1-2 異世界の音が鳴る
午後の授業も退屈だった。聞いてはいるが、頭に入ってこない。
それよりもさっきの出来事に意識が向いていた。
「あの
「しっ! マジで最悪だよな。ただでさえヤンキーで怖そうなのに」
「あのメガネの男子、ちょっと危なかったよね」
「火山にかまうのはいいけど、私たちを巻き込まないでほしいよね……」
授業中でも小声が目の前で交わされる。ふと後ろの席を見る。空席だが、かばんだけ机の上に置いてある。
なるほど、あの男は同じクラスだったのか。新学期になって初めて会った気がする。
だが初対面ではない。確かどこかでぶつかった、ような。
(ひやま……どういう字を書くんだろう)
そうこう考えてるうちにチャイムが鳴り、本日最後の授業も終わりを告げた。
授業が終わり、生徒それぞれが決まった場所へと向かう。部活、遊び、居座って雑談。どれも僕には縁がない。
「なあ、コロポンの噂知ってるか?」
「なんだよそれ」
「知らないの? お金いれて回すとおもちゃを出してくれる筐体よ」
「知らぬ間に現れて、また人知れず去っていくらしい」
「俺が聞いたやつだと中からゲームが出てくるってよ」
「あのカプセルからどうやってゲームが出てくんだよ」
他愛もない会話が耳に入る。僕はいつもの場所へと向かった。
僕のお気に入りの場所、まるでどこか別の世界のような場所だが、学校裏の山の中。
昔は神社があったらしいが、残っているのは入り口の鳥居と草木の生えない通り道だけだ。
歩きながら、カバンの中を確認する。薄っぺらだが、これだけは持ってきている。
「よし、ちゃんとあるな」
昔兄さんがくれたテープレコーダーとカセットテープ。擦り切れてしまうんじゃないかと思うほどずっと再生している。
これを聴いている間は、鬱屈とは離れて落ち着くことが出来る。
「ん? あれは」
目的地直前、開けた原っぱの真ん中に見覚えのある金髪が立っていた。
この原っぱからは景色がきれいに見える。街並みを照らす夕日が黄金色に輝く瞬間を独り占めできる一番のお気に入りだ。
人が来るなんて、今日は珍しいこともあるものだ。
黄昏る男を見て思い出した。金髪の彼とはやはり会ったことがある。
そして僕は、重大なことを伝えなきゃいけない気がする。
「ねぇ、君」
近づいて声をかける。こちらに気づき視線を僕に向けるとまた正面に向き直った。
「またお前か。用がないなら消えろ」
「用ならある」
「なんだよ」
棘のある口調で返す。気にせず、僕は頭に浮かんだ言葉を発した。
「クリームパン二つ返して」
「……は?」
これを鳩が豆鉄砲を食らったというのだろうか。
男はかたくなに向けなかった視線を僕へ移した。
「だからクリームパン二つ。今日のとその前の」
「なんで俺が返さなきゃならないんだよ」
「君が原因だから」
「勝手なこと言うな。てかその前のってなんだよ」
「春休みに商店街でぶつかったときに落とした」
金髪の男はしばし考え、ああ、と納得した。
「それも俺が返す必要はねえだろ」
「君がぶつからなければ落とさなかった」
「また買えばいいだろ」
「こればかりは譲れない」
だんだんとイラつき始め、ついには僕の胸ぐらを掴んだ。
「いいかげんにしろ。そんなことどうだっていいんだよ」
怒っているのに、なにか冷めたような口ぶり。掴んだ手を放し、視線を地面に落とした。
「……あいつがいない世界なんて、どうだっていいんだよ」
あいつ、と彼は言う。わなわなと肩を震わせ、諦めた口調で言い放った。
「異世界から帰ってきた勇者って、知ってるか?」
異世界? こことは別の世界ということだろうか。県外、外国、はたまた宇宙空間ではなく、現在の世界とは別に存在している所なのだろうか。
「いや、知らない」と素直に答えると「だよな」と男は呆れたように笑った。
「俺も何言ってるんだか。もう、なにも変わらないのにな」
金髪の男が言い切ると、原っぱを切るように風が舞った。
『────』
音が聞こえる。懐かしいような、僕を包み込んでくれるような音。
「……今なんか聞こえたよな?」
金髪の男も驚いたようにこちらを見ていた。けど、僕は自然とその音にもっと近づきたいと思うようになっていた。
「お、おい! どこいくんだ!」
きっとこっちから聞こえる。後ろから金髪の男も付いてくるがそれどころではない。
この音の正体が知りたい。その音が僕をどこかに連れてってくれる気がした。
「ここだ……」
辿り着いた場所にはひとつの「コロポン」があった。
間違いなく、ここから音が聞こえたのだ。しかし、今は何も聞こえない。
遅れて金髪の男も駆け寄ってくる。息切れで不思議そうにこちらを伺っているようだ。
「なんだ、ずいぶん古びてる筐体だな」
彼は近寄って筐体の目の前にしゃがんだ。なんだか先を越されたみたいで、僕も自然と近寄っていた。
「これ、コロポンだよ」
「ん? あのおもちゃ出すやつか。なんでこんなところにあるんだ」
「わからない」
それもそうか、と言わんばかりにため息をつく。僕もコロポンの前にしゃがみ、まじまじと見てみる。
十数年、いやそれよりもっと前の台なのだろう。景品を出すダイヤルが錆びていて回すのも一苦労だろう。
気になる点は三つ。コイン口と思われる場所は、明らかに現代の硬貨よりも大きい。それどころか長方形のものを入れるようになっている。
二つ目は中身が見えないこと。普通のコロポンなら、中にどれくらい景品が残っているか確認できるが、これは真っ黒に隠されていて覗くことができない。
そして三つ目。なぜ筐体はこの森深くにあるのか。
そして今日まで気付かず、音が聞こえるようになったのか。
僕の手はこのダイヤルに吸い込まれるように手を伸ばす。
「なにするつもりだ」
と金髪の男が声をかける。気にも留めずダイヤルを回すと景品口から何かが出てきた。
「これは、カセットテープか?」
金髪の男はそれを取り上げて全体を見回す。ふと思ったことがあり、僕はカバンの中をあさり始める。
「なんにも書いてねえし、再生するもんもないしな、って……」
「これはどう?」
「なんでそんな珍しいもの持ってんだ……」
「学校帰りに聞いてるんだ」
貸して、と手を出すと仕方なくカセットテープを渡してきた。
テープレコーダー。僕のはカセットテープ専用再生機で録音はできない。手慣れた動きでカセットテープを入れ、再生ボタンを押す。
かすかに機械の再生音が鳴る。カセットテープからは音楽も、人の声もさっき聞いた音も聞こえない。
「なんだ、そのテープ壊れてるんじゃねぇか」
刹那にテープレコーダーがひかり輝いた。
その強い光はあっという間に僕たちを包み込んでしまった。暖かい、それでいて悲しいような光はみるみると小さくなっていった。
はっと目が覚める。気を失ったみたいで、僕は横になっていた。
体を起こして見渡すと、コロポンはおろか木々がなくなっている。
いつの間にか原っぱの上で寝転がっていたらしい。
「うーん。どこだここ」
「おはよ」
「あ? お前、何したんだよ」
「再生しただけなんだけど……ここどこだろう」
今度は呆れてため息も出ないのか、立ち上がると僕を置いて歩いて行ってしまった。
「……おい。こっち来てみろ」
「それどころじゃ……」
「いいから来い!」
驚きを隠せずイラつくという高度な感情を見せながら、僕はしぶしぶ金髪クリームパン台無し男の元へと向かった。
僕は、彼がそんな態度をとることも頷けるのに時間はかからなかった。
「あれは、城……?」
「なんなんだよ、この世界は……」
僕たちは音に導かれ、全く知らない世界へと連れてこられたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます