あなたが白鳥になったら

はごろもとびこ

第1話

 ここは動物の国。王様は気高き白鳥である。種族が多く幾代にも渡り飢饉を乗り越えてきたが、近年の食料開発事業発展は著しい。今では完全な栄養食が種族ごとに配給・販売され、その豊かさに民衆はむしろ退屈していた。

 王宮前の広場にはわらわらと民衆が集まっている。通りすがりの猫が一匹、背伸びをしているミーヤキャットに尋ねた。

「おい、何の騒ぎだ?」

「広場に御触書がでるそうだよ」

「久しぶりの御触れね、楽しみだわ」

「ええ、一体何かしら。法を改めるとか?」

「いやあきっと税だよ」

「そんな! 僕たちモグラはこれ以上税をあげられたらやっていけないよう」

「あ、きたきた」

「ぺりかんしゃんだー、なんでー?」

「御触れを出すのはペリカンさんのお仕事なのよ」

「皆のもの、静粛ニ」

 ペリカンは台に上り、コホンと咳をする。

「王様からの御触れであル。本日から二十日以内に文書を提出するこト」

「なんだって」

「文章って作文かしら」

「なお、お題は『あなたが白鳥になったら』であル」

「白鳥? 王様になったらってことかい」

「ほう、面白そうだ」

「なお、言語は鳥族に合わせるこト。以上」

 ペリカンは台を下り、王宮に戻っていった。

「鳥族の言語だと? トリアタマのくせに、いつの間にか偉くなったもんだ」

「しっ、そんなこと言うもんじゃないよ」

 コソコソ噂話をしながら民衆は帰っていった。その後、一週間経っても文書は一向に提出されなかった。王様は三日に一本、羽をむしり始める。それは一日に一本、半日に一本と増えていく。見かねたペリカンが、主要種族の中から無作為に代表を選出して王宮に集めた。

「君たちには残りの数日で文書をかきあげてもらウ。文字数は何文字でも構わヌ。王が気に入ったら褒美もやル。以上」

 バタン、とペリカンは部屋を出て行った。長い机が三台ある会議室だった。

「書けって言われても気が乗らないのよね」

 パイプ椅子に似合わない妖艶なミニドレスの黒猫が言った。

「僕だって一週間まったく筆をとらなかった訳じゃないぞ」

 幾重にも座布団を重ねてバランスをとる年齢不詳のネズミが言った。

「大体これは軟禁じゃあないか、失礼な。私は誇り高き百獣の――」

「あー! それ以上は禁口令に触れてしまいますゥ!」

 腕を組み、アゴのたてがみを撫でていた中年ライオンを止めたのは耳をピンと立てた柴犬の青年だ。ガルウウと唸られて「ひいィっ」とのけ反る。

「まあまあ、皆さん。文字数も下限がない訳ですし、思うままに書きましょう」

 大きな耳でバサッと仰ぎ答えたのはゾウのおばさまだった。貫禄のある風圧にしぶしぶ他の者は机に向かった。

 こうして選ばれし五匹は文章制作に励むようになった。隣の部屋でそのようすを覗っていたペリカンは、これでなんとか王様の地肌を見ずに済むかと思った。が、現実は甘くなかった。

「できた!」

 約一時間後、ネズミがとんっと机に立った。「はしたないわね」という黒猫の言葉に耳も貸さず中年ライオンの元に向かう。読んでみて、とネズミは紙を差し出した。

「どうして私なんだい」

「だっておじさん百獣の、でしょ?」

 にこっとするネズミに、ライオンはふふんと満足そうにたてがみを撫でた。

「よかろう、どれ」

 胸元からメガネを取り出し文章を読む。「どうでしょう」というネズミに、ライオンは首を傾げた。

「悪くはない、ただ裏を返せば今の政治にもの申すように聞こえるだろう」

 そうか、とネズミは自席に戻った。

「これは難しいな」

 ライオンは呟く。なにが、という顔で柴犬はライオンを見上げるが、目が合った途端ビクッと肩を揺らし視線をそらした。

「王様だって穏やかだけど侮辱には容赦ないってことでしょう」

 黒猫が唇をペンでなぞりながら答える。

「なに、容赦ないだって? じゃあ僕たちは何を書けばいいのさ」

「確かに。なにを書いても批判と言われかねないわねえ」

「そんな、どうすればいいんですかァ?」

 ネズミもゾウのおばさまも柴犬も、ペンがピタリと止まってしまった。

「ぼ、僕は降りる! 神経を使うのは苦手なんだ」

 ぴょんと座布団を下りてネズミは言った。そんなネズミを皮切りに、会議室の空気は一変した。

「私もおいとまするわ」

 次に黒猫がお尻を振って出て行った。

「私も主人に会いたくなったわ」

 バッサバッサと耳を動かしゾウのおばさまも出て行った。

「おい、イヌコロ」

「は、はいィ」

 中年ライオンに呼ばれた柴犬は慌てて返事をする。

「あとは任せた」

 ガオオンとひと吠えして、ドアを閉めた。

「そ、そんなァ」

 見渡さなくても柴犬たった一匹になってしまった会議室はがらんとしている。

「じゃあ僕もォ」

 そろりと取っ手に手を伸ばしたとき、バンっとドアが開き「ひぇェ」と柴犬は腰を抜かす。

「後はお前だけダ。帰ることは許さン」

 ドアを開けたのはペリカンだった。それから柴犬は死ぬ気で書いた。あーでもないこーでもないと書き直すうちに、二日半経っていた。

「で、できましたァ」

 ヘロヘロになりながら提出された文章は悪くなかった。

「よし帰レ」

 ペリカンは郵便係を呼び、王様に届けるよう言った。部屋の片付けを掃除係に言いつけ、ゆっくりと王様のもとへ向かう。

「王様、お気に召しましたカ」

 跪いたペリカンは王様に尋ねた。

「す、すみませぬ」

 駆け寄ってきた郵便係が滑るように土下座をした。

「なんだ騒々しイ」

「じ、実は先ほど集まった文章を、た、食べてしまいました」

「な、なんだト!?」

 ペリカンも慌てて土下座をする。

「王様、此度は私の人選ミスによる数々の不手際どうぞお許しくださイ」

 王様からは返事がない。だからヤギを郵便係にするのは嫌だったんダ、とペリカンは首を振った。恐る恐る顔を上げると、王様は残った羽を丁寧にすいて「クエッ」とひと言鳴いた。

「ありがたきお言葉ァ」

 ペリカンと郵便係はひれ伏した。


 こうして、民衆と王様の暇つぶし文章提出劇は幕を閉じた。ドキドキしたのはペリカンとヤギだけ。呼ばれた五匹も御触れを見た民衆も、そして王様も。何事もなかったかのように生活している。どこの世界も、皆そんなものなのだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あなたが白鳥になったら はごろもとびこ @tobiko_hagoromo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ