


――刹那、その長剣が振り下ろされ、魔物が真っ二つにされた。


 その背後にもう一匹の魔物が忍び寄り、鋭い爪を振り上げた。

しかし、暁斗は振り向きもせずニヤリと笑う。

すでに弥生の矢が放たれていた。


 弥生の放った矢が命中した魔物はそのままの姿で崩れ落ちていく。

二匹の魔物が倒れ殺気が消える。

それを確認した二人は武器を納めた。


 二人は里の中でも相当な実力を持っている。

若手の中では敵う者はいない。

幼い頃から共に訓練をしてきた仲だ。

お互いに次に相手がどう動くのが、何を考えているか読めている。


「終わったな」


「うん。戻りましょ」


 元来た道を戻り、森を出た。

薄暗い森を出ると、さっきまで曇っていた空から晴れ間が見えている。

地面はまだぬかるんでいるが、じっとりとした空気は消えていた。

柔らかな日差しが降り注ぎ、木の葉が揺れる。

暖かい風が頬を撫でる。

弥生は空を見上げる。


「いい天気になったね」


「あぁ。そうだな」


暁斗は大きく延びをした。

胸一杯に吸い込んだ空気は清々しく、心地よい。

任務完了した開放感もあって気持ちよかった。


 麓の村まで戻ると村人たちが出迎えてくれた。

里と近いこともあり普段から良好な関係を築いている。


「村を救って下さってありがとうございます」


「何かお礼をさせてください」


「是非、いらして下さい」


 そう言って頭を下げた村人達を見て弥生と暁斗は顔を見合わせた。

魔物退治の報酬は里に払うことになっている。

だから、個別に礼を受け取ることは禁止されているのだ。


「お気持ちは有り難いのですが、報酬はちゃんといただきますので」


 弥生は表情を変えずに言う。

村人たちはすこし怯えたように顔を曇らせた。

暁斗が笑って続ける。


「個別に礼を貰うことは禁じられてるんです。バレたら長老に叱られちゃう。結構怖いんですよ、あの長老」


 冗談まじりに言う暁斗に村人は安心したように笑った。

個別に礼を受け取って、後からバレたらまずいのはあながち嘘ではない。

個人の私欲のための仕事ではない。

そのため里の掟は厳しいのだ。


「そうですか。それは失礼しました」


「いいえ。また、何かあったらいつでも言って下さい」


 そう言って2人は村を出た。

のどかな畔道を丘の上の里に向かって歩いている。


「弥生は相変わらず愛想ねぇなぁ。もうちょっとにこやかに話せばいいのに」


「愛想ないのは生まれつき」


「生まれつきじゃねーじゃん」


そう、弥生も5年前まではよく笑い、明るい少女だったのだ。

5年前のあの日が心から笑うことを忘れさせた。


 里に戻ると2人は里の長老に報告しに行った。

長老に報告したところで依頼が完了したことになる。

特にトラブルもなかったため、報告はあっさりと終わった。

そして、弥生と暁斗は帰途についた。


「おかえりなさぁーい!」


 手を振りながら走って来た男女2人組。

暁斗の妹である小春と弥生の弟である皐月だ。

この2人も幼い頃から共に訓練をしている。


 小春は先日、16歳になった。

皐月は小春と同い年だが、まだ誕生日がきていないため15歳である。

皐月が16歳を迎え、共に16歳になった後に二人は退治屋として仕事をすることになる。


「 ただいま!」


 暁斗が笑って答え、四人は並んで歩く。


「訓練してたの?」


 弥生の問いに答えたのは皐月だ。


「うん! 俺らももうすぐ初仕事だからな!」


と、皐月は小春を見た。

目が合うと笑いあう2人。

チームワークは抜群のようだ。

退治屋の里で育った二人は、16歳になり退治屋になれるのを楽しみにしている。

危険な仕事だし、辛いことも待ち受けているはずだ。

弥生たちですら怪我はつきものだし、仲間を失うこともある。

理想ばかりを追っているといつか痛い目にあう。

弥生は弟たちを自らに重ね、不安に思う。


「そーか! 皐月ももうすぐ16歳かぁ!」


 暁斗が皐月の頭をわしわしと力強く撫でた。

皐月はその手を降り払って言う。


「だからっ! もう子ども扱いするなよな!」


「そうやってムキになるから子どもだって言われるのよ」


「姉さんまで!」


 願わくば、この子たちはそんな思いをしないように。

いつもの日常が一瞬で失われてしまうこともある。

そして、二度と戻らない。

それを知っているからこそ尊い日々。


「大丈夫だよ、あいつらはきっとな」


 むくれて先を行った皐月と追いかけて走っていく小春。

そんな二人を見つめながら暁斗がつぶやいた。

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