第11話 最悪な幕開け

「まじでやめて!?」


 思わず、大声あげて、俺は遊佐のスマホを掴んで下げさせていた。


「つーかさ……始業式、いなかったんだろ!? お前も、今日は休みかも、て言ってたじゃんか! つーか、そもそも入学した、ていう噂も本当かどうか……」

「まだ分かんねーじゃん。行ってみねぇと。諦めたら試合終了だぞ」

「なんの試合だ!? ただのストーカーじゃねぇか!」

「なんなんだよ……そんなムキになって。あやしーぞ、お前」


 ぴくりと遊佐の細い眉が動いた。なまくら刀のごとく無駄に鋭い切れ長の目が俺をじっと睨みつけてくる。

 まずい……。普段はアホなだけなのに。女の子のこととなるとやけに目ざとい。


「いや……だからさ」と俺は焦る心を必死に抑え込み、努めて冷静に切り出す。「俺、別に絢瀬と知り合いじゃねぇんだって。絢瀬も困るだろ。いきなり、見知らぬ奴の写真なんて見せられてもさ」

「練習してたスケート場は一緒だったんだろ? もしかしたら、向こうはお前のこと見かけたことあるかもしれねぇじゃん」

「見かけたことはあっても覚えてるわけねぇんだよ。向こうは有名人だったけど、俺はホッケーチームの一人。その他大勢の一人だったんだから」

「大丈夫、大丈夫。心配すんな」ニッと遊佐は笑って、清々しいほどはっきりと言う。「ぶっちゃけ、お前はどうでもいいんだ。ただの話しかける口実だから」

「知ってるよ! だから……お前のナンパに俺を巻き込むな、て言ってんの!」


 全くもって、話が噛み合わない。うがーっと髪を掻きむしっていると、


「協力してくれよー」と今度は情けない声で遊佐がボヤくように言い出した。「皆、セナちゃんのこと狙ってんだぜ。ちょっとは印象に残るアプローチしてぇじゃん。こう……自然にさ、下心を感じさせねぇ出会い方をしてぇんだよ。分かんない?」

「分かんねぇよ! 下心しか感じねぇよ! とにかくもう、俺を使うな。頼むから、勘弁してくれ。――お願いします!」


 気づけば、両手を合わせて深々と頭を下げていた。話が通じなさ過ぎて、もう懇願するほか道がない……と、本能がさせたのだろう。

 俺の心の叫びが届いたのか、しばらく、遊佐は黙り込み――「分かった」と神妙な声で言った。


「分かってくれたか、遊佐!」


 ホッと安堵し、礼を言おうと顔を上げた俺だったが、すぐに自分の甘さを悟った。

 そこにあったのは、友人の苦悩を汲み取り理解を示す男――ではなく、明らかによからぬことを企んでいる遊佐アホだった。


「その代わり」と俺の予想を裏切らず、遊佐はねっとりとした口調で口火を切る。「今度の土曜日、ちょっと付き合えよ」

「土曜日……? なにを……する気だ?」

「なんだよ、その悪役への尋問みたいな聞き方は? 友達が遊びに誘ってるだけだろ。他校の女子とちょっとお茶するだけだよ」

「合コンだな!?」


 眉を吊り上げ、俺は遊佐を真っ向から睨みつけた。

 くそ――やられた。遊佐の人情に訴えようとした俺の落ち度だ。弱みを握られた時点で、最初から悪魔と交渉するようなもんだったんだ。そうだよ、女の子との……しかも、モデルとの出会いがかかった場面で、遊佐が素直に折れるわけがなかったんだ。


「三対三の約束だったんだけど、男が一人来れなくなって困ってたんだよ。女の子と絡むの嫌なら、黙って座っててくれればいいからさ。こちとらライバルが一人減るし、ウィンウィンだ」

「行くわけねぇだろ……そんなおぞましい会に! 何が悲しくて、見知らぬ女の子と向かい合わなきゃならねぇんだ」

「俺はこうしてお前と向かい合ってるほうが悲しいけどな」


 やれやれ、とでも言いたげに遊佐は首を横に振り、わざとらしくため息をつく。


「別にいいんだけどな? 人が足りなくて合コンがキャンセルになったら、俺はセナちゃんにアプローチするだけだから」

「やり方が汚ねぇぞ……」

「いや……うん。まあ、合コンに誘ってやってるだけなんだけどな。――てか、やっぱ、変だぞ、お前? なんで、そこまで嫌がってんの? セナちゃん、お前のこと覚えてねぇんだろ? じゃあ、別に俺がお前のことセナちゃんに話そうが、写真見せようがどうでもいいじゃん」

「それは……」


 ぎくりとして、俺は答えに詰まった。

 言えるわけもない。小六のときの出来事も、ついさっき保健室で起きたことも。ただ、恥ずかしい……なんてもんじゃない。俺にとっては口にするのも苦痛なほどで……。

 たまらず、遊佐から視線を逸らし、「いや、だから、ほら、向こうも困るだろうし、俺も気まずいし……」とごまかしにもならないことをもごもごと言っていると、


「ま、いいわ」と遊佐は立ち上がって、俺の机をコツンと拳で叩いた。「じゃ、土曜日、頼むな。体調悪いなら、さっさと帰れよ」


 ハッとしたときには、遊佐はさっさと立ち去って自分の席へと向かっていた。その背中を見送りつつ、俺は渋面を浮かべて絶句していた。

 体調……か。確かに、すこぶる悪くなってきたわ。


 待ちに待った高二ライフ。これから、モナちゃんとラブラブ同級生生活が始まると思ってたのに。

 保健室で『妖精』に出くわすわ、合コンに誘われるわ……のっけから最悪だ。


「マジで……帰ろうかな」


 ぼそっと呟き、俺は机に突っ伏した。

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