第18話 嘘の始まり

「ホッケーはさ、近所のお兄さんの影響で始めたんだ」

「ああ」と、俺はぼんやり言いながら思い出す。「そんなこと言ってたな。兄ちゃんの友達――だっけ」

「うん、そう。一番上の優希兄ちゃんの親友……」


 カヅキには三人兄貴がいて、一番上は、俺らが小一だった当時、高校生だったはず。その友達がホッケーやってて、その試合を兄ちゃんと見に行ってホッケーに興味を持った――いつだったか、そう話してくれたような気がする。

 それは、嘘じゃなかったんだな……なんてつい言いそうになって、ぐっと口を噤んだ。

 カヅキの後について歩いている間も、頭の中に浮かぶのは恨みがましい皮肉ばかりで……そんな自分に嫌気が差した。会話もなく、横に並ぶわけでもない。ただ黙って他人みたいに少し距離をあけて歩き続け、たどり着いたのは、カヅキの言った通り、小さな公園だった。

 住宅街の中にあって、裏には小さなアパートがある。週末の、ちょうど、昼も食べ終わっただろう時間帯。母親らしきおばさんたちが立ち話をする中、元気一杯の子供達が駆け回って遊んでいた。

 それを横目に佇んでいると、


「座る?」


 ふいに、遠慮がちにカヅキが促してきた。言われて見やれば、そこには小さなベンチがあった。


「いや、いいわ」と言って、再び、子供達に視線を戻す。


 並んで座る気には……さすがになれなかった。

 そんな俺の心情を察したのか、「そうだよね」とカヅキはどこか寂しげに言った。

 いや……重いわ。空気が重すぎて、肺が潰れそうだ。そんな空気にしてるのは自分だと分かってはいるけど、だからといって、にこやかに話す気分にもなれない。何も知らない子供達の弾けんばかりの明るい声が、せめてもの救いに思えた。


「初めて、ヴァルキリーに入ったときさ……女の子は中学生チームにしかいなかったでしょ。私たちの代も、小一で入ったメンバーは皆、男で……女の子は私だけで……」


 ヴァルキリーというのは、俺たちが所属していたホッケークラブの名前だ。司馬ヴァルキリー。小一から中三までのチームで、一応、男女混合だったのだが……確かに、小学生チームはずっと女子がいなくて、俺らが小四になったあたりから、女子も入ってくるようになった。


「入ったばかりで心細くて……でも、他の同い年のメンバーも、皆、男の子だし……なかなか仲間に入れなくて……」


 そうだったな――と思い出す。

 一人だけ、浮いてる奴がいて……練習中ももじもじしてるし、リンクの外でも黙ってて、チームに馴染んでいなかった。練習後に俺ら小一メンバー四人でふざけてても、全然、混ざってくる様子もなくて……だから、声をかけたんだ。


「そんなときに、陸太が話しかけてくれたんだ」


 ふと、暗かったカヅキの声が穏やかなそれに変わった。

 ちらりと見れば、懐かしそうに目を細めるカヅキの横顔があった。鼻筋が通って、まつ毛も長くて、綺麗な顔をしているな――と、も、そう思った。

 リンクの外でいつもみたいに一人でスケート靴履いてたカヅキに「なんでいつも一人でいんの」て、実に小学生らしいデリカシーの欠片もない、どストレートな質問をした……気がする。そしたら、ちょっとカヅキが涙目になったから、焦って――。


「一緒にやろうぜ――て、手を引いてくれて……すごい嬉しかったんだ」


 照れるような、そんな笑みを浮かべるカヅキに、こっちまで恥ずかしくなって俺はまた子供達のほうへと視線を戻した。

 いや、なに……これ。なんで、こんな思い出話みたいなの始めてんの。男だって俺に嘘ついてた理由を話したかったんじゃ……?


「その日は、陸太が練習の合間も話しかけてくれて……おかげで、他のメンバーとも話せるようになったんだ」話の見えない俺をよそに、カヅキは相変わらず、懐かしむように続けた。「だから、練習終わったあと、お礼を言ったんだけど。そのとき……陸太、何て言ったか覚えてる?」

「え……?」


 急に訊ねられ、振り返る。はたりとカヅキと目が合い、怯みながらも……そんなことあったっけ、とぼんやりと思い出す。

 確かに……練習終わり、まだチームの皆が残っているリンクで、カヅキにお礼を言われた気がする。今日は一緒にいてくれてありがとう、て……。変なこと言う奴だな、て思ったんだよな。それで――。


「お前、なよっちいな、――て陸太に言われたんだ。そのとき、『この子、私のこと男だと思ってる』って気づいたの」


 あ……と、その瞬間、俺は目を見開き、息を呑んだ。

 はっきりと思い出した。

 はは、と笑って、偉そうにそんなことを言った気がする。ヘルメットのゲージの向こうで、カヅキは訝しそうに顔をしかめてて……。

 ――て、発端……俺か!?

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