第17話 虚無感
「陸太!」
ファミレスを出て、駅に向かって歩きだそうというとき、がしっと後ろから腕を掴まれた。
「話だけでも聞いて。そのあと、怒っても殴ってもいいから!」
人通りの激しい駅前の往来で、そんなカヅキの声が響き渡って、通りがかった中年のおっさんやカップルがぎょっとしてこちらを振り返った。
おおい……!? 慌てて振り返り、
「変なこと言うなよ! 殴るかよ!」
男同士なら熱い青春の一ページ――になるかもしれないが、今の姿でそのセリフは通報ものだ。
まだ疑るような眼差しをこちらに向けつつも、おっさんたちがのそのそと去っていく。それを横目で見届けてから、俺はおずおずと視線を向けた――ファミレスを背に佇む彼女に。
履いている靴が違うのだろう、いつもより背が高くて、見上げる角度に違和感を覚える。ぴたりと体に張り付くようなタイトなニットトップスで浮き彫りになった身体のラインは、丸みを帯びてしなやかで。そのラインをなぞるように視線を落とせば、ひらひらとした短いスカートが風になびき、ほっそりとした白い脚がそこから伸びていた。
打ちのめされる。
こんなにも、あからさまだったのに。なんで、気づかなかったんだ、と自分が情けなくなった。小学校のときならまだしも。これは……ないだろ。どう見ても、男じゃねぇよ。
バカみたいだ。
ぞわっと鳩尾の奥を何かが這い回っているような不快感を覚えて、俺は顔をしかめた。
そんなときに、「よかった」とカヅキがぽつりと言った。は? と顔を上げれば、
「まだ……目が合う」ホッとしたようにそう言いながら、カヅキはふっと目を細めた。「もう顔も見てくれないかと思った」
「いや……さすがに、そこまでは……」
そう言いながらも、確かに――と思っていた。
一応、目が合っても話せてる。相手がカヅキだから? いや……きっと、違う。身体もまだ状況に追いついていないんだろう。いきなり、女だった、と言われて拒否反応が出るような単純なものでもないはずだ。頭も身体も混乱して、どうしたらいいか分かっていないんだ。この嘘をどう受け止めたらいいのかすら、まだ分からなくて……。
「場所、移そうか」
辺りを見回し、カヅキがふいに呟いた。
確かに、ファミレスの真ん前で客の出入りもある。こんなところで立ち話なんて邪魔になるだろう。
「うちの高校、近くでさ。この辺り、詳しいんだ」と、よく知ってる澄んだ声でカヅキは言った。「すぐ近くに小さな公園あるから。ついて来て」
不安が伝わってくるような……そんな強張った笑みを浮かべ、カヅキは俺の腕から手を離して踵を返す。
こちらに背を向けるカヅキを見つめながら……ちらりと、カヅキに掴まれていた腕へと視線が向かっていた。鳥肌も立っていなければ、かゆみもない。それにホッとしている自分がいて、無性に虚しくなった。
お前、騙してたな!? ――って、遊佐みたいに怒鳴れたら、まだ良かったのかもしれない、と遠ざかるカヅキの背中を見て思う。でも、それすらも出来ない。そんな気力さえ湧かない。それほどの……怒りすら飲み込んでしまうほどの虚無感に襲われていた。
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