え!? カクヨムで相互評価は常識になるんですか!?

ちびまるフォイ

普通に考えてそれはおかしい

「あ、君。会議の資料印刷しておいて」


「はぁ」


「なんだねその返事は。

 上司が頼んでいるのにその態度はおかしくないか」


「会議に出席されるのは部長で俺は無関係ですよね。

 しかも今からどの資料を印刷するのか俺は調べるのが必要で、

 それなら部長がさっさとご自分で印刷したほうが早いような」


「文句を言うな! こっちは忙しいんだ!!」


「俺だって忙しいですよ!

 部長ならボタン押すだけで終わる作業のために

 こうしてお互いに手を止めて、時間を使わせて

 必死に訴えても伝わらないんですから!!」


「君には常識というものがないのか!」


「だったら会社の規則にでも書いてくださいよ!

 "部下はどんな理不尽で非効率な上司の命令にも従う"って!」


「近頃の若いやつときたら!

 私が若い頃はそんな口答えしなかったぞ!」


「あんたの価値観が古すぎるんだよ!

 そっちの常識を現代に押し付けるんじゃねぇ!!」


「上司パーーンチ!!!」


売り言葉に買い言葉でヒートアップしすぎた結果、

愛の鉄拳によりすべて終了した。


殴られてできたタンコブより

俺の意見がまったく理解されないことのほうが頭に残っていた。


「この世界は非常識な常識が多すぎるよ……」


ふと、帰り道に頭を下げた竹の葉を見つけた。

枝には「彼女が欲しい」などの短冊がぶらさがっている。


近くの細長い紙を手に取ると、

『くだらない縦社会がなくなりますように』と書いた。


変化は翌日訪れた。


「あ、部長。昨日はすみませんでした。俺ちょっとどうかしてて……」


「うん。いいよ。それで、部長というのはなんだ?」

「へ? 部長では?」


「たしかにこの部をまとめているリーダーではあるが

 どうしてそんな"部長"と呼ぶ必要がある? 名前でいい。

 自分の友だちを"友人"とは呼ばないだろう」


「えっ……い、いいんですか?」


「さっきから気になっていたんだが、その"です"というのはなんだ。

 私に死ねといいたいのか」


「め、めっそうもない!」

「普通に話してくれよ、普通に」


「ふ、ふつう……とは?」


「昨日の悪影響が出ているのか。

 一度、頭の病院を見てもらったほうがいいかもな」


これまでみんなが当たり前に使っていた丁寧語はタメ口に置き換わり、

役職という概念が失われてすべて実績で判断されるようになった。


部下がアゴで使われるようなこともなくなり、

飲み会でお酌やサラダとりわけなどの謎文化も消え失せた。


「あの短冊の効果か!?」


すぐに当たりをつけて再び短冊の元へ猛ダッシュ。

大金持ちになりたい、と書いた短冊をぶら下げた。


「ふふふ。これで明日には億万長者というわけだ」


ウキウキしながら翌日を迎えたが、

全財産は増えるどころか税金で減っていた。


「どうなってるんだ! 願いが叶ってないじゃないか!」


叶えやすいように具体的な金額を書くべきなのかとあれこれ考える。

竹が生えている神社の巫女がやってきた。


「短冊ですか?」


「あ、はい。願いを叶えやすくするには

 どういった書き方がいいかなと悩んでいて」


「この竹は常識竹といいまして、

 常識的なものでいいんですよ」


「じょ、じょうしきてき……?」


「つまり、普通のことを賭けばいいんです」


「普通……はは、ははは……」


普通ってなんだ。常識ってなんだ。

頭の中で言葉がチカチカしてきた。


頭から煙があがった結果

『社会人の服装の常識なんてなくなれ』

と願いよりも愚痴に近い短冊が下げられた。


翌日、会社にいくとスーツを着てネクタイを締めた変人は俺だけだった。


「……お前、そのカッコどうした。仮装か?」


「そっちこそ! 会社へいくのに短パンTシャツって!

 これから虫取りにでもいくのか!?」


「その暑苦しい格好よりはずっと自然だろう?」


「どういう常識……はっ!!!」


探偵が犯人のトリックを気づくような閃き。

短冊に吊るした願いを思い出した。


「ま、まさか、"常識"に関することなら叶えられるのか!」


「さっきからお前大丈夫か?」


「ちょっと早退する!」


「早退って出社したばっかだろ!? おかしいよ!」

「こういうのも常識的になる!」


常識竹のもとへ戻ると短冊を書きなぐった。


『手書きの常識がなくなりますように』

『手土産を渡す常識がなくなりますように』

『学歴であらゆる評価がされる常識が消えますように』


竹がへし折れるほどのアンチ常識短冊をぶら下げた。


「これで明日は今日より良くなるぞ!!」


常識竹に手を合わせて家に帰った。

翌日には俺の願った常識のすべてが消え失せていた。


『なんでも紙で送る常識がなくなりますように』

が効いたのか、家のポストにチラシ1枚入っていない。


「俺ってなんて素晴らしいことをしたんだろう!

 普通に考えて、神なんじゃないか!?」


もっと褒めちぎってもバチはあたらないと思ったが

そこは常識的に考えてつつましい立ち振舞いをしていた。


はずだった。


横断歩道で女性にグイを肩を引っ張られた。


「ちょっと、あなた。なにやってるの?

 横断歩道を渡るのはまず女性からでしょう!?

 そんな常識も知らないの!?」


「え? あっ……す、すみません……?」


「これだから昔の男性中心社会を引きずる

 クソ遅れたうんこ男どもは!」


「ええ……?」


他の男性はみんな女性が渡り始めるまで待機していた。

自分がおかしいのか、と不安になる。


「よし。女性全員が行ったぞ。今度は大丈夫だ」


安心して横断歩道を渡ろうとすると、

今度は屈強な男性に首根っこを掴まれた。


「おい! 何考えてる!!

 横断歩道を渡るときは白い線の上を歩くのが普通だろ!!」


「小学生か!?」


俺の右足は見事に白い線の間の黒い部分に着地していた。


「そんな常識聞いたことないですけど……」


「だったら他の人を見てみろよ!!」


俺以外のすべての人はみんな白い部分を歩いていた。

こんな世にも奇妙な常識がまかり通るなんて考えられない。


「誰かが常識竹で変な常識を追加したんだな!」


「人と話すときは相手の鼻の穴をのぞくのが常識だろ!」


男を振り切り常識だけへと猛ダッシュ。

予想は的中してふざけた常識をぶら下げた短冊がいくつもあった。


「なんてことしやがる! 常識短冊を悪用しやがって!」


常識短冊を引きちぎっても常識は変わらなかった。

仮に変わったとしても、また次の変な常識が追加されるだろう。


常識竹へ先にぶら下げたもん勝ちなのだから。


「どうすればこのイタズラを止められるんだ……。

 いや待てよ。そもそも常識って必要なのか?」


非常識な常識を防ぐことを考えるほど、

常識という大勢が信仰している宗教は必要なのかと思う。


むしろ、常識がなくなったほうが

あらゆる価値観をリセットできて

本当に意味のあるものだけが残るんじゃないか。


意味不明な男性上位主義も。

生産的じゃない謎の慣習も。


「座高だって必要もないのに測り続けてたんだ!

 常識なんて無いほうがいいに決まってる!!」


常識竹に最後の短冊をぶら下げた。


『常識がなくなりますように』


そして、日が昇った。

常識のない世界がはじまった。



朝は隣の部屋から聞こえる爆音ロックで目が覚める。


「あ゛ーー! うるせぇ! 今朝の5時だぞ!?」


逃げるように外へ出てコンビニへ行く。

レジの店員はスマホでゲームをしている。


「あの……すみません、お会計……」


イヤホンから音漏れしているせいか聞こえていない。


「あの! お・会・計!」


「ああ!? うっせぇな!!」


腹立たしげに店員が立ち上がる。

と、急に横からおっさんが横から割り込んでくる。


「あの!? 俺が並んでたんですけど!?」


「ああ知ってる。でもいいじゃないか。すぐだし」


「そういう問題じゃないでしょう!?」


「だったら横入りはいけないっていう法律あるのか!」


「それは知らないですけど、常識的に考えて……」


「常識? なんだね、それは?

 横入りされたくなかったらさっさと進めばよかったんだ」


もう世界から常識が跡形もなくなったことを実感した。


道を歩けば当たり前に人にぶつかられるし、

あらゆる場所でツバやタンが吐かれて汚い。


相手に遠慮することなく自由で勝手な世界。


そして、自分以外全員が無法者だと

みんな目を光らせて、気を張って暮らしていた。


「なんだよこの世界……!」


後悔したところで前の世界へ戻ることはない。

それが常識。

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