第7話 青春のはじまり

 来た。とうとう、待ちに待ったこの日が来た。

 不思議と、教室の窓から注ぎ込んでくる朝日が神々しく感じられる。一列挟んだ向こうにある窓へと視線をやって、青々と広がる空を眺めた。

 三階の教室からだと、また一段とよく見渡せる。

 澄み渡る春の青空の、なんと清々しいことだろう。まさに、『青春』を象徴するような景色。その先に広がる無限の可能性に胸が膨らむ。

 今日という日にふさわしい――。


「なんだよ、笠原かさはら。ニヤニヤして。気持ち悪いな」


 高一のときも同じクラスだった遊佐ゆさが、登校してくるなり、わざわざ俺の席へ来て、そんな非礼極まりない言葉を投げつけてきた。

 しかし、全く気にならない。それどころか、この幸せが分からないとは哀れな奴め、と同情の念を抱いてしまう。


「あ……なんだ、その哀れんだ目は。腹立つわ」

「今日から俺も高二だ。これがどういうことか分かるか?」


 もったいぶってそう問いかけると、遊佐は一見賢そうなインテリ顔をしかめた。そうしているとなにやら難しい数式でも考えているようで、将来性に賭けて近づいてくる女子もいそうなものだが。口を開けばアホ丸出しになるので、全くモテない不憫な奴である。


「どういうことだよ?」と不服そうに遊佐は降参した。


 俺はニヤリと不敵に笑って、


「やっと、モナちゃんと同学年になれた、てことだ!」

「そんなことよりさ、お前に聞きたいことあって」

「もっと聞いて!?」


 眉一つ動かさずにスルーしてスマホを取り出した遊佐に、俺はすかさずツッコんだ。


「そんなことより、てな……お前はこの重大さが分かってんのか!? 永遠の高校二年生であるモナちゃんと、たった一年だけ、リアルに同級生になれる奇跡の年なんだぞ。今日という日は俺にとって青春のはじまりといえる――」

「お前が気持ち悪いことしか分からねぇよ! リアルってなんだ、リアルって! 『永遠の高校二年生』の時点で、リアルの要素がどこにもねぇんだよ」

「あー……お前、そういうこと言うんだ。引くわー」

「こっちのセリフだよ。ドン引きだよ」


 呆れたようにため息ついて、遊佐は腹立たしいほどにサラッとした黒髪を掻きあげた。


「つーか……そういう話は、例の友達にしろよ。他校のさ、『かずき』だっけ? 俺はついていけねぇからさ」

「ついていけないとは……寂しい奴め」

「こっちのセリフだからな!?」


 ムキになって言い返してくる遊佐を「で?」と流し、俺は気を取り直して遊佐を見上げた。


「聞きたいことってなんだよ?」

「ああ、そうそう」


 思い出したように遊佐はスマホをいじり、「お前、この子知ってる?」と画面を見せてきた。

 この子って……と眼鏡をクイッと上げ、まじまじと遊佐のスマホの画面を覗く。そこに写し出されていたのは、海をバックに微笑む少女のバストアップの写真だった。黒々とした長いストレートの黒髪に、ふっくらとした桃色の唇。上目遣いの潤み目が、スマホの画面の向こうから甘えるようにこちらを見つめている。日差しの中で、今にも溶けてしまうんじゃないか、という透明感たっぷりの氷のような白い肌は――だと思った。

 ばっさりと胸を切り裂かれたような、そんな痛みが走った。


「モデルの絢瀬セナ。昔、この辺でフィギュアやっててさ、地元じゃ有名だったんだろ。『氷の妖精』――とか言われて」

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