7駅目 中野
23時になる頃、中野に着いた。
アーケードに入り、よくあるチェーン店を過ぎる。少し路地に入ると街並みはガラッと変わる。個人店が立ち並び、初見には少し入りずらい雰囲気が漂っている。さらに奥に進むと今にも取り壊されそうな異様な建物が目に入る。
蛍光灯の光が各フロアを照らすが、どこも個性的な店で埋まっている。2階にあがると地蔵があり、さらに上にいくとモニターが喋っている。1番上の階の突き当たりに目当ての店があった。
誰もいない薄暗い店内に入り、1番端の席に座る。奥から店主が出てきて注文をとった。
「ギムレットを1つ」
店主は慣れた手つきでジンベースのカクテルを作っている。俺はそれをぼんやりと眺めて逢いたい人を思う。
ギムレットが目の前に出される。ライムの爽やかな苦さがあの日を思い出させた。ただ切なくなるばかりで、期待していたことは何も起こらない。ゆっくりと飲み干して席を立つ。
「今回は成功したようですね。」
無口な店主が帰り際声をかける。
聞き返そうとしたが、そのまま店を後にする。
来た時と同じ道を帰る。特に何も変わらない街並みに落胆する。サンプラザ中野前の植え込みに腰掛ける。ぼーっと入口を見るとポスターが貼ってある。来週行われるお笑いライブの宣伝のようだ。今の流行りとは少し違う出演者に違和感を覚える。日付を見ると2015年8月1日と書いてある。今は2020年、5年も前だ。まさか、本当だったのか。
慌てて時計を見ると23時45分を指していた。
5年前よく行っていた立ち飲みバーに入る。繁盛しているようで人が多い。人をかき分け、湯呑みに入ったハイボールにはしゃいでいたあの娘を探す。
いた。本当に戻ってきたのだ。
彼女は俯き加減でレッドハイボールを飲んでいる。少し眉間にシワを寄せて今にも泣き出しそうな顔をしている。俺は彼女の肩を掴む。彼女は少し驚いたような顔をして、俺の顔を覗き込む。
「来てくれたの…?」
小さな声でそう呟く彼女の腕を掴み、店の外に出る。
彼女をそっと抱き締める。ずっとこうしたかった。もっとこうしてあげればよかった。込み上げてくる涙を止めることが出来ず、顔を填めた彼女の肩を濡らす。
5年前、彼女は死んだ。事故だった。
その日俺は逢いたがっていた彼女を1人にして男友達と遊びに出掛けていた。ずっと後悔していた。
「ごめんな、1人にして。俺は本当に馬鹿だ。」
もっと言いたいことがあったはずなのに謝罪の言葉しか出てこない。
「気にしないで。でも、また逢えてよかった。最期に逢えて本当に良かった。」
「え、最期って…、なんで、知ってるんだ?」
「やっぱり亮太は大事なこと最後まで読まないんだから!」
笑いながら言う彼女の言葉を1つも理解できない。そんな俺を見越して彼女は続ける。
「さっき飲んだギムレット。あれを飲んでいる間、戻りたい時間を思い出すとその日に30分タイムスリップ出来る、今回はここまでは読んだのね?でも、ここからが重要なの。タイムスリップしてもその記憶は亮太には残らないの。しかも、亮太は2回もタイムスリップに失敗していて1回目は、8年前付き合った直前の時に。2回目は、6年前私の誕生日を忘れて喧嘩した時に来たの。ほんと1回目来た時急に「事故で死ぬ」とか言うから私ビックリしちゃったよ。でも、毎回泣きながら謝る亮太を見て3回目は、絶対間違わずに来てくれると思ってた。だって、タイムスリップ出来るのは今回で最期だから。」
0時15分。
俺は中野駅のホームに立っていた。ふとスマホで「タイムスリップ」と検索する。ある掲示板を開くと中野にあるバーでギムレットを頼むとタイムスリップ出来ると書いてある。嘘くさいが、もし本当だったら逢いたい人がいる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます