第3話 氷上③

「来ないで欲しいって……理由は言われたんですか?」

「まあ、一応」


 ぼそっと答えつつ、思い出していた。

 一ヶ月半前くらいになるか。中間テストが終わるや、香月はハーデスに入った。

 最初の頃は香月も新しいスケジュールに慣れるのでいっぱいいっぱいだったようで、疲労困憊というか。夏休みまでは陸上部も続けていたし、余計に……だったと思う。付き合って一ヶ月くらいは会える時間も余裕もない様子で、たまにLIMEや電話で連絡を取るくらいだった。

 だからこそ――と思ったんだよな。

 そういうときこそ、せめて傍に居て支えになれたらと思って、練習を見に行きたい、て電話で言ったんだが……。


「まだ心の準備ができてないからダメらしい」

「心の準備……ですか?」

 

 絢瀬は心底意外そうにきょとんとした。おそらく、香月に電話口でそう言われたときの俺もそんな感じだったんだろう。

 心の準備ってなんだよ? と聞いても、『いろいろ!』と投げやりにはぐらかされてしまった。その吐き捨てるような言い草は、もう何も聞くな、と言わんばかりで。それ以上は、俺も何も訊けなくなってしまった。


「心の準備……」絢瀬は探偵さながらに顎に手を置き、むーん、としばらく考えてから、ハッとして、「まさか、先輩が練習見に来たところで、氷上プロポーズ……!?」

「なんで!?」


 斜め上から隕石落ちてきたみたいな。あまりにぶっとんだ予想が飛んできて思わず、すっ転びそうになった。


「付き合って二ヶ月……てか、高校生だし、俺、まだ十六だから!? いや、もはやそういう問題でもなさそうな……」

「ですよね」と絢瀬はちょっと残念そうに苦笑い。「私の妄想が入っちゃいました。憧れなんですよね、氷上でプロポーズ。香月先輩なら似合いそうだし。香月先輩が氷に片膝つくとこ想像しただけで、うっとりしちゃいます」


 確かに、香月なら似合いそう……って、いや、なんで香月が片膝ついてんだ!?


「つーかさ」壁にへばりつくようにして手すりを必死にしがみついたまま、遊佐が呆れたように口を挟んできた。「そんなに練習見たいなら、お前もホッケーやればいいじゃん。リンクの中にいれば嫌でも見れんだろ」


 言われてハッとしたのは俺だけでなく、絢瀬もだった。

 それまで――何を妄想してたんだか――頰を赤らめ、ニヤけていた絢瀬の表情は途端に曇って、遠慮がちにこちらをちらりと見てきた。

 絢瀬には理由を言うまでもなく、想像がついたんだろう。フィギュアとホッケーで種類の違いはあれど、スケートを『習い事』としてやってきた苦労は分かち合ってきたはずだから。


「俺は……てか、は無理だわ」


 別に気にしているわけでもない。あっけらかんとそう答えると、遊佐は「は?」と言わんばかりに眉をひそめた。


「ウチって……?」

「ほとんどの『習い事』ってのはそういうもんなんだろうとは思うけど……スケートは、特に親への負担が大きいんだよ。金銭的にも、体力的にも」

「金銭面は……まあ、分かる気がするけど。フィギュアは金がかかる、て聞いたことあるし」と遊佐はぼんやり言ってから、眉を顰めた。「でも体力的ってなんだよ? 親がリンク整備でもするのかよ?」

「それはさすがにしねぇよ」


 リンク整備はザンボという画期的な機械がこなしてくれて……て、その話を遊佐にしたところで「興味無ぇ」と言われて終わるだろうから飛ばすとして。


「練習はリンクの営業時間後だからな。遅い時は帰りは夜中だ。その頃にはバスもないし、電車も無いだろ。リンクが徒歩圏内ならまだしも、そんな近くに住んでる奴なんて稀だ。俺ん家も地元とは言え、車で十分。歩いたら一時間弱かかるし、自転車で行こうにもホッケーの防具は十キロ近くあって、さすがに危なくて無理だ。だから、親か、もしくは、車持ってる人の協力がいるんだよ。送り迎えか、もしくは、せめて防具だけでも運ぶのを手伝ってもらわなきゃいけない。それも、夜遅くに……」


 もともと、香月がホッケーを小六まで、と決めていたのも、その関係だったようだ。香月の親は二人で建築事務所をやっていて、忙しいときは徹夜して図面を書いていることもあるらしい。そんな中で香月の送り迎えもあって、香月の母親は練習中は車の中で仮眠を取っていたとか。そういう姿を見ていてホッケーを続けるのが心苦しくなって、中学からは部活をするからホッケーは辞める、と親に宣言していた……と、最近になって聞いた。

 それでも、やっぱり未練はあって……だからこそ、護に誘われて氷上練習を観に行って、ホッケーをまたやりたい、といても立ってもいられなくなったんだろうな。今は家には免許も時間もある(長男の優希さん曰く『デート以外はやることもなく暇をしている穀潰し』らしい)三男の樹さんもいるし、送り迎えを親に頼む必要がないことも大きかったんだと思う。――とはいえ、樹さんは面倒くさいと相当渋っていたようで、最終的には優希さんが電話してきて『長男の一声』でぽきりと折れたとか。何を言われたのかは定かではないが……。




*終わり方が中途半端になってしまいましたが、長すぎたので一度切ります。

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