第10話 不自然な『男』
気持ちがいいほど潔い香月の告白に、
「え……?」
カブちゃんのつぶらな瞳が点になった。
条件反射のように口元にはぎこちない笑みが浮かんではいるが、それ以外の表情筋はぴくりとも動かなくなって、見るからに思考停止中。
まあ……そりゃ、そうなるよな。
少し前の自分を見ているような気分になって、懐かしい――というには苦々しい思いが胸の中に渦巻いた。同じ心境なのかどうかは分からないが、護も護で、渋い表情を浮かべて腕を組んで見守っている。
「女?」しばらくしてから、まるでロボットみたいにぎこちない動きでカブちゃんは首を傾げた。「カヅキが?」
「そう。『
「いや……え? いつから?」
「生まれたときから」
「でも……だって、俺らとホッケーやってたときは男で……」
「チームの皆と仲良くなりたくて、男のフリしてた。早く言わなきゃ、て思ってたんだけど、皆との関係が壊れるのが嫌で言えなかった。皆に嫌われたくなくて……結局、言えないまま、チームから逃げた。ごめん」
は――?
その瞬間、俺は咄嗟に香月に顔を向け、
「いや、そこは違うだろ!」
と、口を挟んでいた。
確かに。香月が女だと明かせずにいたのは、皆との関係を気にして……だった。言おうと思ったときには、俺たちと仲良くなり過ぎていた、て前にも香月は言ってた。
でも、香月はチームを抜ける前に皆に言おうと決めてたはずだ。中学生になってホッケーを辞めるつもりだったから、その前に香月は皆に言おうと思ってたんだ。それを
「お前が言えなくなったのは、俺が――」
言いかけた俺を香月はきっと睨みつけ、
「さっきも言った」と、まるで脅すように言ってきた。「陸太のせいじゃない。全部、私が勝手にやった」
「そうだとしても、だ。無関係じゃないだろ。庇ってるつもりなら、そんなのはいいから……」
「って、待て待て! 勝手に揉めないで!」
すぐ横で、カブちゃんがわたわたと両手を振って、「えっと」と疑るように俺を睨みつけてきた。
「なに? 陸太も知ってたの?」
「この前、聞いて……」
なんとなく香月の前でそう答えるのは躊躇われて、ぼそっと低い声で答えた。
すると、カブちゃんはショックを受けたように顔色を失くし、ばっと背後を振り返る。
「護は……!?」
「小五のときに気づいた」
「まじでか!? すごいな!」
「すごいって……いや、分かるだろ。逆に、なんでお前達は気づかなかったんだ。明らかに不自然だっただろ」
「不自然?」
「カブがさっき、自分で言ってただろ」と護は呆れたように言う。「男子高で香月の有り難みを思い知ってる、て。それが全てだ。――香月みたいな『男』はいないんだよ」
「ああ……!」
カブちゃんは、なるほど、とでも言いたげな声を漏らし、
「確かに。カヅキ、めっちゃいい匂いするもんな。抱き心地も柔らかくて、腰も細くて……」
あっけらかんとそこまで言って、カブちゃんは急に言葉を切った。
嫌な間が開く。
どんな顔してるんだか、こっちからは伺えないが、その大きな背中は心なしか震えているように見えて……その向こうでは護が頭を抱えてため息ついていた。
やがて、カブちゃんは勢いよくこちらに振り返ると、まるで石像のごとく強張った表情で香月をまじまじと見つめた。みるみるうちにその顔は真っ赤に染まっていき、今にも爆発でもするんじゃないかと思われたとき、
「『女の子』なのか!」
いったい、その一瞬で何を悟ったのやら。分かる気がするけども――。カブちゃんは、ようやくいろいろと理解したようで、今更ながらにそう叫んだ。
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