涙の果て

篠岡遼佳

涙の果て


 希望は閉ざされた。

 儚い望みだった。


 そんなことわかっていても、あなたに会って話したかった。




 ――寄せては返す、白くしぶきを上げる、荒れた波。

 水平線の先まで続く果てのない海は、いまの時間、暗い蒼色をしている。

  

 私は先ほど失恋した。

 告白して振られたわけじゃない。

 ただ、関係を続けられないということを知ったのだ。



 相手は年上。4つも年上。

 学校で仲良くなって、みんなで話してたのが、そのうち二人で話すようになった。

 

 そのまま、関係は続くと思った。

 深い知り合いになるのだと思っていた。

 でも、相手は。



 確かに君と話すのは楽しい、と言ってくれた。

 けれど、だから、一緒には居られないのだと。


 彼には、残されている時間がとても少なかったのだ。

 一緒に居たら悲しみが増える。それは本意ではない。

 そう言っていた。

 そして、笑った。とても悲しそうに。

 私に一体何が言える?


 そんなのどうだっていい。

 最期まであなたを見ていたい。

 悲しみだって、喜びだって永遠にできる。

 私はそのくらい、あなたのことが――。



 ハイヒールを脱いで、防波堤の上を歩く。

 風が強い。空気がしょっぱい。

 泣いてるいまなら、ちょうどいいのかな。

 

 きっと私たちは皆、どこか堕落した存在なのだ。

 たぶんカミサマから見放されている。

 そう、だから翼もない。奇跡を起こす力も。



 ……残された時間なんてどうだっていい。

 私だっていつどうなるかわからない。ねえ、そうでしょ?

 あなたと居たいの。それだけなの。

 いまが欲しいの。


 

 我慢できなくなって、その場でしゃがむ。

 ただただ嗚き咽ぶ。こどものように。


 離れるのは優しさだってことはわかっていた。

 相手だってカウントダウンしていく毎日はとてもつらいことなのに。


 でも、だから好きになったんじゃないか。

 私を選んでくれたことが、あんなにうれしかったんじゃないか。

 奥歯をかみしめながらスカートを払う。




 そこに、あなたは来た。


 あなたは私を背中から抱きしめた。

 潮風に髪がなぶられる。

 なぜ、と言いたいのか、遅い、と言いたいのか、わからない。

 ただただ、相手の体温やシャツの感触やまわされた腕、それから、やっぱりどうやっても好きだという気持ちだけで涙があふれた。



 運命が決まっていても、生きる時間が決まっていても。

 明日なんてほんとうはない。

 ――そんなことわかっていても。


 それでも、それでも、そばに居させてくれ。




 私は顔を上げて、彼の瞳を見た。

 ねえ、すごくわがままだね、私たち。

 

 そう思うとなぜか笑顔になって、だけど頬を涙が滑り落ちていく。



 ――あなたはそっと私の目尻にキスをすると、


 「――――」


 一番大事な、そして永遠に続けていけそうな言葉を、ささやいた。


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

涙の果て 篠岡遼佳 @haruyoshi_shinooka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ