第7話 連絡

「聞き違いかもしれませんし、ただの冗談かもしれませんよ!?」


 そう絢瀬は何度も念を押すように繰り返した。

 いくら俺の恋路の行く末を心配に思ってくれていたとはいえ、護の発言を俺に言う気などさらさら無かったのだろう。あたふたと動揺して狼狽え、「こういう告げ口みたいなこと、するつもりなかったんです」と口を滑らせたことをひどく後悔している様子だった。

 それでも、あそこまで聞いてしまっては、俺も引き下がれるわけもなく。問い詰めるようで気は引けたが、詳しく聞かせてほしい、と絢瀬に迫った。

 口を滑らせた負い目もあったのだろう。予鈴も鳴り終わり、早く教室へ戻らないと……という焦りもある中、絢瀬は渋々といった様子で話してくれた。

 俺と香月が部屋を出たすぐあとのことだったらしい。

 ちょうど、倉田くんと梢さんが中断していた歌を再開し、護の隣に――香月が去って空いたスペースに――絢瀬が腰を下ろしたとき。カブちゃんが護に、香月を誘ったのか、と訊いてきて、それに答えるかたちで護が軽く笑って言ったらしい。――GW中には口説き落とせそうだ、と。

 密かにギョッとする絢瀬をよそに、カブちゃんが、そうか、と満足げに相槌打って、その話は終了したのだという。

 ――と、そこまで端的に話し、「でも」と絢瀬は必死に縋るような面持ちで付け足した。


「もし、本当にGW中に香月さんと日比谷くんが付き合うことになったんだとしたら、絶対、センパイに連絡来てます! だから、何も連絡ないなら、にはならなかった、てことですよ。だから、気にしないでくださいね!?」


 そう……なのかもしれない、とは思った。

  便りがないのは良い便り――とは、少し意味合いが違うかもしれないが。何の連絡も無い、てことは、特に何も起きなかった……て考えてもいいのだろう。

 ただ……一つ。絢瀬は知らないことがある。

 香月が護に誘われ、氷上練習を見に行くことになったのは八日。GW最終日である昨日の夜だ。

 つまり、連絡が来てない、てだけなのかもしれない。これから報告がある可能性だって十分考えられるわけで。


 しんと静まり返った教室に、お経でも唱えるかのように、淡々と古文を読み上げる初老の教師のしゃがれた声が響いていた。そんな中、俺はひっそりと深呼吸して、ちらりと机の下でスマホの画面を見る。

 絢瀬と別れ、教室に戻ってから今まで、何度、スマホを確認したか分からない。

 いつ、香月からLIMEが来るのか、と気が気じゃなかった。

 そういえば、GWに入ってから『お土産何がいい?』てLIMEが来て、何回かやり取りをしただけで……それ以来、なんの連絡もない。

 今まで、毎日連絡を取り合っていたわけじゃないけど……それでも、やっぱり物足りない感じがして、今どうしてるんだろう、なんて気になってしまう。そうして香月からのLIMEを恋しく思いながらも、どんな文面が来るのかと戦々恐々としている自分がいた。

 いきなり、『大事な話があるんだ』とかパッとスマホの画面に出てきたら、心臓が止まる自信がある。

 いや、小さいわ。肝も器も小さいわ。情けなくて、いっそのこと、ミジンコみたいに身体も縮んでしまえばいいのに、なんて自嘲が溢れた、そのときだった。

 机の下でぱっとスマホの画面が明るくなって、そこにLIMEの通知がポンと浮かんだ。

 予期していた通りというか、恐れていた通りというか。

 香月からだった。

 ぎくりとして息を呑む間もなく、勝手に目がそのメッセージを瞬時に読み取って――俺は思わず、「は?」と惚けた声を漏らした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る