第12話 悔恨

 カブちゃんと護が呆気にとられたようにぽかんとしてこちらを見ていて、あ、と一気に血の気が引いた。

 否定……しすぎた? そこまで、強く言わなくてもよかった……よな。俺、何をそんなに焦って……。

 後ろめたいような。言い知れぬ不安に襲われて、視線さえも動かせずに固まっていると、「そう」と隣から落ち着いた声がして、


「友達」

 

 さらりと答えた香月の声はまるでなんでもないかのようで、気にしてる様子もない。ホッとしながらも……なんだろう――虚しいような、物足りなさを覚えた。撫で下ろした胸にぽっかり穴が開いてしまったみたいな……。


「へえ……そっか」カブちゃんはちらりと背後の護を見やってから、気を取り直すように咳払いして、「二人とも、昔から仲良かったもんな! そっかそっか、ホッケー辞めてからも会ってたのか。良かった、安心したわ」

「安心……?」


 思わぬ単語が出てきて訊き返すと、カブちゃんは頭を掻いて、照れ臭そうに笑った。

 

「陸太は急に辞めちゃったからさ。心配してたんだよな。チームの中で、嫌なことでもあったのかな、とか。だから……とりあえず、香月とは仲良さそうで、なんかホッとしたよ」


 どことなく申し訳なさそうに言ったカブちゃんの言葉に、ぐさりと心臓を一突きされたようだった。

 そう――だよな。何も言わずに、逃げるようにチームを抜けたんだ。そりゃ、心配させたよな。

 ちらりと視線をずらせば、護と目が合った。護はぎくりとしてから、やっぱり口を歪めるようにしてぎこちなく笑う。気まずい、とそこにはっきりと書いてあるような笑みに、罪悪感がこみ上げてくる。

 俺の知ってる護なら……「お前、何してたんだ!」て会うなり、びしっと一喝してきただろうに。――四年前、電話越しに怒鳴りつけてきたみたいに。

 最後に聞いた護の怒鳴り声がまだ鼓膜に残っている感じがする。何も言わずにチームを抜けた俺を責め立てるわけでもなく、ただ、『戻って来い』て説得してくれたその声を、四年前、俺は聞こうとしなかった。その声よりも、偶然、盗み聞きしただけの絢瀬の一言にばかり気を取られて……。

 バカだった、と今なら言えるのに。でも、あのときは、絢瀬の一言が全てになってしまっていた。まるで暗示にでもかかったみたいな……。なんだったんだろうな、と呆れながら、俺は「あのさ」と力を込めて口火を切って、二人を見遣った。


「話したいことが――」


 意を決して放ったその言葉は、


「センパイ、やっと見つけた!」


 と、無邪気に弾む声に遮られた。

 ハッとして護とカブちゃんが振り返った先で、通路の角からふわりと舞い出てきたのは――ゆるく編んだ黒髪に、色とりどりの小さな花が散りばめられたようなワンピースを着た、まるで妖精のように可憐な女の子で。


「いつまでも戻ってこないから、お店の前まで探しに行ったんですからね。こんなところで何を――」


 幼い顔立ちをムッとさせながらぶつくさ言い、ふいに彼女はハッとして俺たちを見回した。


「カツアゲされてたんですか!?」

「いや、違う!」と俺は慌てて声を上げていた。「確かにそう見えるだろうけども……二人とも、ヴァルキリーのチームメイト!」

「キャプテンだった日比谷と、ゴーリーの鏑木だよ。偶然、会ったんだ。絢瀬さん、覚えてる?」


 俺と違って、いたって落ち着いた様子で香月がそう付け足した。――て、こいつ、イケメンモードになってるな、とその涼やかな声色に一瞬で俺は悟った。


「日比谷くんと鏑木くん?」


 絢瀬はきょとんとして護とカブちゃんを交互に見てから、瞳をぱあっと輝かせた。


「もちろん、覚えてます! お久しぶりです。フィギュアの絢瀬です」


 コロンと鈴の音が聞こえそうな、そんな愛くるしさたっぷりに絢瀬は頭を傾け、微笑んだ。

 すると、時が凍りついたような一瞬の間があってから、


「――絢瀬セナ!?」


 カブちゃんと護の驚愕する声が辺りに木霊した。


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