お題「暇」「幸福」「観葉植物」

兎角@電子回遊魚

第1話

 「愚鈍なる幸福追求者たちよ、私をもっと楽しませろ。幸福の中に在りながら暇だなんだと囀るその唇を毟り取ってくれようか」

 いつもの口上、それ言わないと気が済まないのだろう。満足したように教室の中に歩を進める。……いやだから僕のところに来ないで欲しいんだけど。

 「唯人(ただひと)、貴様は幸福か?!」

 「幸福は義務です、灯(あかり)さん」

 周囲の視線が痛い。痛烈なんてレベルじゃない。なんで僕がこんな目に遭わなきゃならないんだ。

 そもそもの原因はこいつ、「明星灯(みょうじょう あかり)」と同じクラスになったことに端を発する。

 まともな神経をしていたら、朝から訳の分からないことを大声で語り掛けてくるなんて、いくらその容姿が優れていようと、受け入れ難いものがある。

 そもそも幸福の只中にあってなぜ、暇だと嘆いてはいけないのか。それ以前に幸福の定義とは?間違いなく個人で意見が分かれる。

 例えば、そう。命あるだけで幸福とでも言うのならば確かに、暇だと嘆くのはおかしいのかもしれない。だが大多数の人にとっては、幸福なんて曖昧な概念、そもそも思考することすらしないのではないだろうか。

 ―――とは言え、一々反抗していたらキリがないので、僕は適当に流すことにしている。もう面倒だから観葉植物にでも語り掛けて下さい……。

 しかし時既に時間切れ。僕はどうやら灯の仲間扱いをされているようで、本当に周囲の目が痛い。胃がキリキリする。それでも反抗しないのは、クラスメートから奇異の目で見られても突き放さないのにはちゃんとした理由がある。


 今でも忘れられない、あの日のこと。

 遠い昔の記憶、しかして忘れること叶わず。

 僕の犯した罪。彼女に断罪されなかった罪。

 僕と灯の関係は、本当はこのクラスに入る前から、続いていた―――否、続くはずだったのだ。

 いつもと変わらない日常。それは小学生の記憶。高校に入る前の灯と僕は、所謂幼馴染だった。好きでも嫌いでもなかったけど、幼馴染としてそれなりに楽しく過ごすことができていたはずだ、お互いに。そんな関係にヒビが入るまでは。

 別に僕が直接何かした訳ではない。ただ、彼女と、明星灯と公園でボール遊びをしていただけだ。そのボールが不意に道路へと飛び出していった。彼女はそれを追いかけた。僕はそれを止められなかった。止めようと思えば引き留められた距離。そして彼女は―――往来する車に轢かれ、死んだ。

 そうだ、彼女は死んだ。明星灯という人間はこの世を去った。僕の所為で。例え他の人から僕に罪はないと言われようが、罪の意識は変わらない。そんな簡単に割り切れるわけがない、当たり前だ。

 だから僕は毎朝、人知れず現れる彼女に応える。

 「唯人、貴様は幸福か?!」

 「幸福は義務です、灯さん」

 死んだはずの彼女は、成長した姿で僕の前に現れた。そんな灯を、僕が拒めるはずもなく。

 今日も今日とて、何もない空に向かって言葉を紡ぐ僕に向けられた視線を気にせずに。

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