第2話 『依頼』


 神からの贈答力ギフト


 この世に生を受けた者が稀に有し、神に選ばれた人間に贈られる異能力である。

 「神から寵愛を受けし者の証」とされており、人々は敬愛の意を込めて「神からの贈答力ギフト」と呼んでいた。

 ギフトの力は大きく分けて

 ・攻撃やステータス増強などの「戦闘系」

 ・調査や読心などの「非戦闘系」

 の二つに分類される。

 しかし、ギフトには多くの謎が存在する。

 なぜギフトが存在するのか、ギフトを持つ条件など未だ解明されていない部分が多い摩訶不思議な現象でもある。


 ギフトの存在が認知された当初、その常軌を逸した力から強盗や殺人など悪質な犯行に使われることが多かった。

 その影響で能力を持つ人間は忌み嫌われ、いつしか悪の対象として除け者にされてきた。

 王国――”ゾルタニア王国”では、ギフトが悪行に利用されず清く正しく善行に行使されるべきとの考えがありながらも、能力者が力をコントロールするための教育施設を有していなかった。

 そこで、ギフトを持つ青少年が力について学び、祖国繁栄のための若い人材を育成する学び舎を国の中心都市であるゾルティアに建設した。

 能力を保有する青少年達がギフトについて学ぶことのできる国内唯一の教育機関。

 それが”コルトニア学園”である。

 

 そんなコルトニア学園には二つの学科が存在する。

 一つがギフトを持つ学生のみ所属することができる「特殊技能科」。

 一般人とは異なり、強大な力を有していることから、道を踏み外すことの無いよう道徳的規範かつ能力を有効活用できるよう教養することを目的とした学科である。

 もう一つが一般学生が所属する「普通科」。

 その名の通り普遍的教育を軸とする学科だが、学園では特別教育として”魔法学”もカリキュラムとして組み込まれている。

 魔法学では主に回復魔法、最低限の攻撃魔法を学ぶことができ、この教科を学びたいが故にコルトニア学園に入学する学生も一定数存在する。


 各々食券を購入し、ジャンル分けされたカウンターから食事を受け取ってから、二人は中庭の見える窓際の席に移動する。

 この二人――ライルとエイトはギフトを持たない一般学生として、コルトニア学園普通科に在籍している。

 ライルとエイトは対面に座り、合掌してから箸を持つ。

 ライルはオムカレーライスと迷いながらも、結果的に選ばざるを得なかったハンバーグ定食を。エイトは小間切れ肉を甘辛く煮た肉うどんをそれぞれ賞味する。

「今日はいい天気だね」

 窓際の席から見える中庭には、数人の学園生が寝転がって昼寝に勤しんでいる。

「ふふ、昼寝してる人もいるよ。見える?ライル」

 気持ちよさそうな光景を共有しようとエイトはライルに話しかける。

「ほー、ひへふひへふ」

 ハンバーグを口いっぱいに頬張ったまま返答するライル。

 その確かな幸せを噛み締めながら、ゴクリと喉を通す。

「あ〜、ハンバーグうめぇー」

 ライルは満面の笑みを浮かべる。

 その光景を見て、ライルと顔合わせに座って食事をするエイトは呆気に取られる。

 先程までの落ち込みようはどこへやら。

 まるで苦虫を噛み潰したような顔をしながら食券を購入していた時が嘘のように目を輝かせ、口元がゆるみながら幸せいっぱいな表情をライルは見せている。

 正反対とも言える変わり様にも驚いたが、エイトはそれよりも先のライルの返答が何だったのか気になっていた。

「・・・なんて言ったの?」

「『ハンバーグうめぇー』」

「ちがう違う。その前」

「ん?『見える見える』」

「あぁ、なるほど」

 ライルが言っていたことを理解しスッキリしたエイト。

 よっぽど美味しいのだろう。ライルはハンバーグを口にしてから、茶碗に盛られた白米を掻き込む。

『――続いてのニュースです。本日未明、リンハル地方エイリルで未成年失踪事件が発生しました』

 学食のいたるところに設置されているテレビ。彼らが座っている席から最も近いテレビから、何やら物騒なニュースを報道していた。

 二人は事件を耳にした時、同じタイミングでテレビの方に視線を向けた。

『――この事件は今週に入って八例目で、王国近衛騎士団”ZORGゾーグ”は同一人物による犯行と見て捜査を続けています』

「また”神隠し”だって。この手の事件、最近多いね」

 エイトは手に持っていた箸を丼の縁に置き、ニュースに耳を向けていた。

 王国では数日前から未成年が突然姿を消す事件が急増していた。

 未成年かつ前触れもなく失踪することから、巷では「神隠し」と呼ばれていた。

「そうだな。聞いた話によると、少女だけを狙った犯行らしいじゃん」

 ライルもこの事件に関心を持っていた。

 被害者は未成年。それも少女のみを狙った悪質な事件である。

 幸い学園に在学する学生が被害に遭ったとの報告はない。

 エイトはライルの話に頷き、縁に置いていた箸を再び手にする。

「ほんと、酷い事件だよ。ゾーグも手を焼いてるくらいだから、相当やっかいな犯人なんだろうね」

 ゾーグ――ゾルタニア王国近衛騎士団。

 ”Zoltannia Of Royal Gurds”から人々は略称として「ゾーグ」と呼ぶ、国の平和を守るため日々鍛錬を積みながら、治安維持のため活動する王国直属の軍団である。

 ゾーグの騎士は戦闘だけでなく、事件や事故の捜査も受け持っている。

 当然、今回の事件もゾーグの騎士が捜査を担当しているのだが、難航しているあたり能力者による犯行ではないかと噂されている。

「犯人って変態おじさんなんじゃね?狙われてるの女の子ばっかりだし」

「えー、そうだとしたら嫌な想像しちゃうな」

 冗談半分に言ったつもりのライルだったが、エイトは不快に思ったのか怪訝な顔を見せる。

 安易な発言をしてしまったライルは、自らの発言が軽率だったと気づき「しまった」とバツの悪そうな顔をする。

「あーあ。友達に嫌な顔されちゃった。嫌われちゃったかなー?」

 テーブルの空いたスペースに、太くてモフモフな尻尾を丸めて寝ている小動物――クロは、ライルを煽るように嫌味っぽく話す。

「っるせーな。静かにしててくれ」

「ん?どうしたの?」

 クロに囁いたライルだったが、エイトはそれに反応する。

「あ、いやいやいや。何でも無い、何でも無い」

 ライルは両手を上にあげ、手をひらひらさせながら笑ってごまかす。

「ライルが急に独り言を話し出すから、何かあったのかと思ったよ」

 エイトは目の前で寝ているクロに見向きもしない。いや、見えていないのだ。


 ライル以外の人間は、クロの存在を認識することができない。

 クロ曰く『ほら、ボクってとってもキュートな姿してるじゃない?ボクが見えちゃったら人集りができて周囲に迷惑かけちゃうからね』という訳で、常時姿が見えないよう結界を張っているらしい。

 だが、一部の人間には見えるよう調整することが可能なため、都合のいい便利な結界だなとライルは思う。

 クロの嫌味についつい反応してしまったライルは、気をつけなくては不審に思われてしまうと自らを戒める。


 二人は食事を済ませ、再び合掌。

 生きとし生けるもの、生への感謝は常に持ってなくてはならないと考える二人は、食事の始まりと終わりの合掌は欠かさない。

「そういや、次の授業何だっけな」

 ハンバーグを食べ満足していたライルは、目的達成による満足感の影響か、次の授業について頭から抜けていた。

「ライルのクラスは魔法学じゃなかったっけ?ほら、こっちのクラスは昼前に魔法学だから」

「ああ、そうだった。魔法学ってなぜか昼を挟むんだよな」

 どのクラスも魔法学は昼休みの前後で授業が行われている。

 ライルとエイトは別クラスであるものの、幸い同じ曜日に魔法学が入っているため、ライルはよく授業内容をエイトから聞いている。

「それでさ、今日の授業は何したの?」

「今日は回復魔法の講義だよ。回復魔法の歴史とか理論とか」

「えー、座り授業かよ。つまらないし、眠くなっちゃうんだよな」

 座って教員の話を聞くよりも、実技で学びたいタイプのライルは口を尖らせ不満を口にする。

「そうかな?僕は魔法の考え方とか学ぶの、結構好きだけどな」

 ライルと打って変わってエイトは座学からしっかり学びたいタイプ。

 それぞれ授業に臨む姿勢が違うため、成績にも開きがある。もちろんエイトの方が成績優秀なのだが。

「それと、昼食後だからって授業中に寝てちゃダメだよ。しっかり先生の話聞かなきゃね。ライル・ベルクールくん?」

「な、なんだよ、急にフルネームで呼んで・・・。わかりましたよ、エイト・アーマインくん。ちゃんと授業受けて、すごい魔法使えるようになるからさ」

「いや、授業だけでは流石に難しいんじゃないかな・・・」

 ライルは目を輝かせながらガッツポーズを見せたが、エイトは苦笑しながら突っ込みを入れる。


 ピコン、とライルの方から通知音が発せられる。

「ん、俺の端末からか」

 ライルは自身の左手首につけているウェアラブル端末に目を向ける。


 ゾルタニア王国は数年ほど前からウェアラブル端末が流通するようになり、今では一人に一端末所持しているのが当たり前になる程、生活する上で無くてはならない存在となっていた。

 そんな王国は近年急速な成長を見せており、一昔前では想像つかない様な発明品が続々出てきている。

 その中の一つがウェアラブル端末である。

「なになに、彼女から?」

 目尻が下がり、ニヤつきながらからかうエイト。

 彼らも年頃の男の子だ。女性の話題で盛り上がることも少なくない。

 それが例え彼女からの連絡ではないとしても、成り行きで冗談めかしながら話すことも仲の良い友人同士であればよくあること。

「ちげーよ。友達からだよ」

 だが、ライルの返答はエイトの問いを否定する。

 ライルは端末に表示される文章に目を通す。

 ――来たか。

 最後の一文まで読み通した時、彼は心の中でそう呟く。

 ライルの顔は喜びや悲しみではない。

 いたずらっぽく笑いながら「待ってました」と言わんばかりの表情に変わっていた。


「なんだか、悪巧みしてる顔だね」

 傍から見ても、何か企んでいるような表情だったのだろう。

 エイトは彼の顔をみて、眉をひそめながらも微笑みを見せる。

「なにもしねーよ。ささ、次の授業も頑張りますかね」

 ライルは食器の乗ったトレイを持ち、椅子から立ち上がる。

「うん、僕も頑張ろっと」

 ライルが立ち上がるのを見て、エイトも食器を重ねながら立ち上がる。


 ライルは自身の端末に来たに胸を踊らせながら、返却口まで歩いていった。

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