サルバイデイズ
のるた〜ん
プロローグ 『名もなき傍観者』
「――――、――――――――」
音が聞こえる。遠くから音が聞こえる。
ホワイトノイズのようなザーッとした音の中に時折ポッ、ポッ弾むような音がする。連続して聞こえる時もあれば、不規則なテンポで聞こえることがある。
ゆっくり目を開ける。
長い時間真っ暗闇で過ごしていたかのように、眩しい光が目を突き刺す。
目が眩むのも束の間。元の視力に戻るまでに時間はかからなかった。
視線を左、右、また左と向ける。
靄のかかったような景色ではあるものの、色は僅かに認識できる。
―ここはどこだろう。
一体何が起きているのか。何を見せられているのか。どういう状況なのか。理解が追いつかない。
目に映る景色は鉛筆で描かれた絵を指で擦ったように薄暗く、ぼんやりとしている。
周りの風景ばかりに目を遣ると、気がおかしくなりそうだ。
だが、不思議と嫌な気分にはならない。
耳に入ってくる不規則な音が、意外にも心地良いからだろうか。
「――――――――――、――――――――――――」
またポッ、ポッと音がする。先程と同様、連続した音が耳を打つ。
薄暗く汚れた背景は、時折チカチカと黄色く光る。
ふと、音のする方向へ視点を合わせる。
朧気な景色から見えてきたのは霞んだ球体。
その球体を支えるように、角のない長方形がいくつも点在している。
先程から聞こえる音は、この物質から発せられていたのだろう。
「―――――――――――――・・・。―――――――――――――――」
「――――」
球体と長方形が合わさった不思議な物体の一つが、こちらの視線に気づいたのだろうか。ゆっくりと球体をこちらに寄せる。
息がかかりそうな程の距離まで近づくと、物体は動きを止める。
「―――――――――――、―――――――――。――――――――――」
「――――――――――――――――――――――――。――――――――――――――」
「――――――。――――――――――――――――」
まるで会話のように連続した音を発する複数の物体。
だが、ここに来てある違和感を覚える。
耳を澄ますと、個体によって多少の音程差がある。
ポッ、ポッと同音で発せられていると思っていたが、各々まるで生き物のように違う音を発している。
しかし、音程差があると理解したところで何の音なのかは把握できない。
依然籠った音だけが暖かく、そして心地よく耳を包んでいた。
「――、――。――――――――――――――――?―――――――――――――。―――――――――――――――。」
「――。――――――――――、――――、―――――――――――、―――――――――――――――――――・・・」
「――――。―――――――、―――――――」
途端、先程まで近くにいた球体は、少し距離を置くようにゆっくり離れていった。
「――、――――――――――――。――――、―――――――――――――――」「――――――――――――――、―――――――――」
「・・・――」
「―――――――。――――、――」
「・・・――――」
そして、その光景は前触れもなく突如終了した。
シン、と周囲から音が消える。
ぼんやりとした景色は、今となっては黒一色。
まるで懐かしささえも感じさせる一連の出来事は、最後に物寂しさを残して閉幕する。
そして閉幕と同時に、景色からコチラに意識が向く。
段階を踏むように遷移していく意識。
意識がこちらに到達した刹那、今の今まで気にかけなかった大きな疑問が体の内から込み上がる。
その疑問は、徐々に背中や手足に冷や汗を作っていく。
呼吸も荒く、小刻みに身体を震わせる。
俺は―。
私は―。
僕は―。
あたしは―。
自分は―。
我は―。
―誰だ?
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