SHADOW CAT & BON DOG

マナトプス@紅茶王家の家来

第01話 影走る猫

 真っ暗闇の中、女が呟いた。


「ここも楽勝だったね」


 そこは、中庭に噴水も付いた広いお家だった。

 豪邸のとある一室で、何者かが物色していたのだ。

 無防備に開けられた金庫。

 宝石は煌めかず、女の手の上で舞っている。

 回り回った後に、女から口付けされる。

 唇から伝わるひんやりした硬さ。

 今夜はこのお宝で一丁上がりだ。


「回収したから、そろそろ行くね」

「おう」


 ブレスレットに声を掛け、男の様な声が返って来る。

 了解を得た女は宝石を胸の中に入れた。

 その時だった。

 突然視界が眩しくなり、女の姿が露わになった。

 全身が黒に覆われ、首からへそにかけて金属の線が走っている。

 目元を覆う猫の仮面が黒く光り、首に巻かれていたのは赤いスカーフ。

 腰に浮かぶ螺旋の鞭。

 そして、メロンでも入れた様な豊満なバストがあった。

 同時にぞろぞろと人影が集まって来た。

 目元を隠していた腕を退けると、部隊を率いる屈強な男が見えた。

 男の口先からはみ出た歯が輝いている。

 女は周りを囲まれ、逃げ道を塞がれてしまったが、余裕そうに微笑んだ。


「グッドラック。さあ、観念してもらおうか。この泥棒猫」

「鼠のおじさん、こんばんは!」

「おう、こんばんは……って違う!」


 英雄のおじさんは、思わず女のノリに乗ってしまい、地団駄を踏んだ。

 気を取り直した所で、女に強く指を向けた。


「今日こそお前を連行する! シャドウキャット!」

「その台詞を言って成功した事、なくない?」

「黙れ。今日こそひっ捕らえてやるから覚悟しろ!」

「え~~? 私に乱暴しないで~~」

「喧しい! かかれ!」


 女は胸元を交差しながら身を震わすが、おじさんは気にもせず、合図を送ると多くの隊員が、腹を空かせた鼠の如く、襲い掛かってきた。

 女、いやシャドウキャットは、あっという間に包まれてしまい、人の塊がゆらゆらと動く。


「よぉし! 早く手錠を掛けろ! 早くするんだ!」


 英雄のおじさんの目は輝いていた。

 シャドウキャットは確実に袋の鼠だ。

 今、隊員達によって取り押さえられている。

 女の子だから気が引くかもしれないが、そんな事は関係ない。

 今日こそ、この手に。


「あんまり密着していると、病気になっちゃうよ~」


 その声に、おじさんは固まった。

 聞いた事がある声が、真後ろから響いて来たのだ。

 急いで振り向くと、高窓に人影があった。


「な、何!?」

「じゃあね。おじさん」


 軽く手を振りながら、スマイルが送られる。

 今度は女の目が輝いていた。

 おじさんは塊に怒鳴る。


「何をしている! そこにシャドウキャットはもうおらん!」


 塊は散り散りになった。

 目にしたのは、中で埋もれていた筈のシャドウキャットが消えていたのだ。

 隊員達は互いに首を向き合ったり、周りに視線を向けたりしている。


「逃がすな! 追え!」


 高窓の先から、おじさんの怒声が溢れていく。

 シャドウキャットの駆け足が、静かに庭を踏んでいく。

 待機していたであろう、隊員達が彼女に前に立ちはだかった。

 剣を振り下ろされるが、体を直角に曲げながら滑り、続けて向かって来る者には、黒くて細い脚をお見舞いした。

 隊員の苦しい声が漏れるが、そんな事はお構いなく、再び駆け出す。

 向かった先は堀。

 先が見えないくらい広かった。

 するとシャドウキャットは、腰にぶら下がった鞭を手に取り、堀の向こうへ放った。

 しなやかに伸びた鞭は繋がり、彼女の体を持ち上げていく。

 水面に浮かぶ影が突き進んで行く。


「とう!」


 漸く岸に到達する。

 一回転しながら着地したシャドウキャットは、少し先で止まってある四輪が付いた物体に駆け寄った。


「早く飛ばして。彼奴ら、トロいからすぐに撒ける」

「はいよ」


 中に入り込むと、男が座っていた。

 男はシャドウキャットの言われた通りに、四輪を動かした。

 金属と小石がぶつかり、焦げた油が蒸気と化して抜けていく。

 後は静寂だけで、ただ夜道を走っていく。


「ブツは?」

「じゃじゃ~ん」


 男が口を開くと、シャドウキャットは首下の金具を少し下ろし、手を突っ込んだ。

 先程の宝石がシャドウキャットの胸から現れる。

 今度は月明りのおかげでキラキラと輝いていた。


「お、やったなエイネ。これでまた暫く、食うのに困んねえぞ」

「アートス君のおかげよ。お前が念入りに情報集めてくれたおかげよ」

「そんで、『グッドラット』の方はどうだった?」

「鼠のおじさんは相変わらず、詰めが甘かったよ」

「そうか。ハハハッ」


 二人はお互いに笑顔を見せた。

 夜空の下で、四輪が風を切っていく。

 それは、地上を走る一番星の様だった。

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